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都会と田舎のいいとこどり!「トカイナカ」って何だ?
都会と田舎のいいとこどり!「トカイナカ」って何だ?
COLUMN

都会と田舎のいいとこどり!「トカイナカ」って何だ?

大都市から田舎への移住といえば、それまで暮らしていた土地から遠く離れた場所に動くと思われがち。しかし最近は、もっと気軽な移住、二拠点生活に注目が集まっています。そうした実例をまとめ、『トカイナカに生きる』(文春新書)として上梓したのは、ジャーナリストの神山典士さん。そこには、自身の体験を踏まえた地方移住、働き方の新しい提案が詰まっています。【第1回】

神山氏が暮らす埼玉県比企郡ときがわ町には牧場がある
 

幸せの秘訣は「トカイナカ生活」

「都心から1~1.5時間エリアのことを、私は『トカイナカ』と呼んでいます」

そう語るのは、すでに1985年から所沢と都心の二拠点生活を実践している経済評論家・森永卓郎だ。(「埼玉トカイナカジャーナル」2020年12月発行第6号)

いまから約35年前、森永は日本専売公社から経済企画庁に出向中に、経済モデルを動かしていたら「バブル経済(空前の金余り状態)の到来」がわかった。まだ「バブル」という言葉もなかったころのことだ。余った金は土地に行く。地価が上がる。そう直感したが、当時年収300万円の森永に買えたのは妻の実家に近い埼玉県所沢の物件だった。すでに当時からさまざまな「無価値なもの(本人談)」のコレクションを始めていて、そのために一部屋必要だったから、一戸建てにこだわり神奈川県川崎市溝口から所沢の郊外に引っ越した。

やがて2000年からはテレビ朝日系の「ニュースステーション」に出はじめた。当初は番組がホテルを取ってくれたが、その後退職してフリーランスになったことで事務所を中央区八丁堀に購入。平日は東京にいて週末所沢に帰る二拠点生活をはじめた。

「そのころから所沢のことを『トカイナカ』と呼んでいましたが、あまり人は振り向いてくれませんでした。それがここにきて一気に変わりました。コロナの影響で」

2020年4月、最初の非常事態宣言が出されたころ、トカイナカの所沢から見ると都心の生活者は不幸に見えた。外出自粛でレストランや居酒屋での飲食や各種エンタテインメントを享受できない。会社の仕事はリモートとなり、何も高い家賃(あるいはローン)を払って都心にいなくても仕事はできる。都心では満員電車や人ごみのなかで、常に感染におびえていなければならない。「何のために高い家賃(ローン)を払うのか? 馬鹿らしいと思った人がたくさんいると思います」

「私の専門は厚生経済学といって『どうやったら人を幸せにできるか?』を考える学問なのです。答えはひとつ、『トカイナカ生活』です」

『トカイナカ生活』著者の神山典士さん(左)と経済評論家の森永卓郎さん

若者たちも流出しはじめた

コロナ禍が全世界を襲い、日本でも政治経済が右往左往し続けたこの2年半の間で、都心から郊外に向かって人の流れが「逆流」しはじめている。

東京都の発表によれば、コロナ禍ではじめて非常事態宣言が出された2020年4月の段階では、都の人口の対前月比増減数はプラス約3万人を記録していた。そこから急降下して6月にはマイナスとなり、以降22年1月の段階でマイナスのまま。通常なら転入超過となるはずの新入学入社期を迎えてもプラスに転じることはなかった。20年のトータルでの転出者数は約40万2000人で、1998年以来22年ぶりの40万人超となった。

しかも特別区(東京23区)と市町村部に分けてみると、市町村部の人口は19年8月(つまりコロナ禍の前)から21年5月まで対前年同月比増減率で+0.2%程度を維持しているが、特別区ではコロナ前には0.8%を超えていた数字が20年4月以降減少に転じ、21年2月にはマイナスを記録。以降5月まで減少幅は拡大して、2020年1年間の転出者は前年より約1万9000人増えた。

年齢別に見ても、20年4月から21年3月までの1年間の対前年度比増減数は、20歳から49歳の5歳刻みの全6階層でマイナス4000人以上を記録。最大は25~29歳のマイナス1万3468人で、6階層全体では5万6599人の減少だ。これまでいわれてきた「東京は若者に人気」というイメージを覆す結果となっている。

ときがわ町の畑で
 

30〜50代は「いずれ故郷に戻りたい」

これまで日本では、東京への一極集中が問題視されてきた。人々の流れは明治維新以降、約150年間一貫して「地方から東京へ、あるいは大阪、名古屋の大都会へ」。人々は「上り列車」に乗ることが幸せだと信じ込んできたのだ(あるいは、さまざまな国策により「信じ込まされてきた」)。

ところがコロナを機に、このデータが示すように「逆流」が始まっている。2002年から20年間、都会から地方への人の流れを見てきた、有楽町にある「認定NPO法人ふるさと回帰支援センター」理事長高橋公は、その現象をこう表現する。

「コロナ禍で2021年の相談件数は過去最多の4万9514件になりました。当初の相談者のイメージは定年後のふるさと回帰者でしたが、いまでは低年齢化して50歳以下の現役世代がほとんど。しかもコロナ前までと大きく異なるのは、移住希望先の変化です」

同センターの構想は2000年当時、自治労本部から連合の社会政策局に出向していた高橋が、「団塊の世代」と呼ばれた全国の同世代の労働者を見てひらめいたものだった。

「私は昭和22年生まれ。中学・高校時代のクラスメートの約半分が集団就職列車に乗って東京を目指した世代です。彼らが60歳定年を迎える2007年以降どうしたいのか、三大都市圏の5万人を対象にアンケートをとったら約4割が『ふるさとに戻り退職金で悠々自適に暮らしたい』と答えた。ところが当時、彼らがふるさとに戻るシステムも帰郷後の生活をフォローする制度もなかった。それではふるさとに戻ろうにも戻れない。このままでは約40年間都会で汗して働いた彼らがかわいそうだ。そう思って連合に関係のあった生協や農協等に交渉して、彼らがふるさとに帰りやすい社会をつくる運動をはじめたのです」

つまり「上り列車」の乗客が、定年後に「下り列車」に乗って幸せになれるような社会づくりを、イメージしてできたのが同センターだったのだ。けれどいまその乗客は「30代から50代の現役世代」が中心となった。

その変化が地方移住での「大きな変化」につながっていく。

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