地下海水をつかって激減した「青のり」を復活! 海の生態系を守る「陸上栽培」の可能性
私たちにとって身近な食料のひとつ海藻。しかし年々量が減り、海洋環境に悪影響が出ているそうです。この状況を打開しようと2016年に創業した「シーベジタブル」は、地下海水をつかった世界初の「陸上青のり栽培」を確立。安定して海藻を栽培し、国内外の星つきレストランにも納品しています。海洋環境における海藻の役割と先進的な栽培方法について、同社のマネージャー・高山奈々さんに聞きました。
海藻は小型生物の繁殖場
そもそも海藻は、海でどんな役割を担っているのか。高山さんは「海の生態系を守るのに欠かせない存在」と話す。
「海藻は生態系ピラミッドでもっとも下位に存在する生き物で、海藻の表面には幼稚魚のエサとなる小型生物が豊富に生息しています。また、海藻が茂る藻場(もば)を産卵場所とする魚などもいて、海藻の減少は水産資源の減少に直結します」
魚や貝の成長にとって海藻は欠かせない。海藻が減ることは生態系の変化につながる
重要な役割を持つ海藻だが、地球環境の変化に伴って自然な育成が難しくなっている。地球温暖化により水温が上昇し、従来冬眠の習慣がある魚やウニが冬眠しなくなり、海藻が十分に育つ前に食べ尽くされてしまうからだ。
たとえば、天然すじ青のりの主産地だった高知県の四万十川(しまんとがわ)では、1980年に約60トンが穫れていたが、2001年には約10トンに減少、2020年にはついにまったく収穫できなくなってしまった。
昔から食用になっている海藻だが、実は未知の部分が大きい。1500種類以上あるすべての海藻が食べられるという
「日本の海で生える海藻は1500種類以上あるといわれています。ですが、いま日本で食べられている海藻は地域性が高いものを含めても約50種類にとどまります。養殖されているのはワカメ、昆布、海苔、もずくといったメジャーな海藻のみ。自然に生えた海藻の一部を収穫はしても、それを量産する技術は発展してこなかったのです」
海藻というと「ミネラルが豊富」「ヘルシー」といった“なんとなく体にいい”イメージを持つ人が多いかもしれない。それは事実だが、ほかにも水溶性食物繊維が豊富だったり、種類によってはビタミン類やたんぱく質の含有量が多かったり、食物として非常に優秀であると高山さんはつけ加えた。
陸上栽培と海面栽培を並行して
シーベジタブルが「陸上栽培」の方法を確立したのは、すじ青のりの収穫量激減がきっかけだった。共同代表の蜂谷潤さんは、大学時代に「海洋深層水を活用したアワビ類、及び海藻類の複合養殖のビジネスプラン」を考案し、研究を重ねてきた。
ともにシーベジタブルを創業した蜂谷さん(右)と友廣裕一さん
研究が成熟してきた2015年ごろ、「青のりが不足して困っている」と多数の食品メーカーからの悲鳴が蜂谷さんのもとに届いた。そこで、世界で初めて地下海水をつかったすじ青のりの陸上栽培を完成させ、海藻栽培に特化したシーベジタブルを共同代表の友廣裕一さんと創業した。
陸上栽培のプラント。地下から海水を汲み上げることで質のよい海藻を安定して栽培することに成功した
地下海水には、透明度が高い、水温が年中安定している、ミネラルが豊富といった利点があり、高品質な海藻を育てるのに最適なのだという。シーベジタブルでは、地下から海水を汲み上げ、独自に開発した特許取得済の設備と生産ノウハウによって海藻の陸上栽培を実現している。
さらに、陸上のみならず「海中」でも海藻を栽培している。海で育つものは海面栽培、陸で育つものは陸上栽培と栽培方法を分けているそうだ。
陸上で育てる場合は海の生態系へのインパクトは生まれないが、海面栽培では幼稚魚のエサになる小型生物も生育されるため、海の生態系を育むことにつながる。海藻の養殖が海洋環境へ与える影響の調査でも、ポジティブなインパクトが生まれることがわかっているという。
海面栽培のようす。海藻の表面では幼魚のエサとなる小型生物が育ち、海の生態系を育むもととなる
