獣害を長野の宝に変える! 「グルーバーレザー」が鹿革染めで地域のプロたちをつなぐ「信州エシカルプロジェクト」
日本の森林被害の約7割は、鹿が引き起こしているといわれています。農作物被害だけでなく、森林の荒廃や生態系にも影響を及ぼすとあって各地で鹿の駆除が進められていますが、その多くが十分に活用されないまま廃棄されていることはご存知でしょうか。駆除鹿の約2割は食用にされるものの、残り8割は税金をかけて焼却されているという現実。「奪った命を、ごみとして処理するのではなく“地域の資源”として活かせないだろうか――」。そんな想いで環境保護と地域経済の活性化を両立させようとしているのが、鹿による獣害がとくに大きい長野県の千曲(ちくま)市に工房を構えるレザーブランド「Groover Leather(グルーバーレザー)」です【前編】。
家具職人だった過去が鹿革の個性を活かすもとに
グルーバーレザーの代表・徳永直孝さんは、元家具職人。趣味でレザークラフトに触れたことが同社の設立につながっている。革製品に興味を持つようになったのは、愛車の大型バイク、ハーレーがきっかけ。
「昔のハーレーにはサドルバッグ(革製のバッグ)がついていて、それが最高にカッコよかったんですよ。もともと家具の大工をやっていたから、物の構造は見ただけでだいたいわかるし、『だったら自分でつくってみよう』と思ったんです」
手先の器用な徳永さんは、レザークラフトでも、わずか数年でプロの領域に達する。その後、レザークラフト教室の母体であるアパレルブランドから「革製品部門を立ち上げるのでウチに来ないか」と誘われたのを機に、家具職人からレザー職人に転じた。

グルーバーレザー代表の徳永直孝さん。アパレル会社に転職後はヒット商品を連発。卓越した技術で、独自の縫製方法も編み出した
2017年にアパレルブランドから独立し、グルーバーレザーを設立。“グルーバー”は、革を折り曲げる際の溝切りやステッチの溝をつけるための工具の名前で、「技術に誠実でありたい」という職人としての確固たる想いが込められている。

長野県有数の温泉街、戸倉上山田温泉からほど近くあるグルーバーレザーは、全国にファンを持つ
製品をつくるうえでもっとも大切にしていることは、つかい勝手のよさ。つくりたいアイテムがあったとしても、「どうしたら、お客さんがストレスなくつかえるか」を一番に考えるそうだ。たとえば小銭入れならコインを取り出しやすいように底の部分にわずかな段差をつけたり、財布の折れ曲がる部分は徹底的に強度を増したり。そのうえで、デザイン的にも優れたアイテムづくりを心掛けている。「いくら見た目がよくても、つかいにくければ道具としての価値は劣りますから」。

店内には小銭入れやキーケースといった小物類からバッグまで、さまざまなレザーアイテムが並ぶ
節や反りといった木材の個性を適材適所で活かした大工の視点は、傷や個体差があるレザーを扱う際にも大きな強みとなっているそう。レザー職人になったいまも、不均一な素材を、知恵と技術で価値あるものに仕立てている。
「駆除した鹿の革を活用できないか」
工房としての転機は2020年。ひとつの依頼が持ち込まれた。長野市の地域おこし協力隊員から寄せられた「近隣で駆除された鹿の革を活用できないか」という相談だった。「話を聞いた瞬間、これは素晴らしいコンテンツになると確信しました。地域でとれたものを、地域で加工して製品化する。こだわりのアイテムにサステナブルなストーリーをのせることで、唯一無二の存在になれると思ったんです」
実は、“養殖もの”が多い海外産の鹿革は、傷が少なく加工がしやすい。一方で、山を駆け巡ったときに木の枝でついた傷やワナにかかったときに暴れ回った傷、山の中から運び出すときについた傷が残りやすい野生鹿の皮をキレイに製品化するのは至難の業だ。しかし、一般的な市場では欠陥と見なされるこうした傷やダメージも、最高の“なめし”を施すことで「物語の一部になる」と徳永さんは考えた。傷があるのは、その個体が信州の厳しい自然のなかで生き抜いてきた証拠。重要なのは、「その“皮”をいかに高品質な“革”へ昇華させるか」だと徳永さんはいう。
そのために手を組んだのが、長野県飯田市にある皮革メーカー「メルセン」。同社が持つ世界屈指のなめし技術により、野生鹿特有の柔らかさと軽さを最大限に引き出した極上のエシカルレザーが誕生した。
行政、猟師、なめし工場、そして職人。地域のピースをひとつにつなげ、獣害という地域の課題を“地域の宝”に変える「信州エシカルプロジェクト」は始まった。

