移住した和歌山で紀州備長炭づくり! 山の中での仕事と暮らし
ライフスタイルの大きな変化を伴う移住には、きっかけ、楽しさ、目標、苦労が、移住者の数だけあります。今回、ご紹介するのは、伊藤弘貴さん・周子さん夫妻。愛知県出身の弘貴さんは奈良県から移住。大阪出身で東京に住んでいた経験もある周子さんと出会い、2017年に日高川町の現在の住まいへ。夫婦で紀州備長炭の製造業を営みながら暮らしています。伊藤さん家族の移住ストーリーに、心地よく暮らすヒントを探しました。
観光地のイメージだった和歌山が
理想の移住先に

自宅から車で2分ほどの距離にある弘貴さんの工房。昔つかわれていた建物を譲り受け、修復しながらつかっている
日高川町の山あいに居を構える伊藤弘貴さんと周子さん。自宅の縁側に座ると眼前に青々とした山の景色が広がる。

家の周囲に広がる美しい風景
弘貴さんは愛知から、周子さんは東京から、それぞれが、田舎での暮らしを求めて奈良へと移り住んだ。ほどなく2人は出会い結婚。奈良での田舎暮らしに慣れたころ、より自分たちらしく過ごせる場所を求めてこの地にたどり着いた。しかしながら、周子さんは当初、和歌山を移住候補地としては考えていなかったという。
「大阪で生まれ育った私にとって、和歌山は身近な観光地というイメージでした。暮らしを営むイメージが湧かなかったんです。でも、知り合いから勧められて調べてみると、自然も食文化も豊かで、空気も水もいい。求めていたものすべてがありました。土間つきの古民家が見つかったのを機に、トントン拍子で引っ越すことになりました」

子どもたちが遊ぶ大きなプールを置いても広々。向かって右側の奥に鶏小屋があり、毎日採卵している
紀州備長炭の生産地として知られる日高川町。弘貴さんは、せっかく縁あって移住をするなら地場産業に関わりたいと1年間修業をし、炭焼き職人となった。
原木を炭化させる火入れ作業は、日ごとに変わる温度や湿度はもちろん、季節ごとに変わる原木の水分量によっても最適な火加減が変わってくる。目に見えてわかるものではないからこそ、感覚を研ぎ澄ませて試行錯誤をするのが楽しいのだと語る。

自宅から工房へ向かう弘貴さんの軽トラック。生い茂る木々の間からさす木漏れ日の美しい一本道が続く
「窯出しといって、真っ赤に燃えた炭を窯から取り出す作業を初めて見せてもらったとき、その光景に感動しました。地球からいただいた原料を炭にするっていうのも、自然の循環の一部になれているような感覚で好きなんです。原料のウバメガシの木は急斜面に生えているので、材料集めは体力勝負やし、常に危険と隣り合わせの緊張感ある作業。電波の届かない山中で、ひとり黙々と作業する孤独さもあります。けど、そんな自然相手の仕事が性に合ってるんやと思います」

子どもたちが工房を訪れるときは長靴で。玄関にはサイズの異なる色違いの長靴が仲よく並んでいた
求める人づき合いによって
相性のよい移住先は変わる
伊藤さん一家にとって、日高川町は住民同士の距離感がちょうどよかった。閉鎖的な雰囲気はなく、古くからの住民がみな快く迎えてくれた。この地を選んでよかったと周子さんは振り返る。

部屋の壁には家族の写真や絵がたくさん
「外出から帰ってきたら玄関に野菜や果物が置いてあったり、子どもたちを住民みんなで見守ってくれたり。子どもの成長に応じてご近所との新たなつき合いも生まれたし、移住者が集うコミュニティもあります。ときどき移住仲間と集まってお酒を飲むこともありますよ。それぞれいい関係性を築けています」
さまざまな場所で暮らしてきた2人が感じたのは、ひと口に移住といっても、地域ごとに異なる特色があり、理想の生活やその土地の特色によって相性のよい場所は違ってくるということ。移り住む前の情報収集が大事だとアドバイスをくれた。
「自治体の支援制度をつかって地元の人とつながると、いろいろ情報をもらえるから、移住後の生活がイメージしやすいと思います。移住ってキレイごとばかりではないので。でも、私たちにとってはいいことばっかりでしたけどね」
事前の下調べの末に、納得して選択することこそが、豊かな暮らしの実現には不可欠だ。
移住のホンネ、教えて!
近くの病院まで車で
30分かかるのは想定外でした
「幸い、子どもたちはこれまで健康に育ってくれたので困ったことはなかったのですが、産院も遠いんです。病院が近くにないというのは田舎ならではの不便なところですね」(周子さん)
●情報は、『FRaU S-TRIP MOOK 1200年前からサステナブル 世界遺産のくに「和歌山」』発売時点のものです(2024年10月)。
Photo:Masanori Kaneshita Text:Riho Nawa
Composition:林愛子




