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「おいしく社会を変える!」 帝国ホテル第14代東京料理長の挑戦【後編】
「おいしく社会を変える!」 帝国ホテル第14代東京料理長の挑戦【後編】
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「おいしく社会を変える!」 帝国ホテル第14代東京料理長の挑戦【後編】

1890年に開業し、世界中のVIPをもてなし続けている帝国ホテル。ホテルウェディングやバイキングスタイルの原形を築くなど、つねに日本のホテル業界をリードしてきました。現在は第14代東京料理長の杉本雄シェフが中心となり、食を通じて社会課題を解決するため「おいしく社会を変える」プロジェクトを推進しています。前編に続き、杉本シェフに伺いました(後編)。

――前編はこちらーー

コロナ禍が食材や生産者へのリスペクトきっかけに

約300名の料理人を率いて洗練された極上のフランス料理を提供するだけでなく、食の分野におけるサステナビリティにも取り組んでいる杉本シェフ。そのサーキュラーエコノミーを意識したファーストステップとして取り組んだのが、これまで廃棄されていたジャガイモの皮をアップサイクルして使用したフレーバーソルト「サステナブルソルト」。また、パンの耳を切り落とす必要がなくなったサンドイッチ用の 「耳まで白い食パン」も開発し、話題となっている。

「こうした活動は、外へ発信するだけでなく、ホテル内を見ても意味があると感じています。実際、私どもの厨房に『料理長は常にサステナビリティを意識しながら食材と向き合っている』ということが浸透すると、だんだんスタッフが安易にものを捨てなくなっていくんです。たとえば突然、私から『あの野菜の皮、どこにいったの』と尋ねられて、『捨てちゃいました』とはなかなか言えないですからね(笑)」(杉本シェフ、以下同)

これまでは捨てていたジャガイモの皮をじっくりローストしてパウダー状にし、塩とブレンドした「サステナブルソルト 根菜」。アップサイクル商品シリーズは第2弾が「柑橘」、以降も異なるフレーバーが続々仲間入りする予定だ

帝国ホテルでは2001年に環境負荷を減らす目的で「環境委員会」を発足、コロナ禍中の2020年にはサステナビリティ推進委員会と名をあらため、SDGs貢献への達成に関するさまざまな取り組みを行ってきた。「食材をリスペクトしてつかう」というフランス料理のスピリットを伝えるうえで、このタイミングがプラスに働いたという。

「コロナ禍をきっかけに、従業員食堂を自社運営に切り替えたのですが、それにより館内で出る余剰食材や端材を有効活用できるようになりました。お客さまにご提供できないものをまかないで食べる、ということは多くのレストランで当たり前におこなわれていること。ただこれまでは、このようなマインドを大きなホテルで醸成することは、なかなか難しかったのです」

コロナ禍によって多くの命が失われたり、行動が制限されたりした。ホテルの現場でも、たくさんのロスがあった。しかしその一方、プラス要素もあった。そのひとつが、人びとの関心がサステナビリティや道徳的なことに向かったことだという。

「いままで当たり前にあったものがなくなるという、非常事態が起こりました。ホテルの現場でいうと、これまで多くのお客さまが行き来していたロビーから、その姿が見られなくなってしまいました。お客さまにおこしいただけないと、レストランも閉まり、食材も買わなくなります。その結果、生産者が食材を売れなくなり、廃業に追い込まれる方も出てくる。そんなことが現実に起こり、われわれは『目の前の食材を大切にしなくては』と、あらためて気づかされたのです」

2022年11月30日に行われた「食のサステナビリティフォーラム2022」では、京都の老舗料亭「菊乃井」村田吉弘氏とともに登壇。サステナブルな食に向けた取り組みのほか、未来への展望についても語り合った

