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魚のために海を耕す「海底耕耘プロジェクト」とは!?(前編)
魚のために海を耕す「海底耕耘プロジェクト」とは!?(前編)
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魚のために海を耕す「海底耕耘プロジェクト」とは!?(前編)

豊かな海を取り戻す!明石浦漁協の闘い

海底に沈殿しているリンや窒素を掘り起こし、海水中に混ぜ込むことで「豊かな海」を取り戻す。明石浦漁業協同組合の「海底耕耘プロジェクト」を紹介する動画が、農林水産省主催「サステナアワード2021伝えたい日本の”サステナブル”」で農林水産大臣賞を受賞しました。その取り組みを前・後編で紹介します。

漁獲量の減少は、公害のせいではなかった!?

日本標準時の基準となる東経135°の子午線がある兵庫県明石市東部。さらに東の明石海峡大橋を渡れば前方に淡路島。そこでは東に大阪湾、西に播磨灘を望む。明石浦漁協は午前11時から活魚がセリにかけられる珍しい漁協だ。そのまま昼過ぎには魚が店頭に並ぶことから、このセリ市は「昼網」とも呼ばれる。

そんな活気あふれる明石浦漁協も、この数十年は漁獲量の減少に悩まされ続けてきた。同漁協の代表理事組合長を務める戎本裕明さんは「発端は、昭和40年代の公害問題です」と語る。

「昭和40年代、全国的に公害が社会問題になっていた時期に、水質汚染が原因で漁獲量が減っていた。法改正を働きかけ、海に流れ込む排水に規制をかけるなど国全体で取り組みました。私たちの父親世代の話ですね。その取り組みにより、排水が規制されて下水も整備され、水質はだいぶ改善されたのですが、それでも赤潮※1がなくならなかった。そこで、赤潮の原因とされる水中のリンや窒素の濃度も規制の対象となったんです」

※1赤潮……海水中で微小な生物、主に植物性プランクトンが異常増殖し、海の色が赤く変わる現象

明石浦漁業協同組合の代表理事組合長・戎本裕明さん

リンや窒素は、海中にいる植物性プランクトンのエサとなる成分。これを規制することで水質は改善して赤潮は減少し、魚は戻ってくると予想された。しかし、思ったように漁獲量は戻らず、赤潮も減少しなかったという。

最初の兆候は“海苔の色落ち現象”

「当時は『お前ら漁師が魚を獲りすぎるからやないか』と、さんざん言われました。実際、当時は私たちも獲ることだけに専念していたので『そうかもしれない』という思いもあったんです。そんななかで漁師の数が減ってきて、必然的に船の数も減る。さらに、魚が需要以上に取れて価格が落ちてしまうことを防ぐため、これまでは休みなく漁に出ていたところを週休2日にした。獲る魚の体長制限もかけ、小さな魚は獲らないようにしていきました。そのうえで『栽培漁業』として、稚魚の放流もやり始めた。そこまでやっても魚が戻ってこないことで『何か違うんじゃないか』と考え始めました。昭和50年代後半の話です」。

午前中に生きたままセリにかけられ、午後イチには店頭に並ぶという「昼網」。
 

当時、漁に出ていた戎本さんは「魚の数が増えていないだけでなく、1匹1匹の体長が小さくなっているんじゃないか」と感じていたという。放流しても、なかなか育たない。しかしそれでも「海に栄養が足りないんじゃないか」という考えには至らなかったという。

「田んぼや畑ならば、土に栄養が足りなければ肥料をまきますよね。でもまさか海に栄養が足りないかもしれない、なんて思いもよらなかった。そんなときにある2つの異変が起きて『これはもしかして……』と考え始めました」

ひとつ目の異変は「海苔の色落ち現象」。明石浦は海苔の産地としても有名だが、黒いはずの海苔の色が抜けて、青や黄色に近い色になってしまう現象が起きていた。当初は一時的な現象だったが、そのうち「色落ち」する期間が年々長くなってくる。兵庫県漁連の「兵庫のり研究所」の調査によると、海苔の栄養になっているリンや窒素の不足で、この現象が起きていることがわかった。

2つ目の異変はイカナゴの新子の腹が「赤くなくなっている」ことだった。小型のエビや甲殻類などを食べている春のイカナゴの新子は、ボイルするとお腹が赤くなる。それが赤くならず、腹の青い筋がそのままの状態で茹で上がってきたという。

原因は”海に栄養が足りない”せい

「イカナゴの新子が食べているエビなどの甲殻類は、植物性プランクトンをエサにしている。じゃあ植物性プランクトンはどうやって育つのかといえば、リンや窒素を養分にして育ちます。それらのリンや窒素が不足していることは、海苔の色落ち現象からも明らかになっている。『水中のリンや窒素が不足していることで、巡り巡って魚のエサが減っているんだ』と、すべてがつながりました」。

明石のタコは全国的に有名。卵ベースの生地にタコを入れて焼いた「明石焼き」は、タコ焼きの原型ともいわれている。

そこにたどりついたのが2000年前後。以来、さまざまな調査を進め「海底耕耘プロジェクト」が本格的に立ち上がったのは、2008年ごろのことだ。

「リンや窒素は、山の中の養分豊富な土が混ぜ込まれた川や、生活排水などから海に注ぎ込まれる。規制に加えてダムなどが整備されたことで、それらの流入量自体が減少していました。そこを改めて法整備して、流入量を増やしてもらうと同時に、海底に沈殿している養分を掘り返せば、海中に溶け込んでくれるんじゃないかと考えました。

実際、冬に海水温がぐっと下がったときに、海水が上下に流動して混ざる現象が起きるのですが、その後には魚がよく獲れる、という現象が起きるんです。それをヒントに、実際に淡路島のほうでは海底を掘り起こす作業を始めていた。成果が出るという確信はありませんでしたが、とにかくやってみよう、と考えたのです」。

2004年から試験的に始まった「海底耕耘プロジェクト」は、今では延べ2300隻を繰り出して海底を掘り起こす一大プロジェクトにまで成長した。この取り組みを始めてからの変化については後編でお伝えする。

text:奥津圭介

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