「漁師自体がSDGsなんです」。魚のために海を耕す「海底耕転プロジェクト」とは!?(後編)
「海底耕耘プロジェクト」の紹介動画が「農林水産大臣賞」を受賞した明石浦漁協。明石浦漁協の組合長戎本裕明さんは取り組みが認められたことを喜ぶと同時に、ある思いを強くしたといいます。
※この記事は後編です。前編はこちら。
やっとつかめてきた「海底耕転」の手応え
漁協の休漁日である水曜日と日曜日に、7隻の漁船が出航していく。積んでいるのは漁の道具ではなく、海底を掘り起こすための「ケタ」。幅は1m50㎝程度で、爪のようなものがついている鉄製の器具だ。
「この“ケタ”を海底に下ろして、船上からググっと引っ張ります。1回の出航で6~7隻程度、それぞれに3~4人くらいが乗り込んで作業しているので、30人前後が動いていることになります。1回に作業できるのは半径1~2㎞程度ですね」と語るのは、明石浦漁業協同組合で代表理事組合長を務める戎本裕明さんだ。
2008年から本格的にスタートして、18年には延べ2300隻が動いた「海底耕耘プロジェクト」。そもそも漁獲量はさまざまな要素が影響して年ごとに増減するものであり、取り組みの成果を明確に数字で表すことは難しい。それでも戎本さんは体感として「海底耕耘は意味がある」と感じているという。
「姫路の坊勢漁港で50隻以上が海底耕耘をしたときは、上空から見たら海底から湧き上がるような濁りが見えたそうです。測ってみたら、リンと窒素の濃度が実際に上がっていた。また、僕らが海底耕耘を行った場所に少し後に行ってみたら、魚がたくさん集まっていて漁獲量が上がる、ということはよくありますね。海底から窒素やリンとともにゴカイやユムシなどが一緒に巻き上がり、それらを目当てに魚が集まってきて獲れるようになる、という現象が起きているんです」
休漁日を使っての取り組みを継続中
船を出すのにもお金はかかる。明石浦漁協では、自己資金に加えて、地域資源の維持・回復を図ることを目的とする補助金をうまく利用して、取り組みを続けているのが現状だ。
「近隣の漁協と一体となって取り組んでいますが、それでも明石海峡や播磨灘など、周辺の海のごく一部しか海底耕耘できていません。また、実際に海底を掘り起こしても、百発百中でいい結果が出るわけでもない。砂が溜まっている場所もあれば、泥の場所もあり、石だらけの場所もある。耕すことによって、一時的にはマイナスになる場所もあるかもしれません。ここからは私個人の考えですが、今後は作業を行うと同時に、きちんと水質や魚の量のモニタリングをしながら進めていくべきだと思っています」
具体的には水質に加えて魚の量だけでなく、底生生物を調べたりするという。これまでもひととおりの調査は行っていたものの、今後はその頻度と精度を上げていきたいと語る。
「今回、取り組みをアピールする動画を作るにあたり、潜水士さんを使って海中にカメラを入れたことで、作業の結果を目で見て確かめることができました。これはインパクトが大きかった。これまではほぼ体感でしか効果が認められていなかったものを視認できたのです。以降、『取り組みは調査と並行して進めたほうがいいな』という思いを強くしました。今は休漁日を返上して漁師さんが動いてくれていますが、調査を進めることで効率化できれば、作業ボリュームを減らすことができるでしょう」
広がっていく取り組み
周辺に約20前後ある漁協が、それぞれ違う曜日、異なる時間に「海底耕耘プロジェクト」を進めたことが、動画の「農林水産大臣賞」受賞につながった。結果を喜ぶとともに、戎本さんはある思いを強くしたという。
「漁師は一般に『魚を獲るのが仕事』だと思われています。だから魚が減ったら『獲りすぎだ』と批判されることがある。でも、僕らはSDGsという言葉が生まれるずっと前、それこそ公害問題のころから、持続可能性を考えながらさまざまな取り組みをしてきました。『新たにSDGsの取り組みを始める』というより『僕ら自身がずっと前からSDGsなんだ』と。ただ、僕らも含めて漁師さんは、それらの取り組みのPRがヘタなんですよね(笑)。もっとうまくやっていかなければ、とあらためて思いました」
明石浦漁港ではいま、「海底耕耘プロジェクト」に加え、「かいぼりプロジェクト」も進行中だ。こちらは農業用のため池をさらい、その中の養分たっぷりの土などを水と一緒に川から海へと流す、という取り組みである。
「ため池のかいぼりはもともと農家の方が行っており、かつて漁師側は『汚い水を海に流さないでくれ』という立場でした。そこから農家の高齢化もあり、あまり行わなくなっていた。なのに『やっぱり栄養のある水を流してくれ』というもんだから、農家の皆さんも反発されますよね。そこで『僕ら漁師も手伝うから、協力してくれないか』と説得して、ようやくスタートできました」
「海底耕耘プロジェクト」が農林水産大臣賞を受賞したことで、他の地域の漁協から「(海底耕耘用の)ケタを見せてくれ」などの問い合わせも増えてきたという。
「他の地域の漁師さんも、動画を観て『あ、コレや』などと感じるものがあったのではないか、と思います。もともとは淡路島で始まって、僕らもそれを受けてスタートした取り組み。全国に広がっていくのは、やはりうれしいですよね」
photo:明石浦漁業協同組合 text:奥津圭介
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