インドネシアの“世界遺産”コモド諸島で「マンタ」と泳ぎ、サンゴを植える【後編】
インドネシアの東部に位置するコモド諸島。1991年にユネスコの世界自然遺産に登録されたこの地の島々、海域からなるコモド国立公園には、体長2~3mにおよぶ世界最大のオオトカゲ「コモドドラゴン」が唯一生息し、目を疑うような大自然の絶景が広がっています。“アジア最後の秘境”とも呼ばれるコモド諸島への旅を、前後編にわけてお届け。今回の後編では、アイランドホッピング中に出会った巨大マンタ(オニイトマキエイなど)と、世界遺産の海を守るホテルの挑戦をご紹介します。
シュノーケリングでマンタとランデブー

船上でライフジャケット、マスクとシュノーケル、フィンを身に着けいざ海へ
アイランドホッピングの最後に訪れたのは「マンタポイント」だ。コモドの海は潮流が激しく、深層から冷たく栄養豊富な海水が湧き上がるため、多くの海洋生物が集まってくる。この海域には、魚の表面にいる寄生虫などを食べて栄養とする「ホンソメワケベラ」がたくさんいるため、大きな魚たちのクリーニングステーションにもなっている。だからこそ、ホンソメワケベラに掃除をしてもらおうと、マンタも集まってくるというわけだ。

巨体が優雅に舞う。透明なブルーの世界で出合うマンタに感動!
そのため運がよければ、海に潜らずとも海面でシュノーケルするだけで、数メートルもの翼幅を持つ巨大マンタを間近で見られるという。コモド国立公園に生息するマンタは、体長3~5mのナンヨウマンタと、6~7mのオニイトマキエイの2種類。期待に胸が躍る。

エイと違い頭部前方に口があるマンタは、頭びれを動かしてプランクトンを捕食する
シュノーケル用具一式を身につけ、ボートからザブン! 海に飛び込む。さっそく海面に顔をつけ、マスク越しに海中を見ると……。さすがは透明度が高いというだけあって、サンゴ礁や底の岩、砂地までハッキリ見える。さらにずーっと先を見ると、はてしなく深いブルーの世界。この光景と浮遊感がたまらない。
数秒後、海中の景色を目の前に感慨にふける間もなく、インストラクターに「Hey!」と声を掛けられ進行方向を変える。真下を見ると、黒い絨毯(じゅうたん)のようなものがやってきた。最初は近すぎてわからなかったが、マンタだ! これはオニイトマキエイだろうか。水中のものは大きく見えるというが、それを差し引いても圧倒されるほど大きい! コモドドラゴンにも驚いたが、大きさでも動くスピードでもマンタが上。約5m真下を、遊泳能力に優れた巨大生物が通り過ぎていく体験は、興奮とともに畏怖(いふ)の念がわき、海中での生き物としての自分のちっぽけさを思い知らされた。海は彼らの棲む世界であり、人間はそれを垣間見させていただいているだけなのだ。
感動していると、さらに右下、海の深いところに別のマンタが。ダイバーたちが潜水し、間近から撮影を試みていた。あんなに近づいて襲われないのだろうかと、見ていてハラハラしたが、マンタはとくに逃げたり、人間を攻撃するでもなく、優雅にユラユラと、彼らが行きたい方向に進んでいく。

カップルか家族なのか、2枚(ダイバーたちはマンタを「1枚、2枚」と数えるそう)のマンタが近くで泳ぐ姿も見られた
今回、私は幸運にも3枚のマンタに遭遇できた。透明度の高いブルーの世界に潜り込み、神々しいとさえ思えるマンタと出会えたことは、その後何度もかみしめるほど感動的だった。
サンゴ礁を守る!「アヤナ コモド ワエチチュ ビーチ」の取り組み

「アヤナ コモド ワエチチュ ビーチ」の開放的なロビーラウンジ
国立公園に指定されているコモド諸島には宿泊施設はなく、観光客はインドネシア・フローレス島の港町・ラブアンバジョを拠点にコモド諸島をめぐることになる。このエリア初の5つ星リゾートとして2018年にオープンした「アヤナ コモド ワエチチュ ビーチ(以下、アヤナ)」は、地域の自然保護を牽引する存在だ。特筆すべきは、ホテルに専属の海洋生物学者が常駐し、ゲストとともに豊かな海を守る取り組みを日夜おこなっていることだ。

プールに隣接するオールデイダイニング「リンチャ」からは、大パノラマの海を眺められる
」アヤナの海洋保護プログラムを率いるのは、イギリス出身の海洋生物学者であるリー・マイルズさん。彼は大学で動物学を、大学院で生息地修復を専攻した専門家で、以前はイギリスでエコロジストとして活動、その後、モルディブのリゾートで海洋保護に取り組んだ経歴を持つ。

海洋保護プログラムを率いる、海洋生物学者のリー・マイルズさん
「インドネシアのリゾートが、海洋生物学者を雇用することはまだ一般的ではありませんが、ここコモドには世界最高峰のサンゴ礁があります。それを守ることは私たちの使命です」とリー・マイルズさん。彼はダイビングインストラクターとしての経験も豊富で、現在はその専門知識を活かし、サンゴの再生やゲストへの教育活動に情熱を注いでいる。
サンゴを再生する「コーラル・プランティング」、やってみた!

