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治部れんげ×原野守弘「ジェンダー問題に企業広告ができること」【中編】
治部れんげ×原野守弘「ジェンダー問題に企業広告ができること」【中編】
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治部れんげ×原野守弘「ジェンダー問題に企業広告ができること」【中編】

社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。今回は、「ジェンダーと企業広告」のテーマを軸に、ジャーナリストの治部れんげさんとクリエイティブディレクターの原野守弘さんに語り合ってもらいました。

▼前編はこちら

必要なのは知識ではなく
感度やセンス

治部 マララさんのスピーチを聞いた時、原野さんのようにカッコいいと思えるかどうかは感度やセンスの問題だと思うんです。ジェンダー問題についての勉強はしているのに、感度がない人は意外といる。感度とは何か? ひと言では説明しづらいですし、どうやって感度を育てるかはさらに難しいのですが……。原野さんは、マララさんのスピーチ以外にも影響を受けたものはありますか?

原野 ジョン・レノンの『Woman Is the Nigger of the World』という曲ですね。タイトルを直訳すると「女性は世界のニガー」。ニガーとは黒人に対する蔑称です。当時のアメリカでは、このタイトルが大問題となり、ある放送局が「意図を聞こうじゃないか」と、ジョンとオノ・ヨーコをTVショーに呼んだ。そこでジョンはある黒人の下院議員の言葉を読み上げ、拍手喝采を浴びるんです。「周囲の圧力によってライフスタイル、就業機会、社会的役割を制限されている人たちのことを“ニガー”と定義するならば、グッドニュースがある。ニガーであるために黒人である必要はない。アメリカ人のほとんどは、ニガーなのだ」と。僕はそれを心底カッコいいと思いました。

治部 それをカッコいいと思える感覚は、まさにセンスですよね。

原野 カッコいいと思ったと同時に、伝え方でこんなにも人の心に刺さるのかと驚きもしました。それが僕が広告をつくる理由です。ジョン・レノンやマララさんから受けた“弾丸”の衝撃はあまりに大きくて、それに恥じない仕事をしようと思ったら、中途半端なものは出せない。ただ、そういった弾丸を受けたことのない人が、世の中の風潮に乗って「女性問題ってさ」と言いながら広告をつくっても、人の心を揺さぶるものはできないですよね。

治部 私は大学の教員もしているのですが、感じるのは、感度が高い、低いといった個人差はたしかにあるということ。いちがいには言えないですが、病気をしたり、家族の問題と対峙していたり、何かしら痛みを感じる経験をしている人は感度が高い気がします。本人の力だけではどうしようもないできごとが世の中にあると知っているからなんですよね。自らの経験と紐づけて、社会問題を感じ取ることはとても大事だと思います。

原野 そうですね。いまは、広告をつくる人も広告を出す人も、エリート化している傾向がある。受験戦争に勝つことしか知らずに生きてきた人が多くて、人の心の痛みがわかるとか、弱者に寄り添うって感覚がピンとこない。さらに、さっき言った弾丸のような衝撃すら受けないまま生きてきちゃうと、どんどんと感度が鈍るんでしょうね。貧困で命を落としそうな人がいます、地球が壊れそうです、と聞いても受験の知識みたいになっちゃうんですよ。先日、治部さんもツイッターでリツイートしていましたけど、東京の都立高校が男女で違う合格基準を設けていたことが明らかになりましたよね。とんでもないことが起きているのに、世の中はさほど反応していない。そのことにはとても落胆しました。

治部 まさに感度の低さですね。感度を後づけでどうにかするのは難しいとは思いますが、それでもできることはあると思います。たとえば新聞を読む。新聞の社会面には、コロナ禍で失業したけれど、戸籍がないから給付金が受け取れないといった不条理なニュースであふれている。ネットとは比較にならないくらいの量ですし、自分で取捨選択した情報ではないところがいい。日々そうした問題に触れていると、想像力が及ぶようになる。マララさんのように下校中に突然武器を持った人に襲われるとか、女の子は勉強の機会がないという問題は日本では想像しがたいかもしれませんが、ふだんから問題に触れていると、彼女のスピーチを聞いたときに自分の知っている話と結びつくようになる。ところで、原野さんはその感度をどうやって持ち得たのですか? 嫌な言い方になりますが、一般的には、原野さんは“勝ち組クリエイティブ男性”ですよね?

原野 そう思われてるんですね(笑)。僕は地方出身、かつ四兄妹の長男ですが、妹3人が大学に行かなかったことに対して加害者意識があるんです。僕は小さい頃から勉強が得意だったので、自然と「お兄ちゃんは東京の大学に行きなさい」となるわけです。妹たちも四年制大学に行く学力はあったと思うのですが、ふたりは短大、ひとりは高卒。長男が上京して私立の四大に通うためには、そうせざるを得なかった。問題は、それを家族全員が疑問に思っていなかったことなんです。考えると不自然だし、自分は男性優位社会の恩恵を受けて生きてきたということが動かせない事実としてあるんですよね。

治部 なるほど。でも、昭和の地方都市の価値観はそんな感じでしたよね。私は千葉の郊外の出身ですけど、高校の同級生が親から「女の子は浪人しないほうがいい」と言われていて。なぜなら、結婚が遅れるから。うちはそういったことをいっさい言わない両親でしたが、母はその昔、親に進学の相談をしたら「行かないでもらえるほうが家計は助かる」とハッキリ言われたそうです。いまも日本の農村部や発展途上国ではジェンダーバイアスが強く、資源配分において男子が優遇され、女子が後回しにされています。そうした状況下で興味深いのは、優遇されていた側の男性にも気づく人がいて何とかジェンダー問題と向き合おうとしていること、逆に自分は不遇だったはずなのに、そのことに気づいてすらいない女性がいること。過去を振り返って「気づくこと」も重要だと感じます。

▼後編につづく

PROFILE

治部れんげ Renge Jibu
ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、内閣府男女共同参画会議専門委員などを務める。著書に『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版社)『稼ぐ妻・育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)など。

原野守弘 Morihiro Harano
株式会社もり 代表。クリエイティブディレクター。代表作にNTTドコモ「森の木琴」「Honda. Great Journey.」、OK Go「I Won’t Let You Down」など。カンヌ国際広告祭ほか受賞多数。著書『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』(クロスメディア・パブリッシング)は発売半年で5刷に。

●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Text:Akiko Miyaura  Edit:Yuka Uchida
Composition:林愛子

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