治部れんげ×原野守弘「ジェンダー問題に企業広告ができること」【後編】
社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。今回は「ジェンダーと企業広告」のテーマを軸に、ジャーナリストの治部れんげさんとクリエイティブディレクターの原野守弘さんに語り合ってもらいました。
エンターテインメント
でも感度は養える
原野 僕個人の経験で言うと、エンターテインメントから学べることもある。40歳になってから映画『男はつらいよ』を見始めたんです。時代背景としてはいま以上に女性差別があるけれど、山田洋次監督はそこを意識したうえで脚本を書いていて、結果、女性たちに寄り添う映画になっている。感度やセンスって情報ではないから、そうやって何かに触れて感じ取るしかない。先ほど新聞の話が出ましたけど、僕はTwitter(現X)もよくチェックするんですよ。
治部 そういえば、初めて原野さんにお会いしたのはGODIVAの「日本は、義理チョコをやめよう。」という広告をつくられた頃でしたよね。そのとき、とある主婦の方が「広告に共感した!」とツイートしていたことを、とても喜んでいらっしゃったのが印象的でした。
原野 まさにその主婦の方のツイートが爆発的にリツイートされて、GODIVAの新聞広告を有名にしたんですよ。その方には保育園か幼稚園に通うお子さんがいて、バレンタインデーに子どもが友だち同士でチョコを交換する「友チョコ」なる習慣に困っていた。その方の周囲ではどうやらチョコは手づくりじゃないとダメらしくて……。
治部 え? 本当の話ですか!?
原野 その方は翌日会社があるのに、前夜にチョコを手づくりして、何とか子どもに持たせて送り出したとき、あの新聞広告を見て「そのとおりだと思った」とツイートしてくれたんです。義理チョコとは違う文脈ではありますが、それこそがリアルですよね。あの広告が話題となったのは、世間が水面下で感じていたことを言語化したから。まだ表層には出てきていないけど、人々が抱いている疑問や怒りを「指差す」と、みんなが共感してくれる。たとえば、女性差別問題はずいぶん昔からあって、ずっとくすぶり続けていた。時期が早すぎると世の中に響かないけれど、POLAが絶妙なタイミングで指差したから大きな共感を得たのだと思います。
治部 なるほど。あと、原野さんのユニリーバの採用広告も印象的ですよね。
原野 海外では履歴書に、写真はもちろん、性別や年齢の記入すら禁止している国があるくらいですからね。あの広告は何案か制作したのですが、結果、文字だけのシンプルなものになりました。攻めた広告は企業が不安に思うこともある。そのときに「いやいや素晴らしいことだから、新聞広告で大きくやりましょう!」と背中を押せたという点では、僕がお手伝いした意味はあったのかなと思います。
治部 素晴らしいですね。最近、海外の動向を調べていると、ジェンダーバイアスのかかった広告は日本に限らないと実感するんです。たとえばウェブ検索サービスの『グーグル スカラー』で「ジェンダー」「アドバタイズメント」と検索すると、ジェンダー問題に関わる広告を批判する論文がたくさん出てきます。セクシュアルなイメージを強調した広告や、良妻賢母的な表現をした広告がまだ数多くある。つまり、広告表現は世界共通の課題なんです。UN Women東京支部や日本経済新聞などでつくる「アンステレオタイプアライアンス」という取り組みがあり、私もアドバイザーをしています。日本の大企業もメンバーになり、ジェンダー視点でよい広告について勉強会などをしています。新聞を読むことはすぐできますし、カンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバルの受賞作を調べてみるのもいい。感度やセンスを磨く方法はあると思います。
原野 僕がおすすめしたいのは『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』という映画。外国に行って、富や石油ではない、アメリカにないものを奪おうという内容なんですが、知らない話が次々と出てきて面白いんです。たとえばアイスランドは世界初の女性大統領が生まれた国ですが、その背景には国民女性の90%が参加したストライキがあったそうです。男性たちは「女性が仕事も家事もいっさいしないと世の中が止まるんだ!」と知り、男女平等の社会に変わっていった。そうした歴史を、エンタメを通して楽しみながら知るのもいいですよね。
治部 あと、企業広告のあり方を変えるという意味では、つくり手だけでなく、消費者が行動を起こすのも重要ですよね。広告はビジネスの一環である以上、効果や反響が問われる。だから、いいなと思う企業広告を目にしたら、その会社の製品やサービスを買うようにしたり、広告を見た感想をSNSで発信するのもいい。可視化して応援することが企業側の手応えになりますから。
原野 イエス、ノーをハッキリ示すのは大事。日本にも、いいものに拍手をする文化がもっと育っていけばいいですよね。いいも悪いも声を上げなければ、差別している人たちの共犯者。シンプルですが、メディアも消費者もさまざまな問題を素通りしないことが、未来のために大切だと思います。
PROFILE
治部れんげ Renge Jibu
ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、内閣府男女共同参画会議専門委員などを務める。著書に『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版社)『稼ぐ妻・育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)など。新著は『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)
原野守弘 Morihiro Harano
株式会社もり 代表。クリエイティブディレクター。代表作にNTTドコモ「森の木琴」「Honda. Great Journey.」、OK Go「I Won’t Let You Down」など。カンヌ国際広告祭ほか受賞多数。著書『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』(クロスメディア・パブリッシング)は発売半年で5刷に。
●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Text:Akiko Miyaura Edit:Yuka Uchida
Composition:林愛子