コーラル・プランティングのアクティビティはホテル内の「マリンディスカバリーセンター」からスタート
アヤナでは、宿泊ゲストが無料で参加できるアクティビティとして「コーラル・プランティング(サンゴ植樹)」を週3回実施しているということで、今回私も“受講”してみた。
まず、スライドをつかった、リー・マイルズさんによるサンゴの生態レクチャーからスタート。サンゴは岩や植物のように見えるが、実はクラゲやイソギンチャクに近い動物なのだという。複雑な形状のサンゴは、小さな魚たちの隠れ家や産卵場所となる「ナーサリー(保育園)」としての機能を果たしていて、その証拠に、サンゴ礁は海洋全体の1%未満の面積しか占めないのに、全海洋生物の25%がサンゴ礁に依存しているという。

サンゴ白化現象の深刻さを伝え、具体的なアクションを促すリー・マイルズさん
リー・マイルズさんは、「いま世界中のサンゴ礁が深刻な危機に瀕している」と警鐘を鳴らす。海水温が30℃を超えると、サンゴと共生している藻類が逃げ出し、サンゴが白くなって死んでしまう「白化現象」が起こる。コモド諸島の海も例外ではなく、この貴重な資源を守るための具体的なアクションが求められているというのだ。

結束バンドを用いてサンゴのかけらをワイヤーフレームに固定する方法もあるが、プラスチックフリーのコットンロープのほうが海にやさしいという
アヤナでのサンゴの植樹は、折れてしまったサンゴの破片を回収し、コットンロープに挟み込んで固定する「ロープ・ナーサリー」という手法でおこなわれる。私を含めたアクティビティ参加者はマリンディスカバリーセンターから、ホテル前に広がるプライベートビーチの桟橋へと移る。
ここでリー・マイルズさんが、あらかじめ集められていたサンゴの破片が入ったカゴを海から引き上げる。「こうやってロープのねじれをほどき、その隙間にサンゴの破片を結びつけていきます」とリー・マイルズさん。参加者のわれわれもサンゴの破片を選び、ロープの隙間にそれを差し込み、ねじれを元に戻すようにしてロープにサンゴを固定していく。
ちなみにサンゴの破片は石のように硬く、表面がサボテンのようにザラザラしていて、触るとチクチク痛い。けれどこの表面のざらつきのおかげで、サンゴはしっかりとロープに固定できるようだ。サンゴは成長すると1mほどの大きさに育つため、間隔を十分にあけながら、1本のロープに複数のサンゴを植えつけていく。その後、リー・マイルズさんが、すみやかにロープを水中に設置してあるフレームに結びつけていた。サンゴが白化しないよう、10分以内にこの作業をおこなうことが大事なのだという。
こうしてつくられたサンゴの苗を、海中の苗床に固定して約1年間育てることで、小さな破片が立派なサンゴのコロニーへと成長していくのだ。
100種類以上の生物が棲みつくようになった「生命の桟橋」

かつてはただの砂地だった桟橋付近の浜が“サンゴの庭”になりつつある。2019年からの地道な活動が実を結んだのだ
こうした地道な活動の成果は、ホテルの桟橋付近で見られる。2019年から始まったサンゴの保全プロジェクトにより、かつては砂地だった場所が、いまでは豊かなサンゴの庭へと変貌を遂げた。わずか120㎡ほどのこのエリアで、チョウチョウウオの幼魚、マンジュウイシモチ、ミノカサゴ、フグ、アイゴなど100種類以上のサンゴと魚類が確認されているというのだ。そんなわけでこの桟橋はいま、「生命の桟橋」と呼ばれている。

コーラル・プランティングで使用するサンゴの破片はカゴに集められ、ふだんは海中で保存されている
アヤナの取り組みはホテル内にとどまらない。地元のラブアンバジョの子どもたちを招いて海洋教室を開くなど、次世代への環境教育も積極的におこなっている。地域のコミュニティとともに海を守る姿勢こそが、持続可能な観光のカギとなっているのだ。

コーラル・プランティングには子どもたちも参加。リゾートを楽しみながら海や生き物を学ぶよい機会になっていた
美しい海を未来へつなぐために、旅人である私たちにもできることがある。
「サンゴの上に立たない、フィンで傷つけないといった基本的なマナーはもちろん、肌に塗る日焼け止めも『リーフセーフ』なものを選んでみてください」とリー・マイルズさん。市販の日焼け止めに含まれる化学物質がサンゴの白化を引き起こす原因のひとつになっているからだ。

コモド諸島・パダール島の丘の上からの眺め。この風景があるのは、それを守ってきた人びとがいたからこそだ
インドネシアは、世界中の硬石サンゴ種の約75%が集中する、いわば「海の心臓部」だ。なかでもコモド諸島の豊かな海が果たす役割は大きい。アヤナでの滞在は、大自然の恵みを享受するだけでなく、地球環境が置かれている現状を知り、その未来を考え、「まずはできることからアクションする」ことの大切さを教えてくれた。
取材協力:アヤナ コモド ワエチチュビーチ photo & text:中森りほ




