食を通じて社会を変える! 帝国ホテル第14代東京料理長の試み
1890年に開業し、世界中のVIPをおもてなし続けている帝国ホテル。ホテルウェディングやバイキングスタイルの原形を築くなど、つねに日本のホテル業界をリードしてきました。2001年に環境負荷を減らす目的で「環境委員会」を発足、2020年にはサステナビリティ推進委員会と名をあらため、さまざまな取り組みを行っています。第14代東京料理長の杉本雄シェフは、食を通じて社会課題を解決するために、「おいしく社会を変える」プロジェクトを推進しています(前編)。
フランスのマルシェに息づく「選ぶ責任」
初代料理長の吉川謙吉シェフや第11代料理長の村上信夫シェフなど、日本のフランス料理界を牽引してきた帝国ホテルの歴代料理長たち。杉本シェフは、2019年に38歳の若さで第14代目の東京料理長に就任、大きな話題となった。日々、約300名の料理人を率いて洗練された極上のフランス料理を提供するだけでなく、食の分野におけるサステナビリティに向けて積極的に取り組んでいる。杉本シェフのそうした活動の原点は何なのだろう。
「きっかけはフランスでの生活です。フランスとイギリスを中心に13年間ほど滞在し、フレンチの世界にどっぷり浸かる生活を送るうちに感じたのは、フランス料理は『フランスの地方料理の集合体』だということ。そして、それぞれの料理が地域で循環している経済や生活のなかで生まれている、ということでした」(杉本料理長、以下同)
フランスで暮らし料理を学ぶうえで、料理人たちの食材へのリスペクトを強く感じたという。
「たとえばお魚。おいしい身はグリルやスチームなど、その素材が一番おいしく味わえるレシピで調理され、頭や骨、皮などでお出汁をとってソースにします。そうした食材をあますことなくつかいきるなかで、それぞれの魅力を表現していくか、という考えがフランスの郷土料理の根底にあるのです」
その後、日本に帰国した杉本シェフは大きな衝撃を受ける。
「あまりにも過剰な包装、キレイにカタチが揃ったお野菜を見て、あらためて『そうだった、日本はこれが普通なんだ』と思いました。ヨーロッパで長年過ごした後だったので、それはとても異色な光景。フランスのマルシェには、たとえばトマトなら、小さいものから大きいもの、熟していないものから熟れたものまで、多様なトマトが並んでいます。
訪れる人々は、すぐつかうなら完熟しているもの、少し先につかうのであればそうでないものを選ぶという、『選ぶ責任』をもちながら買い物をします。売り手と、『いつ食べるの』『すぐ食べるよ』『それなら、これを買っていきなさい』などとコミュニケーションをとりながら、ロスをしないための行動が自然にとられているのです。
ところが日本のスーパーでは、トマトもキュウリもジャガイモも、均一のカタチと状態で売られています。そうなると、規格外のものもたくさん出てくるでしょう。食にかかわる者として、この現状は何とかしなければいけないと思いました」
「食材の選定だけでなく、過剰な包装についても考えさせられました。フランスではバゲットを紙に包んで持ち帰りますが、手で持つところしか包まれていません。そういうパッケージングがいい悪いという話ではなく、食に対するアプローチがぜんぜん違うんですよね」
2020年に取り組みをはじめ、2021年の9月にリリースされたのが「サステナブルソルト 根菜」だ。
「野菜などの皮は、外敵から身を守るために苦かったり固かったりしますが、その食材がもっている特徴を一番表している部分でもあります。もっとも印象的な部分ですので、どうにかつかえないかと常々考えていました。
帝国ホテルでは、一日何十キロものジャガイモをゆでて、長年親しまれているホテルメイドのポテトサラダをつくっています。皮をむいてしまうと水分が吸着してしまうため、ジャガイモは皮ごとスチームします。もちろんよく洗って芽も取り除いてある。ですので、皮はそのまま加工できるおいしい食材なんですよね」
これまで廃棄していたジャガイモの皮をじっくりローストしてパウダー状にし、塩とブレンドしたものが「サステナブルソルト 根菜」だ。アップサイクル商品の第1弾で、第2弾の「柑橘」をはじめ、今後もさまざまなフレーバーが仲間入りする予定だという。
「売上げの一部を環境保全団体に寄付しているため、みんなの行動が何らかのカタチで循環して、地球のためになっていくという構造になっています。商品を手にした人は、食べておいしいのはもちろん、地球保全をサポートする喜びも得られる。プレゼントとしても好評なので、贈られた人も何らかのカタチで地球環境にかかわれるという輪が広がるといいですね」
ムーブメントはホテルから外食産業、家庭の食卓へ
アップサイクルに加えて、そもそもロスが出ない取り組みも進めた。それが、耳まで白いサンドイッチ用の食パンの開発だ。
「カタチにするまでのハードルはたくさんありましたが、とても帝国ホテルらしい商品ができました。食品ロスを防ぐために、耳をつけたままサンドイッチつくってもいいと思うんです。けれども、長年お客さまに愛されてきた『帝国ホテルの耳がない白いサンドイッチ』に限りなく近い、環境に配慮した商品をつくったことこそが帝国ホテルらしい、と感じています」
商品を開発するにあたって、料理人たちに「何が一番、食品ロスだと思うか」をヒアリングした杉本シェフ。すると、サンドイッチ用の食パンの耳という声が多数寄せられた。
「じゃあ食パンのレシピを見直して、そもそも耳ができないものをつくろう、と。じっくり発酵させて低温で焼きあげることで、白く、焼き色のない食パンができあがりました。こうした商品の開発は、試行錯誤を繰り返す必要があるため、お金も時間も人手もかかります。ですから、会社に体力がないとなかなか手を出せないでしょう。
だからこそ、恵まれた環境にいる我々がやることに大きな意味があるのです。こうした試みはホテル業界にも何らかの影響を与えるだろうし、やがて外食産業に響き、一般家庭に広がっていくと信じています。道のりは長いけれど、必ず世界を変える一歩になるはずです。とにかく、一歩踏み出してカタチにすることがとても大事。それがなければ、永遠に二歩目はないのですから」
――次回は、杉本シェフが挑むさらなるプロジェクトについて伺いますーー
杉本雄■1999年に帝国ホテルで料理人としてのキャリアをスタートし、2004年に退社して渡仏。パリの老舗ホテル「ル・ムーリス」にて、世界的シェフであるヤニック・アレノ氏、アラン・デュカス氏のもとでシェフを務める。その後、2つのレストランの総料理長を務めた後に帰国。2017年に帝国ホテルに再入社、宴会調理課のシェフを経て、2019年4月に東京料理長に就任する。現在は、サーキュラエコノミーを意識したレシピ開発や環境に配慮した食材を積極的に取り入れるなど、食を通じた社会貢献に力を入れている。
photo:横江淳 text:萩原はるな
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