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「幻の寿司職人」はなぜ「すし作家」になったのか
「幻の寿司職人」はなぜ「すし作家」になったのか
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「幻の寿司職人」はなぜ「すし作家」になったのか

2022年度青少年読書感想文全国コンクール小学校低学年の部の課題図書に選ばれた写真絵本「おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで」(岩崎書店)。企画や文を担当しているのは、紹介制の寿司店「酢飯屋」の店主として有名な岡田大介さん(43歳)です。現在は、自ら釣りに出て魚が釣れたときのみ知人に寿司を握る「幻の寿司職人」が、絵本を通じて伝えたかったものを伺います(前編)。

後編はこちら

キッカケは「寿司は生きものの集合体」と気づいたこと

学校の先生たちが子どもに読ませたい本を選ぶ「日販図書館選書センター小学校の部」でも、ランキング1位に輝くなど、非常に評価の高い岡田大介さんの著書。絵本をつくろうと思ったキッカケは、自らが握る寿司だったという。

「ある日、寿司を握っていてふと、『寿司って、ぜんぶ生きものでできているなあ』と気づいたんです。魚や米はもちろん、酢や醤油などの調味料も、もとをたどれば生きものだと。命がないものといえば、塩と水くらいなんですよね。『実は自分は、こんなすごいもの、すなわち命の塊をお客さまに出していたんだ』と衝撃を受けました」

私たちは日々、命をいただいて生きている。そんな当たり前のことを、子どもたちに伝えたい、と思ったという。

「私は釣りが大好きで、数年前からはスキューバダイビングもするようになりました。釣りをしているときは、『魚を釣りたい。そして食べたい!』という欲でいっぱいなんですが、スキューバは違います。魚やサンゴに触っちゃいけない状態で、たとえば魚の家族やカップルがいい感じに過ごしているようすを眺めるんですよ。かつて私にとっての魚は、まな板の上の『食材』でしたが、ダイビングをするようになって『生きもの』に変わったんです」

「ダイビングをやるようになって、魚にもそれぞれの生活があって、一生懸命生きていることを再認識しました」。

命を感じながら寿司を握る。そんな日々を送るうちに、「寿司職人だからこそ、伝えられることがあるんじゃないか」という思いを強くしていった。

「ただ『命の大切さを伝えたい』と言ったって、誰も耳を傾けてくれないんですが(笑)、お寿司から入って『このお寿司になっている魚は、もともとはこんな形だったんだよ』と見せると、子どもたちは『え〜、そうなの!?」と身を乗り出してきます。

よく『最近の子どもは、魚は切り身で泳いでいると思っている』といわれますが、それは都市伝説のようなもの。みんなテレビや図鑑などで見たり、水族館に行ったりして、ちゃんと魚のことは知っています。

ただ、魚を触ったことがある子どもはあまり多くない。だから最初は『気持ち悪い』『くさい』などと腰が引けているんですが、毒を持ったヒレなど危険な箇所を示して『ここ以外は大丈夫』と教えると、みんなこぞって魚に触りはじめます。やっぱり実際に触ってみると、さらに興味がわくようですね」

ワークショップのようす。岡田さん自身、小学生の2児の父でもある。(撮影:遠藤 宏)

岡田さんが子どもたちのみならず、大人たちにも伝えたいことは、魚たちが住む海のことだ。

「地球の7割が海ということは、皆さんご存知だと思います。ただ、あらためて考えると、7割って数字はすごくないですか。いうなれば、私たちはほとんど海の中に住んでいるようなもの。ですから、海とともに生活している人だけでなく、内陸や山に住んでいる人も、海のことをもっともっと考える必要があると思います。その切り口は、たとえば環境でも生きものでも、『おいしいものがたくさんとれる』でもいいんですよね」

「おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで」(岩崎書店)では、魚が寿司になるまでの過程を子どもたちと一緒に見ていく。子どもはもちろん、大人にとっても「目からウロコ」の内容だ。

岡田さんのもとには、この絵本をきっかけに、「あらためて魚と向き合ってみた」という大人からの声が多く寄せられている。

「低学年向けの絵本なので、大人が一緒に見る機会が多いようです。読んだ後に『私も知らないことがいっぱいあった』と興味をもって、実際に魚やイカを買ってくる人がたくさんいる。イカなんかは、子どもがグチャグチャに触っても、最後は炒めちゃえばおいしく食べられるじゃないですか。

私は『食遊び』といっているんですが、食材で遊ぶのって、子どもも大人もすごく楽しいんですよ。楽しく遊んだ後は、料理をしておいしく食べる。たとえまずくなってしまっても、それも勉強だと思うんです」

日本の海に、さまざまな異変が起きている

寿司職人として、また趣味の釣りやスキューバダイビングを通じて、岡田さんは日本中の漁師たちと交流がある。

「どこに行っても『魚が増えた』という漁師さんはいません。ただ、それまでとれなかった魚がとれるというんです。近年、ブリが大量にとれるようになったという函館では、“ブリたれカツ”など新しい名産品が生まれています。ただ、これは函館のように大きな漁港だからできること。大部分の漁港では、これまでとは違う魚がとれるようになっても、それに対応する漁具や処理する人がいないことに頭を悩ませています」

海とともに暮らしてきた漁師たちの声によると、日本近海の魚たちは、確実に北上しているという。

「原因はいろいろいわれていますが、専門家でもハッキリとは特定できていないんですよね。南の海に住んでいた草食魚たちが北上することで、ワカメやヒジキ、昆布などの海藻はどんどん減っています。すると、海藻を食べるウニにも影響が出る。苦労してとったウニを開けてみたら、ほとんどが空っぽだった、という現象があちこちで起きています。

さらに最近では、世界的に『うまみ』が注目されて、アジアやヨーロッパのシェフたちがこぞって昆布を使うようになりました。私の個人的な予想なんですが、10年後には昆布は超高級食材になって、手に入りにくい食材になると思います。そうなると、和食そのものが危機に陥りかねませんよね」

――後編は、「私たちにも、すぐにできること」について伺いますーー

岡田大介■1979年、千葉県生まれ。大学浪人中に母の急死をきっかけに18歳で食の世界に入る。24歳で寿司職人として独立、2008年に「酢飯屋」を開業する。魚の特徴をお客に伝えようと、魚のさまざまな部位を撮影しブログに掲載。幼稚園や小学校、高校などで講演やワークショップも行う。

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