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「薬草料理」ってどんな味? 岐阜・飛騨市で納涼会席を!
「薬草料理」ってどんな味? 岐阜・飛騨市で納涼会席を!
FEATURE

「薬草料理」ってどんな味? 岐阜・飛騨市で納涼会席を!

ドクダミ汁をたっぷりつかった謎のスイーツ、地酒を飲み尽くす「やんちゃ男」の祭り、家の数より蔵の多い急斜面の集落。岐阜の最北端に位置する飛騨市を訪ねて歩けば、不思議に満ちた食や暮らしに出合います。山の恵みを余すことなく取り入れる人々の知恵と300年の伝統に触れる飛騨の山旅を、シリーズでお届けします。第1回目は、薬草をめぐる旅をご紹介!

飛騨でアツい注目を集める“薬草をめぐる旅”

運動不足だからと歩けばヒザが痛い。ヒザをかばえば腰痛になる。少しムリをすれば胃腸が荒れ、もれなく口内炎もついてくる。中年になるとエンドレスループでいつもどこか痛い。ぜんぶ調子のいい日というのは年に数日くらいだ。ああ、こんなんじゃ大好きな旅をするのもしんどいわ~と思っていたら、不健康な私の心に刺さる旅行プランに遭遇した。


「薬草をめぐる旅」。飛騨市役所の職員でまちづくり観光課に所属する石原伶奈さん渾身のプレゼンを要約すると、「飛騨はいま、薬草がアツい! 市民の健康意識は高まっていて、料理、体験など薬草メニューがいっぱい用意されています‼」となる。薬草尽くしの旅なら健康とセットで一石二鳥ではないか。

「ところで、飛騨ってあの飛騨高山のことですよね? 10年以上前に行ったことが……」と口にしたとたん、石原さんは「違います。それは隣の高山市! 飛騨市は飛騨市です!」とぴしゃり。

ええ!? そうなの? 知りませんでした。「高山市さんは有名な観光地ですが、飛騨市にはまた違ったよさがあります。ご飯もおいしいし、ぜひ来てください」という石原さんの言葉に、ふたつ返事でうなずいたのであった。

飛騨古川駅に到着した特急「ひだ」。2016年に公開され大ヒットした映画『君の名は』にも登場している

飛騨は山奥で、東京からたどり着くまでが大変なイメージがあったが、北陸新幹線ができてからぐっと行きやすくなった。北陸新幹線で一気に富山へ、そこで高山本線を走る特急「ひだ」に乗り換える(写真上)。

それから10分も経てば、山の緑も増して秘境感が漂ってくる。いくつかの橋を超えると、約50分で飛騨古川駅に到着した。映画『君の名は』の舞台のモデルになったともいわれるレトロな小さな駅だ。

ああ、これが飛騨市なのか。古民家の白壁が連なる脇を美しい小川が流れている。飛騨高山の街並みに似ているようだけど何か違う。では何が違うんだと忙しく頭をめぐらせつつも、まずは駅から歩いて10分ほどの料理旅館「蕪水亭(ぶすいてい)」へと急ごう。今日はここで薬草ミニ会席ランチを予約しているのだ。昔はここで蕪(かぶら)を洗っていたという蕪川(正式名称は荒木川)と宮川の合流地点に建つ、創業明治3年の老舗旅館でもある。

豪農の古民家を移築したという蕪水亭の玄関部分。荘厳な雰囲気だ

立派な古民家の暖簾(のれん)をくぐると、にこやかに女将の北平修子さんが迎えてくれた。それにしても見事な木造建築。創業当時からの建物かと尋ねたところ、女将さんは首を振る。

「明治時代に創業して以来、ここにあった建物は、平成16年(2004年)の大水害で流されてしまったんです。そこで、当店の創業より早い天保6年、いまから180年前に建てられた河合村の農家を譲っていただいてここに移築し、玄関部分にしました」

なぜ新築せずに、前の建物よりもさらに前の時代の古民家を移築しようと考えたのか聞くと、「昔の民家は、雪の重みに耐えられるようにしっかりつくってあるので丈夫で長持ちなんですよ」と女将さん。そう考えると昔の民家は実にサステナブルにできている。

