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精神科医・星野概念が北海道・浦河で見た、悩みや弱さを分かち合う「べてるの家」【後編】
精神科医・星野概念が北海道・浦河で見た、悩みや弱さを分かち合う「べてるの家」【後編】
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精神科医・星野概念が北海道・浦河で見た、悩みや弱さを分かち合う「べてるの家」【後編】

北海道浦河町に、精神疾患を抱えた当事者たちが悩みを共有しながら暮らす、コミュニティ「べてるの家」があります。互いに支え合い、病院に入ることなく町で働き、地域とともに生きる。その取り組みの場を、精神科医の星野概念さんと訪れました。

▼前編はこちら

小さな関わり合いを
地域へと広げていく

向谷地さんが総合病院時代の4年目に出会ったのが、研修医として浦河に来た現・浦河ひがし町診療所の院長、川村敏明さんだ。べてるの設立にも関わり、いまは精神科医として診療所を拠点に支える川村さんは、当初から向谷地さんのやり方を面白がった。

「向谷地さんの生活支援の場には、笑い声が絶えなかった。偏見や差別の目があっても、そこにいる精神病患者はちっとも不幸じゃない。心を打つものがありましたね。それに反して医者の僕のところは話題が貧相で暗くて、寂れたような風景で。でもいま、浦河では笑いが常識でどこにでもある。人の失敗ほど面白いものはないし、そんなことが山ほど起きる。バカにして笑うのではなく、共感して笑うから魅力的なんですよ」

2014年に開業。デイケアやナイトケアも行う浦河ひがし町診療所

当時、アルコール依存症治療の無力さに直面していた川村さんは、アメリカの自助グループの活動にも出合い、患者と医者、助ける人と助けられる人の役割を固定せず、助ける人であり、ときに助けてもらっている人になることを決意する。そして“治さない医者”となったのだった。

「精神科医が治そうと思っているうちは世の中よくならない。医者のほうにも、患者さんをただ治されるべき人だと思い、治そうとする偏見や差別があるわけですよね。だから僕はそういうのをやめたんです。医者の指示に黙って患者を従わせるのでなく、一緒に考える、応援する。何十年来の患者さんが、いつもの幻聴の話をするときには『もう聞き飽きた』と言うこともあるし。ひどいよね(笑)。そのうち、『真剣に話してるのに、先生は脚の間にごみ箱を挟んでツメを切ってて、まともに聞いてくれなかった』なんてウワサが広まって、被害者の会ができて、どうしたら先生に聞いてもらえるか、べてる内でミーティングされてたりするの(笑)」

ロビーではアールブリュットの展覧会を開催

偉そうな医者ではなく患者を応援するパートナーとして、診察室での会話を地域へと広げるための仕掛けをわざとつくる。冬は患者が一帯を雪かきするし、被災地にボランティアにも行く。

「誰も家の近所に精神病院が開業して喜ぶ人はいない。精神病の人に『ありがとう』と言うチャンスもなかなかないし、彼らも言われる立場になれない。でも、雪かきをしたらすごく喜ばれる。どうやってそういう場面をつくるかなんです。ここで診療をしていると、誰がどこでよくしたのか、僕が見ていない知らない場面で、地域でのいろいろな関わりから、患者さんに変化が訪れるんだなと思うことがあるんです」

薪ストーブのある診療所の待合室。喫茶店のような空間で火を眺めながら待つうち、患者さんの心も診察しないでいいくらいに落ち着くという。川村さんも向谷地さんの後を追うように町の病院で異質な存在として煙たがれたらしい。笑いが絶えない鼎談だった。/(中)高田大志 たかだ・だいし/ソーシャルワーカー。向谷地さんと入れ替わりで浦河町の病院でソーシャルワーカーを務めた後、浦河ひがし町診療所の副院長に。川村さんとは19年活動をともにする。診療所は、アトリエやテニスコートつきのグループホームも開設。(右)川村敏明 かわむら・としあき/精神科医。2014年に浦河ひがし町診療所を設立。アルコール依存症の専門医として勤務するなかで、アメリカの自助グループ(AA)の方法論を知り、“治さない医者”に。べてるに初期から携わる。軽トラックが似合うお医者さんだ

診療所のソーシャルワーカーである高田大志さんも、川村さんのありきたりでない診療を支える。子どもたちへの支援が検査データや診断ありきで進むのではなく、地域全体で支え合う文化を広げるために学校にも入り込んでいる。やはり考えているのは、地域との共生だ。

「浦河では、精神疾患のある人たちが時間をかけて地域になじみ、地域の人も少しずつ歩み寄り、反応し合いながらの共生が成り立っている。それが決して当事者主体でもなく、健常者と互いになじみ合うことが実現されていたのが一番の気づきでした。べてるで働くスタッフも、誰が当事者か健常者かわからない。当事者だけでもミーティングをするし、今日も当事者の職員さんが施設の見学案内をしてくれたり、本当に分け隔てがない社会が実現しているんですよね」(星野さん)

浦河の町と港を臨むルピナスの丘。初夏はルピナス、秋にはコスモスが咲く

前述のコロナが要因で刃物を取り出した女性はその大変さが評価され、べてるの幻覚&妄想大会で大賞を受賞した。彼女は真っ先に、何かとお世話になっている警察官に賞状を見せにいったという。そこにも、長年培われてきた、地域とのあるべき共存の形が見える。地域ケアに転換して精神病院を廃止した国もあるなか、日本は世界一の精神病院大国のままだ。さまざまな因果を除いても、それは異様に映る。なじみ合えるはずの彼らを隔てている、根深いレイシズムはないだろうか。私たちは彼らとともに考え、対話しているだろうか。

PROFILE

星野概念 ほしの・がいねん
1978年生まれ。精神科医、ミュージシャンなど。総合病院に勤務し、在宅医療や救命救急などを担当。発酵や漢方からもヒントを得て、さままざな心の不調と向き合っている。近著に、いとうせいこうとの共著『自由というサプリ』。

●情報は、FRaU2021年1月号発売時点のものです。
Photo:Tetsuya Ito Text & Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子

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