いまでは全国各地に陸上・海面栽培の養殖場を設け、地元の漁師や漁業組合と連携して生産・収穫を行っている。良質な海藻を育てるためには、毎日水槽をキレイに清掃して生育に必要な日光を十分に与えなければならない。現地では、地域に住む高齢者や障がいがある人を含めた働き手と協力しながら、生産体制を構築しているという。
有名シェフと海藻料理を開発
シーベジタブルは、海藻の栽培にとどまらず、2021年11月に自社にテストキッチンを設けてシェフと海藻料理の研究もおこなっている。
シーベジタブルが育てている海藻のなかには、限られた地域で採れる「スーナ」「はばのり」「みりん」などめずらしい種類もあり、食べ方の開発が進んでいない。一般的なワカメやヒジキ、もずくでさえも、和食にばかりつかわれメニューが限られている。海藻の新たな食べ方を提案し、海藻食文化を広げていきたい……そんな思いから、テストキッチンを立ち上げたという。
テストキッチンでのメニュー開発。左端が料理開発担当のシェフ・石坂秀威さん
料理開発担当の石坂秀威さんは、2018年東京にオープンし、開業1年でミシュラン2ツ星を獲得したレストラン『INUA(イヌア)』(2021年3月末で閉店)でスーシェフを務めた人物だ。同キッチンから生まれた自社ブランド「Re-seaweed(リ・シーウィード)」では、カカオと海藻を組み合わせたスイーツなど多数のメニューを考案し、反響を呼んでいる。
「サロン・デュ・ショコラ2024」で発売し、話題となった「海のマドレーヌーあおさー」(2個×3袋、2530円)
栽培した海藻は自社商品として販売するだけでなく、レストランや食品メーカーへの卸しもおこなう。高品質で希少な海藻もたくさん扱うため、有名シェフや大手企業の目に留まり、多数の星つきレストランで採用された。
たとえば、「世界のベストレストラン50」で1位を4回獲得したデンマークのレストラン「noma(ノーマ)」では、2024年10〜12月まで京都で開催したポップアップレストラン「Noma Kyoto(ノーマ京都)」でシーベジタブルの海藻を採用している。
斬新な海藻メニューを通販サイトで
三井不動産が立ち上げた厳選お取り寄せグルメ通販サイト「mitaseru (ミタセル)」でもシーベジタブルの海藻が多くつかわれており、利用者から好評を得ている。
とさかのりをつかったサラダ。めずらしい食感や風味の海藻はシェフたちから注目されている
「当社では、東京・日本橋などのまちを活性化するプロジェクトに取り組んでおり、そのひとつに食の文化継承が含まれています。mitaseruでは単においしいだけでなく地球にやさしい商品を扱いたい思いがあり、シーベジタブルの海藻に着目しました」(mitaseru JAPAN取締役・佐々木悠さん)
青のりのなかでもっとも香りがよいといわれる、すじ青のりをつかった「すじ青のり香るアサリとネギの深川まぜうどん」
和食の老舗「日本橋ゆかり」とコラボした「すじ青のり香るアサリとネギの深川まぜうどん」(1200円)や、ミシュランガイド東京2025で1ツ星を獲得したフレンチの「La Paix(ラペ)」と組んだ「つぶ貝と帆立 すじ青のりバターブルゴーニュ風 グラタン仕立て」(2160円)などは、mitaseruのコラボメニューの一例だ。
筆者も試食してみたが、まさに「海藻が主役!」という感じでたっぷりつかわれており、その香りや風味を堪能できた。こんなふうに海藻をうまくつかいこなせるようになれば、自宅での料理の幅も広がるだろう。
「毎日の食卓にごく自然に野菜が並ぶように、海藻も当たり前に食べてもらえる未来をつくりたい」と高山さん。そんな未来は、そう遠くないはずだ。
photo:シーベタブル、text&photo(料理写真):小林香織
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