在日クルド人一家の物語『マイスモールランド』の監督が考える“平和な共生のつくりかた”
政治や宗教上の理由で迫害され、生まれた国を逃れて日本に居場所を求める人々がいます。彼らがいま日本国内でどんな状況に置かれているかを、どれだけの人が理解しているでしょうか。その一端を、在日クルド人一家を描いた映画『マイスモールランド』は、教えてくれます。
クルド人一家の物語が問う、ルーツとアイデンティティ

©2022「マイスモールランド」製作委員会
主人公は、幼い頃に家族と来日した17歳のサーリャ。難民申請を続けながらも、高校に通いクラスメートと同様に進路に悩む一方で、父親からはクルド人の一員としての生き方を求められ葛藤する日々を送っていた。ある日彼女たち一家は、出入国在留管理庁(入管)により難民申請を却下され、在留資格を失うことに。移動や就労の自由が制限されるなか、生きるために苦渋の選択をする──。10代の視点を通して過酷な現実を映し出した本作は、公開から2年以上が経ったいまも反響を呼んでいる。
監督の川和田恵真さんが本作を撮るきっかけとなったのは、8年前にニュースである写真を目にしたこと。写るのは、物々しい銃を抱えるクルド人女性たちだった。
「自分と同世代の女性がなぜ戦わねばならないのか、素直に疑問に思ったんです。それでクルド人の歴史を調べたところ、国を持たないがゆえに、土地や家族を守るために自ら戦わなければならない状況にあると知り衝撃を受けました。難民申請をしながら日本で暮らすクルド人が2000人ほどいることも、そのときに知ったのです」

©2022「マイスモールランド」製作委員会
すぐに映画の題材にすると決めたわけではなかったが、知りたいという思いのままに在日クルド人たちの取材を始めた。
「いくつかの家庭にお邪魔をしたり、結婚式に参加したり、キャンプに行ったり。ともに時間を過ごすなかで、彼らの物語を映画にしたいなと。見聞きしたことを種にして、少しずつ脚本を書き始めました」
取材の過程で耳にし、心に深く刻まれたのは、あるクルド人がこぼした「日本で難民申請をすることは、治らない病気にかかるようだ」との言葉だったという。
「難民認定率はきわめて低く、多くの人が強制送還の不安を抱えながらの生活を強いられています。ある10代の子は在留資格を失ったとき、入管職員に目の前で在留カードに穴を開けられショックを受けたと語ってくれました。国内で起きていることなのに、私たちの耳に入ってこない話ばかりです。彼らの個人的なストーリーはあくまで脚色して作品に盛り込むことを心がけましたが、入管で起きていることだけは、できるだけダイレクトに描こうと考えました」
郷に従いながらも、望む姿で生きられる環境を

©2022「マイスモールランド」製作委員会
もうひとつ劇中で象徴的に描かれるのは、家族やコミュニティ間の見えない壁だ。サーリャはクルド語と日本語を話すが、父親はクルド語と拙(つたな)い日本語を、周囲のクルド人の多くはクルド語だけを話す。一方で妹と弟は日本語しか話せない。
「日本にいてもクルドの文化を大事にする親世代に対して、日本で教育を受ける子どもたちにその大切さがあまり伝わっていないことは印象的でした。大人には民族のアイデンティティが失われることへの葛藤(かっとう)があると思うんですが、子どもたちは自分の意思で日本に来たわけでもなく、どうすることもできない。それどころか劇中でサーリャもそうだったように、コミュニティのなかで日本語の読み書きができない人を助ける必要に迫られる場合がある。互いに複雑な感情を抱えているように感じました」
だが、「全員に日本の文化になじむことを求めるのは、必ずしも正解とは思えない」と川和田さん。大事なのは、それぞれが自分が望む姿で、ここにいられることだ。

©2022「マイスモールランド」製作委員会
「もちろん十分な日本語の教育が受けられるサポート体制が整ってほしいとも思いますが、彼らが自分の文化を尊重しながらともに生きられる環境をつくれないものかなと。“郷に入りては郷に従え”だけではない選択肢がある社会に向けて、この作品が何らかのきっかけになればいいなとも思います」
きっかけといえば本作は、ごく身近な生活に潜む差別を可視化し、鑑賞者に日常の言動を振り返る契機を与えてくれる。コンビニでアルバイト中のサーリャに、客のひとりが「日本語上手ね」と声をかける場面もそのひとつ。そこにはイギリス人の父と日本人の母を持ち日本で生まれ育った川和田さん自身の経験も投影されている。
「悪気があるわけではなく相手の見た目に応じて機械的に出てきてしまう言葉なんだと思います。その気持ちも理解はできるけど、日本で生まれ育った背景を理解されない場面があまりにも多いことは、クルド人の子どもたちと私に共通した点でした。こういうシーンを観てもらうことで、少しでも想像力の幅が広がればいいなと。自戒も込めて描きました」
すぐ隣にある“理不尽さ”を見過ごさないために

2021年にスリランカ国籍のウィシュマ・サンダマリさんが入管施設で亡くなったことが明るみになったのを機に、人権を無視した入管施設の問題や難民申請中の外国人の現状に多少なりとも世間の目が向いた。しかし、犠牲が出てからではあまりにも遅い。多様なルーツを持つ人々が、ひとりの人間としてありのままに暮らしていける状態を平和と捉えるならば、その第一歩として「まずは相手のことを知ることが大事だと思う」と川和田さんは話す。
「同じまちに暮らす生活者としても、外国人はすぐそばにいて、それぞれの背景を持っていることを知ってほしいなと思います。いま入管法が改定されようとしていて、場合によっては、この映画に出てくるような一家はいとも簡単に強制送還されてしまうんですよね。人の生死に関わる事態を“知らなかった”で済ますのでは、あまりにも取りこぼすものが多い。ルールは、はたして誰のために設けられるものなのか。常に状況を注視して、ときに声を上げていくことが大切です。この映画がその入り口になればうれしいです」
『マイスモールランド』

理不尽な社会と向き合いながら葛藤するクルド人少女と家族の物語。5ヵ国のマルチルーツを持つ嵐莉菜が主演を務め、嵐の実際の家族が父、妹、弟役を演じた。第72回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門に出品され、アムネスティ国際映画賞スペシャルメンションを授与された。監督・脚本:川和田恵真 出演:嵐莉菜、奥平大兼ほか ©2022「マイスモールランド」製作委員会
PROFILE■ 川和田恵真 かわわだえま/1991年千葉県生まれ。大学在学中に制作した映画『circle』が東京学生映画祭で準グランプリを受賞。2014年より「分福」に所属し、是枝裕和監督の作品等で監督助手を務める。2022年に『マイスモールランド』で商業長編映画デビューを果たした。
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Masanori Kaneshita(portrait) Text & Edit:Emi Fukushima Composition:林愛子
【こんな記事も読まれています】
【戦後80年】「平和って何だろう?」哲学者・永井玲衣と学生6人が哲学対話 vol.3




