クレヨンハウス落合恵子さんが選書!いま読みたい「平和のための本」20選【前編】
今も世界のどこかで戦争が行われ、平和を脅かされている人々がいることを忘れてはなりません。平和を求める心を持ち続けるために、まずは本を読んで知り、考えることから始めましょう。長年、未来をよりよくする社会への働きかけをしてきた〈クレヨンハウス〉を主宰する作家の落合恵子さんが選んだ20冊の本を、落合さんの言葉でご紹介します。
平和に向けて、再びのはじめの一歩を

20冊の選書を終えて、深いため息をついている私がいます。冊数に限りがあって選べなかった本たちのことが、いま、気になって仕方がないのです。不思議なことに、選んだ本よりも。子どもの本の専門店〈クレヨンハウス〉を31歳でオープンして46年目の2022年、老朽化したビルの建てかえのために吉祥寺に引っ越しました。以来、5ヵ月強。ようやく落ち着いてきました。
はるか昔、まだ戦争の傷跡が東京の街のあちこちに残る時代、私たち子どもたちの最高の遊び場は原っぱでした。その原っぱが実は、あの戦争の空襲や焼け跡であったのだと知るのはずっと後のこと。吉祥寺は、当時小さな会社に勤めていた母と、2週に1度は遊びに来た町でした。大きなおむすびと、端っこが少し焦げた卵焼きなど持って、井の頭公園によく遊びに来たものです。電車の中でも街中でも、腕や足を木製のものにした、白い服を着た若者やおじさんたちに会いました。ハーモニカやアコーディオンを演奏する彼らの木でできた身体の一部が、子どもの私にはとても気になって、なかなか目を逸らすことができなかった記憶もあります。

「あの人たちはあの戦争で……」
休日の制服である白いブラウスにズック靴を履いた母が「しょういぐんじん」と呼ぶ彼らについて教えてくれました。傷痍軍人と書くのだと知ったのもずっと後のこと。母は、必ずつけ加えました。
「戦争は2度といやだねえ。戦争をするのが人間なら、そ、するのは人間だよね? それを止めることができるのも、人間」
戦争による多くの破壊と犠牲と喪失の中で、若い母は、今日という日の向こうに希望と平和を見ていたのかもしれません。戦争が終わるまで女性には選挙権がなかったことも、その時に知りました。当時、母と2人で暮らしていたアパートにも、男性とは違う形で戦争の犠牲を負った女性たちがいました。戦前の家族制度のもと、女には教育は要らない、就職の必要はないとされていた時代。戦争が終わっても夫や恋人は帰らず、家は焼かれ、家族もなくした彼女たちは、アパートでただ1人の子どもだった私に、やさしく、そして差別にこのうえなく厳しい人たちでした。それは自分自身が差別「サレル側」の1人であったからかもしれません。

積極的平和主義を唱えたノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングさんは次のように平和を定義づけています。「戦争がないことだけが平和なのではない。それは消極的平和です。社会に貧困や暴力、差別がないことも、平和の欠けてはならない大事な条件です」。彼はそんなことを言っていました。心より賛同します。しかし、どうして私たちが暮らすこの地球上から戦争はなくならないのでしょう。ボブ・ディランの「風に吹かれて」ではないけれど、どれだけの犠牲を払えば私たちは学ぶのでしょう、戦争の悲惨さを。貧困も暴力も差別も、戦争を招き入れ、引き起こす要因であると同時に、戦争の結果である場合もあります。戦争をなくすことができるのも私たち人間だとすると、何にどう気を付ければいいのでしょう。
ヒトラー政権の2番手と言われていたヘルマン・ゲーリングは戦後すぐに答えています。「市民は誰も戦争を歓迎などしない。ただし、敵国が攻めてくる、と言えば市民は立ち上がる。そして、戦争に反対するものは愛国心が欠如したやつだと言えばいいのだ」。なるほど、エライ人の言葉には要注意。終戦を迎えて戦争はご免だと言っていた母も、祖母も、あの世代の多くの市民は、平和を求めながらもある瞬間から、意識そのものは積極的「交戦、抗戦、好戦」主義に傾いていたのかもしれない。

自前で考えること。「本当にそうなのか?」という視点を絶えず自分の内側に育てること。愛する人の、そして自らの人生をかけがえのないものと位置付けること。偏らない情報を家族や仲間とシェアすること。それらが、平和な時代と社会への、再びのはじめの一歩なのかもしれません。
私が〈クレヨンハウス〉の一隅に1年中、「平和と反戦」の絵本を並べたコーナーをつくっている理由も、そんな想いがあるからです。「戦争や平和について、子どもに語りたくても、私たち保護者自身、戦争を知らないのです」という大人たちへ。大丈夫、私たちには想像力があります! と。
G7広島サミットが開催されました。テーマは「核なき世界」。参加国中、3国が核保有国であり、他の4国も米国の核の傘のもとにあります。世界の68の国や地域が批准している国際法「核兵器禁止条約」にしても、日本はスルー。ますます市民一人ひとりの、平和と戦争への自前の意識の充実が必要です。本は本でしかありません。けれど、本から学び、自分のものとした知識や体感は、人が自分自身を「生きる」ためのベースであり、根っこであると思います。さ、再びのはじめの一歩を!
▼中編につづく
クレヨンハウス ■ 絵本・木のおもちゃ・オーガニックの専門店。安心な食、環境に負荷をかけすぎない暮らし、子どもたちの未来をよりよくする社会への働きかけ、人間の尊厳を守り、多様性を尊重することをテーマに営む。吉祥寺店にはレストランを併設。大阪店もあり、オンラインストアも運営。/クレヨンハウス吉祥寺店 東京都武蔵野市吉祥寺本町2-15-6
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Toru Oshima Text:Keiko Ochiai Edit:Shiori Fujii Composition:林愛子
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