“命の循環の輪”に入ってみる…狩猟しながら暮らす夫婦が考える「自然を守る」ということ
日本の森林率は、現在約67%ですが、適切な整備がなされないまま放置されている森がたくさんあります。このことは植物、昆虫、動物の生態系に関わり、私たちの暮らしにも多くの影響を及ぼします。木が育つのには何十年、森が育つのは何百年もかかるといわれます。日々、森を歩き、木に触れることで見えてきたこと、そして未来について、木と森に関わるスペシャリストに話を伺います。今回は、北海道の知床で暮らす川村喜一さん、芽惟さん夫妻を訪ねました。
“自然を守る”とは?保護と管理のはざまで考える
森との健全な関係について考える上で避けて通れないのが野生動物といかに折り合いをつけて生きていくかということ。保護か管理か—絶対的な正解は存在しないからこそ、難しい。知床で狩猟しながら自然と命に向き合う夫婦に聞いてみた。

夏は禁猟期間のため、銃を持って歩けるのは農地での有害鳥獣捕獲の時だけ。この日は森に近い農地でシカを探すことに。フンや足跡などを手がかりに歩く
「ヒグマがいるかもしれないから、離れないでください」
そう言って、ふたりは静かに歩く。霧が立ち込める森は視界が悪く、小さな物音でもビクビクしてしまう。
川村喜一さん、芽惟さんが北海道の知床に移住したのは7年ほど前。ともに東京の芸術大学で学び、喜一さんは写真、芽惟さんはテキスタイルなど様々な素材を用いて造形物を作る。移住後に狩猟免許を取得し、農地に出没するシカの有害獣捕獲は概ね通年、秋冬の可猟期間には農地以外での狩猟を行っている。

可猟期間は広範囲を歩いてシカを探すことも
「初めてシカを撃った時、泣きたくなかったんですが、ダメでした」と芽惟さん。
「命あるものを殺してしまったって、なんともいえない気持ちになって。でも狩猟を続けていく中で考えが変化してきました。命は尊い。どの命が重くて、どれが軽いかなんてことはない。野生においてはみんな平等に獲って獲られて、その中で生きている。私だって森の中でヒグマにやられてしまうかもしれない。でもそれが野生の世界に参加するということなんだって。私は銃という武器を持っているので、完全にフェアとはいえないんですけど」

東京時代はインドア派だったという芽惟さん。今はシカの解体もお手のもの。「撃って終わりではなくて、全部おいしく食べるまでが私にとっての狩猟。それが野生の世界に入ることだと思うから」
もちろん喜一さんにも葛藤はある。
「今でも引き金を引く前後には複雑な気持ちになります。でも常に葛藤があることが一番“確からしい”ことだと僕は思っています。有害鳥獣捕獲に関して『かわいそう』という声もありますが、農業や林業被害を受ける人にとっては切実な問題ですし、野生動物は決してひ弱な存在ではありません。どちらが正しくて、どちらが間違っているとは言えませんし、その多面性を受け止めようとする心の揺らぎこそが大切だと感じています」

途中で見つけたシカの頭骨。寒さ厳しい知床では、冬の間に命を落とす動物も少なくない
そう考えるきっかけになったのは、国立公園近くの畑に囲まれた家に住み始めたことだ。
「知床国立公園では保護された自然の中で野生動物の感動的な姿を見ることができる一方、そのすぐ傍らには人間の生活もあります。公園内ではかつての離農跡地を森に戻すナショナルトラスト運動が行われていますが、急増したエゾシカの食害が問題となっています。また公園内で人に慣れたヒグマが近づくようになったり、農地や市街地に出没することも。野生動物の生命の尊さに心を打たれる一方、地域の産業や住民の安全がおびやかされる現実が同時に起こっています。野生動物には鳥獣保護区と人間の居住区の線引きは通用しません。そのような環境で生活者となった今、彼らは手放しで眺めるだけの存在ではなく、時に捕獲対象にせざるを得ないこともあります。守ることと管理することを同軸で考えなくてはいけない。矛盾や葛藤を抱えながらも、それらを相反するものとしてではなく、適切なバランスの中で見極めようとする努力が必要です」

芽惟さんがフェルトで作った作品はシカの血抜きがモチーフ。冬が長い知床に暮らしてから、羊毛などの温かみのある素材を使うことが多くなったそう
人間が自然や動物を管理する。その表現への違和感を拭いきれないが……と続ける。
「人間と野生動物の生息域の陣取り合戦のような感じで、人口や捕獲圧が減れば野生動物の数が増えて色々な問題が出てくる。どちらにも偏りすぎないよう緊張関係を保っていく役割の一端を担うのがハンターです。ただ僕たちは農地を守るためにとか、一方的な正義感に燃えているわけではありません。自然の中で連綿と続いている命の輪の中で、ものごとを考えたい。その輪の中に入るためのひとつの手段が狩猟であり、獲って食べることであり、森を大切にすることでもあります」

愛犬のウパシは6歳のアイヌ犬。狩猟中は車でお留守番
狩猟を通して、見えてきたものがある。
「野生下では、あらゆるものが様々な要因で繋がっている。例えば捕食者の減少や気候の変化など何らかの要因でシカが増えると、シカの好物とする樹木が食べ尽くされて、それで困る生き物が出てくる。そうした連続性を知るにつれて、森全体のバランスが保たれることの重要性がわかってきました。人間もその中の生き物のひとつなのだと感じることができたら、保護か管理かの二元論ではなく、その時々の状況に合わせて適切に行動していけるのではないかと感じています」
PROFILE◆川村喜一/川村芽惟(かわむら・きいち/かわむら・めい):喜一さんは東京都、芽惟さんは愛知県出身。ともに東京藝術大学で学び、卒業後はアーティストとして活動。北海道・知床の一軒家で暮らし、自然と表現、生命と生活を学び直している。喜一さんの著書に『UPASKUMA-アイヌ犬・ウパシと知床の暮らし』(玄光社)。
●情報は、FRaU2024年8月号発売時点のものです。
Photo:Kentauros Yasunaga Text & Edit:Yuriko Kobayashi Composition:林愛子




