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「ぞうのうんちで、できたかみ」が目指すヒトと“野良象”の共存! 
「ぞうのうんちで、できたかみ」が目指すヒトと“野良象”の共存! 
NATURE

「ぞうのうんちで、できたかみ」が目指すヒトと“野良象”の共存! 

日本では人間の生活圏にクマやイノシシが出没、その被害が問題になっているように、スリランカでは野生の象によって人里が荒らされ、たくさんの人命が失われています。と同時に、その倍ともいわれる数の象も殺されているという悲しい現実が──。野生の象とヒト。両者がなんとか共存できないものか。そんな思いを託して製造されている紙があります。その名も「ぞうさんペーパー」。その正体は!?

象のうんちをリサイクル!?

その紙が何からできているかを知ると、ほとんどの人が、紙に鼻を近づけて匂いを嗅ぐという。国籍、人種を問わず、老弱男女、ほぼすべての人に同じアクションを起こさせる不思議な紙。それは……。象の排泄物からつくられた紙である。

「動物のフンから紙!?」と、驚きの声も聞こえてきそうだが、象が草食動物であることを思えば納得できるかもしれない。そもそも紙は植物の繊維を原料にしてつくられるもの。象のフンの中には、未消化の繊維がたくさん含まれているのだ。

「象のうんちを陰干しして、大きな鍋で丸一日ゆでて完全殺菌。ゆで上がったうんちは完全に繊維だけになりますが、これを紙の原料にするのです。匂いはまったく気になりません。むしろゆで上がると、牧草のようないい匂いになります」

こう語るのは、ミチコーポレーション代表の植田紘栄志さん。スリランカの自社工場で「ぞうさんペーパー」を製造、世界中に輸出している起業家だ。

「象のうんちから取った繊維は、地元の印刷会社などから引き取った古紙と一緒に水に入れてかき混ぜます。こうしてパルプ状になった原料は、和紙のように、一枚一枚人の手で漉(す)いていきます。その後、陰干しと天日干しで乾燥させたら、できあがり」

ほぼ100%手づくりの「ぞうさんペーパー」。製造工程では、ブリーチや有害な化学物質はいっさいつかっていないという。

ぞうさんペーパーは、和紙のように一枚一枚、手漉きでつくられる

きっかけは野良象からの襲撃

「もともと僕は、スリランカでペットボトルのリサイクル事業に携わっていたんです。紙をつくろうと思ったきっかけは、その小さなリサイクル工場が“野良象”に襲撃されたことでした」

野良犬ならぬ野良象──。つまり、野生の象のことだが、いま、世界のあちこちで、彼らとヒトとの衝突が問題になっているのをご存知だろうか。

スリランカでは、森林が伐採されるなどして野生の象が人里に出現することで、人間との衝突が問題になっている。毎年、大勢の人や象が命を落とすという悲劇が

もともと森に棲む象は、本来ならば人里には出てこない。ところが、人間によって樹木が伐採され、森が切り拓かれたりすると、彼らは棲む場所を失い、エサを求めて人里に現れるようになる。自分たちのテリトリーを人間に侵され、人間のテリトリーに侵入した象たちは、農作物を荒らしたり、建物や設備などを破壊したりする。さらには、人を死なせてしまうこともある。

「スリランカでも、人里に出てきた象が民家を襲い、毎年120人くらいが亡くなっているそうです。でも、その倍以上の数の象が殺されていると聞いています」

報復、あるいは、防除のために射殺したり、毒入りのエサを置いたり、ワナを仕掛けたり。

「うちの工場が襲われた何日か後に、別の場所で、道の脇に象の死がいが転がっているのを見ました。建物を守るために仕掛けられた、高圧電流のフェンスに接触してショック死したらしい。やり切れない思いがしましたね……」

なんとか象と人間が共生する道はないのだろうか。悲しい連鎖を目の当たりにして、植田さんは考えるようになっていた。

「そんなある日、現地のデパートのラッピングコーナーで和紙に似た紙を見つけたんです。聞いてみたら、なんと、象のうんちからできた紙だと教えられて……。びっくりです。スリランカではポピュラーな存在なのかと思い、一緒にいた現地スタッフの何人かに聞いても、初めて知ったと言って大ウケ。みんな、匂いをクンクン嗅いでいましたよ(笑)」

