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治部れんげ×原野守弘「ジェンダー問題に企業広告ができること」【前編】
治部れんげ×原野守弘「ジェンダー問題に企業広告ができること」【前編】
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治部れんげ×原野守弘「ジェンダー問題に企業広告ができること」【前編】

社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。今回は、「ジェンダーと企業広告」のテーマを軸に、ジャーナリストの治部れんげさんとクリエイティブディレクターの原野守弘さんに語り合ってもらいました。

表面をマネただけの広告は
消費者に見抜かれてしまう

男女格差の問題に最前線で向き合うジャーナリストの治部れんげさんと、ジェンダー問題を世に問いかける企業広告を数多く手がけてきたクリエイティブディレクターの原野守弘さん。ふたりに、メッセージ性のある企業広告の成功例や、そうした広告を成功させる上で欠かせない、企業やつくり手側の「感性」について話を聞いた。

POLA リクルートフォーラム(2016-2018年)/POLAリクルートフォーラムのCMは2016年から原野さんが担当している。「この国は、女性にとって発展途上国だ」のナレーションで始まる、ジェンダーイクオリティを真正面から訴えたCMは、放送と同時に大きな反響を呼び、日本社会のジェンダーギャップを議論するきっかけとなった。表現したのは、女性販売員であるビューティーディレクターの活躍に力を入れてきた企業姿勢。リクルート広告でありながら、会社の理念を世の中に提示する企業広告としても成功した

原野 僕が手がけたジェンダー問題にまつわる広告の中では、2016年の「POLA リクルートフォーラム」のCMにとくに大きな反響がありましたね。

治部 「この国は、女性にとって発展途上国だ」という語りで始まるCMですね。最初に見たとき、率直にすごいと思いました。ジェンダー問題を長く取材するなかで、日本企業が正面から問題に向き合えない姿も見てきたので。なぜ管理職に女性が少ないのか? と世の中が問題視するけれど、それは企業が女性から昇進の機会を奪ってきた結果。社内に残る性差別と向き合わずに、広告でだけ「女性も輝いて」とメッセージを掲げても意味がない。その点、POLAのCMは企業として女性の雇用に以前から向き合ってきたからこそ打ち出せる内容。どんなに素晴らしい広告も、企業の姿勢が伴わないと世には響かないですから。

POLA 国際女性デー(2021)/2021年3月8日の国際女性デーに、日本経済新聞に掲載されたPOLAの企業広告。語られるのは、POLAのビューティーディレクターとして働くある女性の物語。彼女は、働きながらエステティシャンになれるPOLAの教育制度を通して、困難な立場にある女性たちの自立支援を続けており、そのエピソードが丁寧な文章で綴られている。事実を長文で伝えるというスタイルに、受け手をエンパワーメントする力が宿っている

原野 あのCMを製作した2016年頃に比べると、最近はブラック・ライヴズ・マターなどの人権運動も広がって、世の中の問題意識が高まっている。だから今年の国際女性デーには、いままで以上にジェンダー問題を取り上げた広告が出るだろうと予想していたんです。僕も気合を入れて、POLAの新聞広告をつくったりして。でも、蓋を開けてみると、熱意ある広告は意外と少ないという、残念な日本の現状を目の当たりにしました。

治部 そうでしたか。でも、世界は変わってきていますよね。たとえば、カンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバルでは、人権問題や社会問題を問う質の高い広告に与えられる新しい賞が生まれました。意思あるクリエイティビティを評価する流れや、そうした企業広告を“イケてる”と受け止める消費者感覚が育っていると感じます。

原野 たしかに。日本も、さまざまな問題意識を投げかける広告が増えてはいるんです。でも、広告業界にありがちな、流行っているからのっかる、といったケースも出てきている。のっかることで盛り上がることを単純に悪いとはいえないですが、どうしても勉強が浅くなる。POLAや、その後に僕が担当したGODIVAやユニリーバの広告を見て、「ウチでも同じような広告をやってください」と依頼があると、正直、違和感を覚えてしまいます。

治部 本来は、もともと取り組んでいた課題があり、それを広告として世に伝えるべきですよね。それに、問題の本質が何なのか、なぜいけないのか、誰をどう傷つけているのかを企業として考え抜いたうえでの広告であるべきなのに。それに私は、原野さんがああいった広告をつくれるのは、原野さん個人の素質が大きく影響していると思うんです。たしかPOLAのCMをつくったきっかけは、マララ・ユスフザイさんのノーベル平和賞受賞時のスピーチでしたよね? 彼女が語った、女子が教育を受けられないという人権侵害問題を、日本の状況に置き換えて、どう伝えようかと正面から考えた結果生まれたもの。これからは女性が活躍する時代だからと上っ面を撫でただけの表現なら、あれほど刺さる広告にはならないはずです。先ほど原野さんは柔らかい表現で「勉強が浅い」とおっしゃいましたけど、ズバリいうと、表面を真似ただけの広告は、問題の本質を捉えていないから、消費者に見抜かれてしまうんですよね。

原野 まさに。「見抜かれてしまう」というのは僕も同感です。ジェンダーや人権について“勉強”すればいいということではない。企業やつくり手が本当に心を痛めて、状況改善に取り組みながら発信しているかどうかが、世の中に伝わってしまうんです。

治部 消費者はジェンダーや人権に詳しい人ばかりではないですが、知識の有無にかかわらず、見抜かれますよね。

原野 そう思います。でも、この話とセットで伝えておきたいことがあって。僕の広告を見て、僕自身がフェミニストで世の中に訴えたいことがあるからジェンダー問題を扱う広告をつくっていると思う人がいるんですが、それは半分正しくて、半分間違っている。広告は僕の主義主張を伝えるものではなく、あくまで企業側のメッセージですから。その前提で、なぜジェンダー問題を問う広告を積極的に手がけているかというと、純粋にカッコいいと思うからなんです。もちろん、マララさんのスピーチの感想として、感動した、とか心を打たれた、といった思いもあるのですが、僕の場合は、それをしのぐくらいカッコいい! という感覚がある。その感覚が、自分のつくる広告にも大きく影響しているんですよね。

▼中編につづく

PROFILE

治部れんげ Renge Jibu
ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、内閣府男女共同参画会議専門委員などを務める。著書に『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版社)『稼ぐ妻・育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)など。

原野守弘 Morihiro Harano
株式会社もり 代表。クリエイティブディレクター。代表作にNTTドコモ「森の木琴」「Honda. Great Journey.」、OK Go「I Won’t Let You Down」など。カンヌ国際広告祭ほか受賞多数。著書『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』(クロスメディア・パブリッシング)は発売半年で5刷に。

●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Text:Akiko Miyaura  Edit:Yuka Uchida
Composition:林愛子

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