長野県千曲市発! 駆除された鹿を「レザーアイテム」と「ジビエランチ」に変える究極の害獣活用ワークショップ
信州の山々で生きた鹿革でアイテムを手づくりし、その命をジビエランチでおいしくいただく――。長野県千曲市のレザーブランド「Groover Leather(グルーバーレザー)」が提案するのは、頭で考えるSDGsではなく、心と体で感じる“命の循環”。レザークラフトとジビエ食を組み合わせたユニークなワークショップは、参加者にどのような気づきを与えるのでしょうか。ワークショップの現場から、新しいエシカルのカタチをレポートします。【後編】
お金を払って捨てていた鹿皮をこだわりの革製品に
長野市にある老舗喫茶「珈琲館 りんどう」。この日はグルーバーレザーが主催する「鹿革ワークショップ」の開催日で、テーブルの上には丁寧に切り出された色鮮やかな鹿革が並んでいる。
「皆さんがこれからつかうこの革が、どこから来たものか知っていますか?」
グルーバーレザーのレザー職人・原山純一さんは、制作を始める前に、参加者たちに問いかけた。
話題は、2019年に長野市中条地区に作られた国内最大級のジビエ処理施設について。「高度な衛生管理機能を備えた『長野市ジビエ加工センター』ができたことで、これまで害獣として捨てられていた鹿を、新たな地域資源として活用できるようになりました」(原山さん、以下同)
ここで迅速に処理され、急速冷凍された鹿肉は、臭みのない高品質のジビエとして、長野県内のホテルやレストランなどに卸されている。
その一方で、引き取り手のない鹿革はこれまで廃棄され続けてきた。
「それも、“わざわざ高いお金を払って捨てている”という現状があったんですね。これは非常にもったいない。なんとか製品化して流通をさせようと動き出したのが『信州エシカルプロジェクト』です。肉を取り除いた後の“皮”は、飯田市にある『メルセン社』のなめし工場に運ばれて、やわらかい“革”に生まれ変わります。その革をグルーバーレザーで製品化しているのですが、今回のワークショップではその鹿革をつかって皆さんにコインケースキーホルダーをつくっていただきます」
目の前にある鹿革の背景にあるストーリーを丁寧にひも解いていく原山さん。
「ただ“かわいい”という理由でアイテムを選ぶのもいい。でも、そのストーリーを知ることで、ものに宿る愛着はいっそう深くなるとも思うんです」。

過去に開催したワークショップの作品例。つくるアイテムは毎回変わるので、何度参加しても楽しい
一心に「トントン」叩き、ひと針ずつ縫っていく
いよいよワークショップの実技がスタートした。この日のクラフトアイテムは、鹿革をつかったコンパクトなキーケース。鹿革は非常に繊維が細かくやわらかいため、そのままでは強度が足りない。まずは、裏側に牛革を貼り合わせる作業から始まる。
「黄色い剥離(はくり)紙を丁寧にはがして、ズレないように」
原山さんの指導に、参加者たちは真剣な表情で応えていく。

生地選びと刻印の工程。参加者たちはイニシャルのアルファベットや気に入ったモチーフを選び、思い思いの印を刻み込んでいた
「ふわふわで、ずっと触っていたくなる」
「牛革とは違って、手ざわりに温かみがあるわね」
鹿革のやわらかな感触に、店内のあちこちから声があがった。

鹿革は空気層を多く含んでいるため、冬でも冷たくならず、人の肌に優しくなじむ
穴あけの工程では、専用の道具を木槌で叩く「トントン」という音が店内に心地よく響く。そして縫製の工程。ひと針ひと針、糸を通していくたびに、平面だった革が少しずつ立体的な道具へと形を変えていく。

レザークラフト専用の糸と針で、ひと針ずつ心を込めて縫い上げていく

参加者のテーブルを回り、一人ひとりの作業を丁寧にサポートする原山さん。この日は子どもから大人まで9名が参加
「自分でつくると、こんなに愛おしく感じるのね」。参加していた女性が微笑んだ。自分の手を動かし、時間をかけてつくりあげるというプロセスが愛着を生み、ものに新たな命が吹き込まれる。

完成したコインケースキーホルダー。革やステッチの色、刻印も人それぞれ
鹿肉タコライスが生む感動が、獣害を“自分ごと”に変える
イベントのもうひとつのハイライトは、革製品の制作が終わってから訪れる。食欲をそそる香りとともに運ばれてきたのは、特製のジビエランチ。この日のメニューはタコライスで、地元の猟師が仕留めた鹿肉をつかったソーセージが入っていた。

クラフトの作成時間は90分程度。その後は、お待ちかねジビエランチの時間
「そのお肉は、いままで皆さんが扱っていた革の持ち主です。感謝していただきましょう」
「かわいそう」という感情と「おいしそう」という本能。感情の狭間(はざま)で戸惑いつつも、スプーンを口に運んだ途端、参加者の表情が一斉に明るくなった。「ぜんぜん臭くない!」「赤身の旨みが強くて、すごくおいしい」と、皆さん満足気な表情。適切に処理された鹿肉は、牛や豚に引けを取らない味だ。この「おいしい」という素直な感動こそが、獣害という重い課題を理解する一番の近道なのかもしれない。
イベント後、参加者たちに話を聞いた。
「これまで自分ごととして考えたことがなかったけれど、獣害や地域の山林について考える、いいきっかけになりました」

何度も参加しているという、このワークショップの熱烈なファンが見せてくれた過去の作品たち。色を統一して、少しずつお気に入りを増やしているそう
参加者たちが手にした鹿革のキーケースは、つかいこむほどに手になじみ、艶を増して、かけがえのないパートナーとなっていくことだろう。そして、このやわらかな鹿革に触れるたびに、信州の豊かな自然を思い起こすはずだ。グルーバーレザーがつなぐ命の物語は、これからもきっと多くの人の心に温かな灯をともし続けていく。
Photo&Text:松井さおり




