ラトビアの伝統を訪ねて タイムトラベルが楽しい森の博物館
ラトビアの首都リガ。その郊外の松林の中に、時の魔法にかかったような場所があります。それが「ラトビア民族野外博物館」。茅葺(かやぶ)きの古民家から白い煙がたなびき、旅籠(はたご)を改装したレストランでは伝統の家庭料理がいただけるのです。そして、クリスマスのジンジャーブレッドを焼く体験も。自然のふところで命を育み、祈り、愛やリチュアル(儀式)を大切にしてきたラトビアの伝統的な暮らしに飛びこんでみました。
まるで絵本の世界! ラトビアの伝統の暮らしを体感
「ラトビアの伝統を知るならここ!」と地元のガイドさんたちが熱烈に推したのが「ラトビア民族野外博物館」。リガの中心街からバスで約30分の距離にある屋外ミュージアムだ。
「ここには17世紀から1930年代までに建てられた建築が集結しています。農家や職人、漁師などの家、倉庫、教会などがたくさん展示されていて、なかには当時の家具や道具もあります」と学芸員のガイレさん。同館の創設は1924年と古く、ヨーロッパ屈指の歴史をもつことでも知られる。

博物館を案内してくれるガイレさん。伝統の民族衣装がかわいい。博物館は東京ドーム18個分(87ヘクタール)もの敷地のなかに、124棟ものラトビア伝統建築物が佇む

朝つゆの光る落ち葉をザクザクと踏んで歩きだす、リアル赤ずきんちゃん
松が香り、土の匂いがして、鳥が歌う朝の森。「春はベリー摘み、秋はキノコ狩りに出かけるんですよ」なんて聞きながら緑の小径(こみち)をゆく。最初に案内されたのは教会だった。小さく見えたが、中は圧巻!

18世紀に建てられたプロテスタント教会を移築したもの
「この教会は当時、日曜日のミサや洗礼、結婚式などにつかわれていました。男女の席は分かれ、身分の高い人は祭壇の近く、病人やホームレスは後ろで祈りを捧げていたといいます」(ガイレさん)
中央に面白いものがあると聞いて、バロック式の祭壇に目をこらすと…。

よく見ると影が不自然?
「この影、実は画家の手によるものなんです。キャンドルの光が揺れる祭壇を荘厳に見せるための、いわばトリックアート。面白いアイデアですよね」(ガイレさん)
教会につづき、一般的な農家を見学。リビングやキッチンをのぞくと、ミトンの手袋や靴下に暖炉の熱を送りこむストーブなど、珍しい道具がたくさんある。

農家のリビング。天井たくさんにかざられているのは「プズリ」と呼ばれる幸運のワラ細工
大家族が暮らしたというけれど、ベッドの数が足りないな……と思ったら、「子どもは床にワラやクッションを敷いて寝ていました。結婚するとベッドで寝ていいんです」と聞いて未婚の私はブルブル。

農家の軒先にて「先祖の魂が宿っているから、家の敷居は踏んじゃダメ」。敷居の扱いが日本と一緒
さて、この農家のそばには小さな小屋があり、澄んだ水をたたえた池がセットになっている。さて、ここはいったい何につかわれた小屋でしょう?

正解は、サウナハウス。こちらの言葉では「ピルツ」という
フィンランドにサウナがあるように、ラトビアには「ピルツ」がある。
「ピルツはラトビア人にとって日常的なもの。心身を浄化し、魂までまっさらに洗い上げる神秘的な儀式の場です。家の中で最も清潔な場所だから、女性の出産時や亡くなった方の湯灌(ゆかん=遺体を洗うこと)につかわれることもありました。昔から、生と死にを司る神聖な存在だったんです」(ガイレさん)
現代でもラトビア人の自宅の半数がピルツを持っているんだとか。地元の人と仲よくなると、おうちのピルツに招かれることもあるんですって。
「さて、このへんでラトビアのクラフトづくりを体験してみませんか」と言われて、喜んで古民家のテーブルに着席した。

麦ワラや葦(あし)を編んだラトビア伝統の装飾品「プズリ」づくりに挑戦
「プズリは厄(やく)を払い、光と幸運を運んでくれます。星や正八面体などいろんな形がありますよ。さあ、一緒につくりましょう。コツは、喜び、楽しさ、ポジティブで明るい気持ちをたっぷり込めること!」(ガイレさん)

2本のワラを交差させ、毛糸をくるくる巻きつけていくと完成!
最後に、ガイレさんはスーッと深呼吸したかと思うと、明るい旋律の“歓迎の歌”をアカペラで披露してくれた。ただ者じゃない声音と貫禄だったけれど、「これくらいふつうよ」とケロリ。あとで知ったことですが、ラトビア人は“歌う民族”と呼ばれるほど歌のうまい人たちなのでした。
栄養満点! 旅籠レストランで味わう伝統の家庭料理