廊下を通って蔵を改造した部屋に案内されると、ほどなく薬草料理が運ばれてきた。薬草というから、どれも茶色か緑で、強烈な匂いがするおどろおどろしい料理を想像していたのだが、予想に反してなんとも涼しげでカラフルな色どり。食欲をそそる。


「これらすべてに薬草出汁を使っています。今日はミナモミ、スギナ、クワ、マツにハトムギです」

女将さんの説明に、この美しい見た目とは裏腹に、苦くて思わず顔をしかめてしまう味なのだろうと、私は腹をくくった。

蕪水亭のランチコース。薬草のイメージとはほど遠いカラフルさと繊細な味に驚き!

ではさっそく薬草出汁で煮たという冷製トマトを……おや? なんだ、この5月の高原のようなさわやかな味は。ミネラル豊富な「えごま」のプチプチ食感と、ミントに似た清涼感のある薬草「カキオドシ」の葉が実にいい仕事をしているではないか。

ホッとして、焼き茄子やオクラなど季節の野菜を寄せたゼリーに箸をつける。これまた、いったいどこに薬草が入っているのかわからないが、「イノコズチ」とやらがつかわれているらしい。それはどんなものかとスマホで調べてみれば、昔むかし、田んぼのあぜ道なんかを歩いていると、いつの間にかイガイガした種がズボンの裾や靴下にくっつくことがあった。私が「ひっつき虫」と呼んでいたやっかいなアレだと知って驚く。イノコズチにこれまでの無礼を詫びたい。

いかにも薬草という色をした「くわ豆腐」も、渋み苦みはほとんどない

今回の料理のなかで唯一、薬草っぽい色をした深緑の豆腐。口にしてみると、なめらかな舌触り、かすかな苦みとともに口中に広がるコクがたまらない。皮膚によいとされる「スベリヒユ」のヌメりのあるお浸しなど、酒の肴にもなりそうだ。

そのほか、薬草の天ぷら、飛騨牛の豆乳鍋など、おどろおどろしいものはひとつもなく、すべておいしくいただいてしまって、いい意味で拍子抜けであった。

ただの雑草を薬草に変えた、広島出身の薬学博士

それにしても、飛騨市はどうして官民一体で薬草の活用に取り組んでいるのだろう。もともとそうした素地はあったのだろうか。デザートのシソゼリーをいただきながら女将さんに伺ったところ、「昔の人ならともかく、私たちにとっても10年くらい前までは薬草は『ただの雑草』でした」という意外な答えが返ってきた。

蕪水亭の女将、北平修子さん(左)と主人で料理長の夫・嗣二さん

大きな病院などなかった先々代の時代は、もっと薬草が身近で、お茶にしたり食事に入れたりはしていたらしい。学校に子供たちが薬草を持っていくと「富山の薬売り」が買ってくれたという逸話もあるそうだ。しかし西洋医学の普及とともに、次第にこのあたりでも薬草文化は廃(すた)れていった。

「ただの雑草」に成り下がった薬草が見直され、その名誉がV字回復を遂げたのは、25年前のできごとがきっかけだった。飛騨市が当時、徳島大学の薬学博士だった村上光太郎さんに地元薬草の調査を依頼したのだ。結果、飛騨には245種類もの薬草があることが判明した。面積の9割以上を森林が占める飛騨市には落葉樹が多く、その落ち葉が栄養分となったミネラル豊富な土壌があるため、飛騨の薬草にはミネラル分が多いのだという。

ミネラルは5大栄養素のひとつとされ、人間にとって大事なものだが、現代人は常にミネラル不足だ。薬草はそれを補う力を持っている。飛騨市の人びとは、サプリメントなどに頼ることなく、身近な薬草でミネラル摂取ができるのだ。


薬草で日本を元気にする「全国薬草ビレッジ構想」を持っていた村上さんは、以来、何度も薬草の豊富な飛騨市にやってきては市民グループに指導をした。住民の間でも次第に薬草が見直され、生活に取り入れ始めた。前述の蕪水亭はじめ、市内で薬草をつかった商品を販売したり、薬草料理を出したりする店が増えていったという。