実はそのとき、植田さんたちは、現地の子どもたちを対象にした環境絵画コンクールを主催していた。その際の画用紙として、この紙をつかうことに決める。

「このコンクールで応募された絵画の展覧会を日本で開催したら、メディアでちょくちょく取り上げられました。ただ、メディアが注目したのは、絵ではなくて紙のほう。ニュースで紙のことを知った人から、売ってくれないかという問い合わせが増えたんです。『これだ!』とひらめきました。この紙で商品開発をすれば、象と人間の共存が実現するかもしれない、とね」

紙を通じて象とビジネスパートナーに

当時、スリランカには、紙漉きの小さな工房がたくさんあったという。職人たちは個人や家族単位で、レモングラス、バナナ、竹、ワラ、ハーブ……と、思い思いの材料で紙を漉き、細々と生計を立てていた。

「象のうんちで紙をつくっていたのは、そんななかの一軒。老夫婦が二人だけでコツコツやっていました。僕は、その紙の研究をするために老夫婦の工房に通い、さらには、別の原料で紙をつくっている工房にも見学に行きました。また、日本に戻ったときには、各地の和紙工房を訪ね、和紙づくりのワークショップに参加したりして製造法も学びました」

こうして研究を重ねつつ、現地の仕事仲間と一緒になって開発を進めていった植田さん。試行錯誤の結果、ついに象のフンから取った繊維と古紙との配合率を3対7にすることで、「和紙に匹敵する強度」、「オフセット印刷機でも印刷可能な滑らかさ」の両方を実現することに成功したのだ。そして現地で紙の製造をスタートさせる。

「例の紙漉き職人の老夫婦には、技術指導者として来てもらい、パートタイマー10人ほどを雇ってのスタート。このとき、その紙に『ぞうさんペーパー』と命名しました」

象のうんちを原料にしてつくられた紙。ナチュラルな風合いが魅力だ

紙の売れ行きは順調に伸びていき、工場で働くスタッフも増えていった。仕事がないために兵役に就くことが多かった町で、若者の雇用機会が拡大。工場の近くには、体の不自由な象や親のいない仔象を保護している公の施設がある。紙の原料となる象のうんちは、工場のスタッフがそうした場所で拾い集めているが、町の人からも買い取っているという。

「町の人にとって、象はビジネスパートナー。象がいなくなったらフンを買い取ってもらうことはできないし、そもそも、紙がつくれなくなって仕事がなくなり、生活に困ります。象を保護したり、彼らの棲み家であるジャングルの自然環境を守ったりすることが、結局は自分たちの生活のためになる、と理解してもらえたようです。町の人々は象を敵視することがなくなり、象を大事にする空気が漂うようになりました。小さなエリアでだけですが、ぞうさんペーパーは象と人間の共存という理想を実現してくれました」

かつてワシントン条約に抵触するという理由で、ぞうさんペーパーは、日本の「輸入禁止品目」に入れられたことがある。「象はその派生物もすべて輸入不可」ということだった。しかし植田さんは、日本の経済産業省に足繁く通って根気よく交渉を続ける。その結果、経済産業省のみならず、日本政府やスリランカ政府の協力が得られ、ついには、ジュネーブの条約本部から特例措置が出されることに。晴れて輸入解禁になったのだ。

いまや、ぞうさんペーパーはノートやカードなどに製品化され、日本のみならず、世界中の動物園などで販売されている。

ぞうさんペーパーからつくられたグッズ。これらはすべて現地スタッフによってハンドメイドされている

「日本では、この紙を名刺につかう人が少なくありません。自分でビジネスをやっている人とか芸人さんなんかが多いようです。このような人たちは、縁起を担ぐじゃないですか。そこで、象のうんちからできているだけにうん(ヽヽ)がつく、と(笑)」

text:佐藤美由紀

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