「信州エシカルプロジェクト」の一番の目的は、駆除された鹿の皮や肉を活用して経済循環につなげること。地域の ハンターたちが循環の根底を支えているが、次世代の担い手確保が課題となっている
藍染め、あんず染め──一流職人たちとの出会い
地元で駆除された鹿の皮を、県内でなめして、地元の工房でアイテムに仕立てる。徳永さんはそこにさらなるストーリーを求めて、県内の染め物職人のもとを訪ねてまわった。通常、革の染色は化学染料でおこなわれるが、このプロジェクトでは植物由来の天然染料にこだわっている。
そこで出会ったのが、松本市で100年以上続く藍(あい)染め工房「浜染工房」の3代目、浜寛治さんだ。藍染めは本来、布を染めるための技術。藍では革は染めにくく、色ムラも出やすい。だが、メルセンなどとも協力しながら、苦心の末ついに“逢初(あいぞめ)レザー”が完成した。深い藍色が革の質感と相まって、唯一無二の表情を生み出している。

何度も藍染めの甕(かめ)に浸けることで深みのある「ジャパンブルー」の鹿革ができる。その製品はジーンズなどと同じく、つかい込むほどに味のある経年変化を見せる

松本城のすぐそばにある浜染工房の創業は明治44年(1911年)。3代目・完治さんがいまも暖簾(のれん)を守る
さらに地元・千曲市の特産品である杏(あんず)をつかった鹿革の草木染めにも挑戦。“あんず染め”を開発した有名な職人、「更科花織(さらしなはなおり)工房」窪田孟恒さんとともに、杏の枝葉を煮出してつくった染料で、深みのあるオレンジ色の鹿革“杏染革”を生み出した。

杏染革でつくられたバッグや、がま口財布。やさしく温かみのある色合いだ

伐採された杏の種を絞り染めにつかえば、鹿革にこんな花が咲いたような模様が浮かび上がる。らせた。「種から花が咲く」というストーリーが、レザーに新たな価値を生む

“杏の里”千曲市で生まれた窪田さんは、あまたの草木染めを経験した末、唯一無二のあんず染めにたどり着いた
化学染料では決して出せない藍染めや、あんず染めの奥深い色あいは、まさに信州の風土が育んだものだ。
「職人として技術を磨くのは当たり前。そのうえで、私たちのつくるものが地域の課題を解決し、手にする人が豊かになれる。そんな循環を広げていきたい」
と、徳永さんは未来を見据える。
「売れるものをつくって、利益を循環させないと」
自らミシンを踏みつつ、経営者、地域プロデューサーとしての役割も担う徳永さん。製品をつくるだけでなく、どうすれば地域の雇用を守り、伝統技術を次世代につないでいけるかまでを考えている。
「自分ひとりだけでやっていたら、ここまでプロジェクトが広がることはなかったと思います。スタッフの生活を守る責任があるし、関わってくれている職人さんたちの技術を絶やしたくない。そのためには、私たちがしっかりと売れるものをつくり、利益を循環させることが不可欠なんです」
徳永さんのなかには、職人としての矜持と、地域を背負う経営者としてのリアリズムが同居している。千曲市という小さな町から始まった「信州エシカルプロジェクト」のアイテムは、いまや全国の百貨店やセレクトショップからも注目されるようになった。
ーー後編では、レザークラフトとジビエ食を組み合わせたワークショップを紹介しますーー
Photo:松井さおり、Groover Leather Text : 松井さおり