空腹を抱えて、白い煙がたちのぼる“旅籠レストラン”へ
「見学はどうでした!? 楽しかった? 寒いでしょ。アツアツのごはんが待ってますよ!」と元気なラトビアンガールに迎えられて、ファンタジックな「プリエデス・クログス」へ。日本語で「松の酒場」という意味だそう。ここはかつての旅籠をリフォームしたレストランで、ラトビアの伝統料理がいただける。

ゆったりとした民族音楽が流れる店内

ツヤツヤのミートパイは手づかみで。指先で触れただけでもうおいしい
「これからどしどし料理が来るから遠慮なく食べて! ミートパイはオーブンから出したばかりだからアツアツだよ。ここの料理はすべてシェフの手づくり。すぐに力仕事に活かせるようにエネルギーの高まる食事になってるんだよ!」と両手にお皿を持ったガールは力こぶを見せる仕草。
「ラトビアの家族のテーブルでは、お肉、サラダ、パンなんかを大皿にドーンと盛りつけてみんなでシェアします。で、おばあちゃんたちが『もっと食べな、いっぱい食べな』って言うんですよ。え、日本も? どこの国も一緒ですね!」とほほえむ案内人のリガ・ガブリカさん。

左:リガさん家(ち)のきらめくクリスマスの食卓。右:絶品だった豚の煮込み

サラダ、黒パンにヘンプバター。ほどよい塩気とおいしい油の味わいに体が大歓喜

赤く熟した甘いコケモモも大事なアクセント
「どんな料理もそうだけど、パン生地はとくにエネルギーを吸うんです。だから、シェフはポジティブなパワーを体じゅうに満たしてからこねる。愛情を注げばおいしくなるし、怒りをこめれば気に入らない味になる。不思議だけど、いつも実感するの」とラトビアガール。
だから、もしおいしいパンをうっかり床に落としたら、「パッと払って、ちゅっとキスして食べちゃう。食べきれなかったら粉にして焼き菓子の生地に混ぜることも多いですね」。それが、おしみない愛をこめてくれた料理人への敬意。そういう意味では、この旅籠の料理にはアツい愛がはちきれんばかりに詰まっていて、ぜんぶのお皿にキスして回りたいほどでした。

お行儀よく出番を待つデザート。メレンゲと生クリーム、木の実がたっぷり
クリスマスの魔法にかかるジンジャークッキーづくり

暑い厨房からあらわれた半袖姿のイルゼさん
ランチの終盤、「やっほ〜! モリモリ食べてますか!?」とエプロン姿のオーナーシェフ、イルゼ・ブリードさんが登場。いただいた豊かな手料理をそのまま形にしたような、元気いっぱいのママさんだ。
「ジンジャークッキーの生地をつくったから一緒に飾りつけをしましょ!」

スパイスの配合、生地の寝かせ方、そのすべてが家庭に伝わる秘伝の味
世界で初めてクリスマスツリーを飾った国という逸話を持つラトビアでは、甘くてスパイシーなジンジャークッキーがクリスマスの風物詩なんだとか。
「今日は“幸運のボタン”クッキーをつくります。丸く伸ばした生地がここにあるから、好きなように穴を開けて、ナッツやチョコ、シュガーをのせて飾りつけてね」とママ。

アーモンドやクローブ、クルミなどをたっぷりまぶす。「3分で焼きあがるから待ってて!」とイルゼさん
飾りつけを終えて、あかあかと燃えるかまどの中に入ったボタンたち。再び姿をあらわしたときには、こんがりと輝く黄金の姿に変わっていた。何枚でもぺろりといける素朴な甘みに脳がしびれる。心地よいクリスマスの魔法をひと足お先に。

ふうふうしながら歯を立てると、やわらかくてしっとり
暦によりそい、自然を敬い、愛のこもった道具や料理に包まれて生きるラトビアの暮らし。遠い国のはずなのに、やっぱりちょっと日本に似ている。「ロシアから独立した僕らを、日本はすぐに国として認めてくれた。好きだよ、日本」と語るリガの人たちはみんな優しかった。

豚肉を絶妙にひきたてていた自家製「玉ねぎのマーマレード」はにピッタリ
さて、このラトビア野外民族博物館は、世界的に有名な「森の民芸市」の開催地でもある。6月の開催日には国中からハンドメイド雑貨が集結し、日本はもちろん各国からバイヤーたちが訪れるのだとか。クラフト好きの皆さまにおかれましては、ぜひこちらもチェックを。
Photo & Text:矢口あやは
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