「食を通じた次世代の育成」も、杉本シェフが掲げる目標のひとつだ。

「ある専門学校で、未利用魚(一般的にあまり知られていない魚や、サイズが小さかったり傷がついたりしているなどの理由で市場に出回らないか、買い手がつかない魚のこと)をめぐる現実を伝えてきました。未利用魚の問題は、規格外の野菜と同じ構図です。漁港で水揚げされる魚介類は、いわゆる高級魚など高い値段がつくものに価値があるとされ、地方や漁港によって違いはあるとは思いますが、そうでない魚は、発泡スチロールの箱に入ったものが全部で数百円という安値になっている。船のガソリン代や漁師さんたちの人件費をかけて命がけで海に出ても、これでは儲けが出ないどころか赤字になってしまうわけです。このような状態が続けば、漁師のなり手がいなくなり、持続可能な生産状況ではなくなってしまうでしょう。

では、こうした課題を解決するため、私たちにできることは何なのか。未利用魚を買い、つかうことによって、漁師さんやその周囲の方々の環境をサポートする。いわゆる『買い支え』です。林業、農業においても同じ。私たちが積極的に利用することで、後継者問題の解決にもつながっていくと思います」

そんな話を伝えたところ、学生たちは、「身近な漁港で、そんな問題が起こっているとは知らなかった」と驚いていたという。

「プロのテクニックを目の前で見て味わい、『素晴らしい』『おいしい』と学生に感じてもらうことは大切です。でもそれ以上に、その裏にある『社会的課題を考えたうえでの食のあり方』を、これから食の現場に立っていくはずの人たちに伝えることも重要ではないでしょうか」

未利用魚のように、社会的な課題となっている食材に自分たちのテクニックをくわえて、ラグジュアリーなひと皿ができることも伝えていきたいという。

「帝国ホテルの料理長として、世界中からより選られた食材を集めて調理し、ラグジュアリーな料理をつくることも、もちろん大事。けれども今後は、社会的課題をしっかり踏まえたうえで、技術やテクニックを駆使してつくったひと皿が、料理の新しい価値をつくっていくと考えています」

「ラグジュアリーホテルの料理長」だからできること

食を通じたサステナブルな取り組みをつづける杉本シェフは今後、「食べることで健康や美につながる」食を追求していきたいという。

「目指しているのは、身体も心も健康に美しくなれる食。食べて幸せな気持ちになると同時に、道徳的なマインドも満たされるような料理です。さらに、おいしくて身体にいいものを、自分で選ぶ『選食眼』を身につけてもらうことも大事。目の前にあるひと皿には、どんな背景がある食材がつかわれ、どんな課題解決に寄与しているか考えるきっかけを提供できるといいですね」

「いい食材を手に入れて、料理をしてお客さんに喜んでもらうという基本を大切にしつつ、それをベースに何ができるかを追求していきたい」と語る杉本シェフ

ただ、帝国ホテルの料理長として、葛藤を感じることもある。

「非日常を提供するホテルの厨房を率いる立場でありながら、道徳的なことを進めていくというダブルスタンダードに悩むこともあります。でも、そういった立場からサステナビリティを追求するからこそ、生まれてくる価値もあるはず。『SDGs』という言葉は、まだ完全に世の中に浸透したとはいえません。でも、10~15年前に流行した『エコ』という言葉なら、もはや誰もが、その意味も知っていますよね。われわれが取り組み続けることで、近い将来、SDGsがエコと同じように当たり前につかわれる日がきっとくると信じています。私が向き合ってきたフランス料理を、あらためて突き詰めていく価値は、そこにあると思っています」

――前編はこちらーー

(プロフィール)

杉本雄■1999年に帝国ホテルで料理人としてのキャリアをスタートし、2004年に退社して渡仏。パリの老舗ホテル「ル・ムーリス」にて、世界的シェフであるヤニック・アレノ氏、アラン・デュカス氏のもとでシェフを務める。その後、2つのレストランの総料理長を務めた後に帰国。2017年に帝国ホテルに再入社、宴会調理課のシェフを経て、2019年4月に東京料理長に就任する。現在は、サーキュラエコノミーを意識したレシピ開発や環境に配慮した食材を積極的に採り入れるなど、食を通じた社会貢献に力を入れている。

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