大鍋でつくったドロドロの「薬草出汁」

「しかし本当に薬草が有効なのか。私は孫で実験をしたんです」

孫で実験!? 女将さんの驚きの発言に、私は身を乗り出した。

「私の娘が妊娠したときから彼女に薬草茶を飲ませ、薬草料理をつくって食べさせました。すると娘の体質が改善し、生まれる前から薬草を吸収した孫はとても丈夫で元気に育っています。薬事法に引っかかるので『これが効きます』とは言えませんが、本当の体験だったら話しても差し支えないかと」

嗣二さんが手にしているのは、薬草を煮詰めた「薬草出汁(だし)」

 修子さんと入れ替わりに、ご主人の嗣二さんが薬草出汁(だし)をとった大鍋を運んできた。

「よっこらしょ。私はこれを体に役に立つ“役草”出汁と呼んでいます」

これがどの料理にもつかわれていた出汁か。鍋の中にはいま、いただいた繊細な料理に似つかわしくないドロドロに溶けた野草が沈んでいる。恐る恐る顔を近づけてもきつい匂いはなくセリに似た香りがかすかにした。

いったいなぜご主人は薬草料理を料亭で出すようになったのか。

「それも村上先生にお会いしてからですよ。いまから10年前、先生から『薬草料理をつくってみないか』と声をかけていただいたんです」

ちょうど10年前、2014年の年末には飛騨市で全国薬草シンポジウムが開催されることになっていた。そこで発表するべく、北平さんは山で採ってきた飛騨の薬草をつかって、50種類の料理を徹夜でつくった。渾身の創作料理の数々を見て先生は喜んでくれるかと思ったが、意に反して「幼稚園の料理だなあ」と笑われてしまう。

「そもそも薬草料理は『臭い、まずい、えぐい』もの。そういうイメージがあったので、自分では『薬草料理にしてはよくできたんじゃない?』と自己満足していました。ええ、ちょっとなめていたんです(笑)。しかし、先生の求める薬草料理は『これが薬草?』と思わせるくらいおいしい料理。『薬草は毎日食べてこそ効果があるのに、おいしくないと続かないでしょう』と」

天狗になった鼻をぽっきり折られた北平さんであったが、先生の正直すぎるひと言によって料理人魂に火がついた。それからというもの、薬草料理研究に猪突猛進。あれから10年、どこよりもクオリティーが高い薬草料理は評判となり、やがて全国から客が訪れるようにった。

いまでも新作に取り組んでおり、「これも食べてみてよ!」と持ってきてくれた「ドクダミソースがけヤギ乳のクリームチーズ」(下写真)は、レシピを聞いただけで鼻をつまみたくなるが、とにかく一生に一度は食べてみてほしい。濃厚×濃厚の大傑作だ。

これがドクダミソースがけヤギ乳のクリームチーズ。クセのあるもの同士を掛け合わせると、ここまで美味になるのか

話はそれるが、飛騨の名物である「朴葉味噌(ほうばみそ)」の発祥は、こちらの旅館である。もともと酒のつまみに味噌を丸めた団子を出していたが、昭和29年(1954年)の火事の後、祖母が宿の新名物にと考えたのが朴葉味噌だったという。

「もし祖母が商標登録しておけば……いまごろ、お金がたくさん……くっ!」という、つぶやきを地獄耳の私はキャッチしてしまったが、北平さんは口で言うほど悔しなさそうだ。

なにしろ、市民に薬草の魅力をもっと知ってほしいとNPO法人「薬草で飛騨を元気にする会」を立ち上げ、家庭用にアレンジした薬草料理のレシピを市の広報誌などに提供することもある北平さんだ。そのどれかが郷土料理になって広まって皆が儲かったとしても、「くっ」と言いつつ内心ほくそえんでいるのだろう。「今度は泊ってくださいね」と見送ってくれた仲よしご夫婦に手を振って蕪水亭を後にした。

──第2回に続きます──

取材・文/白石あづさ

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