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海藻を取り戻してブルーカーボンを! 葉山の料理人と漁師の奮闘記【前編】
海藻を取り戻してブルーカーボンを! 葉山の料理人と漁師の奮闘記【前編】
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海藻を取り戻してブルーカーボンを! 葉山の料理人と漁師の奮闘記【前編】

気候危機というグローバルな問題に、いま私たちは何をすべきなのでしょう。今回は、海を愛し、環境再生に力を注ぐ人たちに会いに行ってきました。

海の中では
いま何が起きている?

海藻・海草類が群生する藻場は、多種多様な海洋生物を育て、海の安定化に寄与している。とくに海岸線が長い国・日本は、沿岸に海藻・海草が育ちやすい岩場が多く、ブルーカーボンとしてCO2の隔離、蓄積に貢献する場となっている。藻場のCO2吸収効果は森林の2倍以上あるという研究も。Photo:Katsunori Yamaki

森林がCO2を吸収することはグリーンカーボンとしてよく知られているが、そのほか、大きな吸収源として期待されているのが海藻だ。海藻に吸収され、隔離、蓄積された炭素はブルーカーボンと呼ばれる。大気中のCO2は森林だけでなく、海藻や海草、マングローブ林などの光合成によって取り込まれ、有機物として貯留される。森林は枯れたり燃えたりすると貯留していたCO2を放出するが、ブルーカーボンは海藻が枯死しても海底に堆積し、底泥へ埋没し続けるので安定性がある。ところが温暖化によって海水温が上昇し、沿岸域では藻場が衰退・消失している現在、このシステムも危機に陥っている。地球上で最大の炭素吸収源である海洋が限界を迎えているのだ。

環境再生への扉を開くのは
海への深い愛と理解

料理人として長年、海産物を扱ってきた生江史伸さんは、この海の砂漠化に危機感を持ち、活動を始めている。2022年6月には、国連が定める世界海洋デーのイベントでスピーチをした。

「日本人は海を身近に生きてきた民族で、もう何千年も海藻を食べてきた。でもいまは都市が便利になりすぎて、人々の生活は海から遠ざかってしまった。海の砂漠化という問題も、一般的にはあまり知られていないのかもしれません」

生江さんは、海を身近に感じることで問題を自分ごととして捉え、みんなで環境再生を目指そうとの気持ちから、神奈川県の葉山でワークショップを開催した。

「どんなに危機的状況と言われても、恐怖心や罪悪感を伝えるだけでは人の心に響かない。喜びや快感と紐づければ、海に興味を持ってもらえるはず。だからまず、楽しさを伝えようと」

開催したワークショップでは、「実際に生きている魚が泳いでいて、海藻がゆらいでいるのを見て、大人も子どもも海の魅力を存分に感じてくれたようです」と生江さん

ワークショップの参加者は、子どもたちとその親。はじめにフリーダイバーと潜り、ワカメやヒジキが育っているところを見て、手に取って触ることからスタート。その後、漁港で漁師がその海藻類の栄養面や調理法について説明し、海藻の研究者が話をする。最後に生江さんがつくったヒジキ料理を食べるという内容だった。

「実際に潜って、生きている海藻を見て、話を聞いて、食べる。このおいしいものを未来も食べたかったらどうしたらいい? とみんなで考える。参加した方々は、海から食卓までがつながっていると実感できたようです」

漁師が感じる海の変化を
料理を通して伝えていく

葉山で育ち、葉山の真名瀬漁港に2隻の船を持つ長久保晶さん。バイオディーゼル燃料の船で海に出るのが夢

このワークショップを一緒に開催したメンバーのなかで、気候危機を最も身近に感じているのは漁師かもしれない。葉山で2013年から漁師として働いている桜花丸の長久保晶さんは「この4年で、海のようすがガラリと変わった」と話す。

「私が漁師として独立した頃と比べ、いまは漁獲量が1/10くらいに減っています。以前はサザエを探すときは海藻の中に頭を突っ込んでウツボを警戒しながら採っていたのに、その海藻がなくなった。50年前は樽いっぱいにアワビが獲れたと聞くけれど、いまはベテランの漁師さんでも少しだけ。代わりにガンガゼ(ウニの一種で有毒)が増えすぎているし、水温が上がっているからか沖縄にいるようなラッパウニという毒ウニもすごい勢いで増えています」

長久保さんと生江さんが話すようになったきっかけは、気候危機をテーマにしたとあるワークショップだった。

「漁をしていると毎年どんどん悪化していることを感じて、自分で調べるようになりました。環境を守るためには禁漁期間や採っていい量やサイズを決めるといった保護活動が必要で、本来は組合単位でより厳しく守るべき。ただ漁師は誰もが豊漁を目指すものだし、慣習を変えるのはとても難しい」

春は海藻、夏は裸潜りでサザエやアワビをというように季節ごとの漁を営んでいる。貝類の主食であり、魚の産卵場でもある海藻を増やす活動や、海洋汚染の問題にも取り組む。Photo:Katsunori Yamaki

生江さんはそんな状況も知ることが大切だと考えている。

「普通に暮らしていると、漁師さんと直接、話をする機会なんてほぼないでしょう。漁協や小売店を通じて買い物をするし、出会ったとしても寡黙だったりしてね。だから料理人が料理を通して伝えていくことが重要」

実は葉山には市場がなく、収獲は飲食店に直接卸すか、逗子や横須賀の市場まで持っていくしかないという。生まれ育った葉山で漁師になりたいと頑張ってきた長久保さんは、地元の人たちに葉山の旬を味わってもらいたいと、朝市や水産加工品のオンライン販売を始めた。

「伝統的な世界で新しいことを始めるのは大切だと思う。鰹節職人の友人も業界の慣習を破って、つくって売ることを始めたんです。これからの時代は、つくるだけでなく、背景を説明する責任があると思ったから。すると高価格でも納得してもらえたり、よりおいしいと思ってもらえたりする。従来とは違うやり方にもトライするべきです」

そんな生江さんの意見に長久保さんは「ほかの世界でも同じなのかなと思うと、私も頑張ろうって思う」と笑顔に。

「漁師の仕事って、時間や場所のちょっとした違いで漁獲量が大幅に変わったり、勘が当たったりするのがギャンブルみたいに面白い(笑)。食べた人においしかったって言われることもやっぱりうれしい。そんな喜びをこれからもずっと味わっていきたいから、海を守りたいという気持ちが強いんですよね」

▼後編につづく

PROFILE

生江史伸 なまえ・しのぶ
「L’Effervescence」のエグゼクティブシェフ。2018年アジアのベストレストラン50でサステナブルレストラン賞受賞。ミシュラン三ツ星、グリーンスターを獲得。「bricolage bread & co.」の運営も手がけている。海が近い鎌倉へと住居を移し、東京大学大学院にて、農業・資源経済学を専攻。

●情報は、『FRaU SDGs MOOK 話そう、気候危機のこと。』発売時点のものです(2022年10月)。
Text:Shiori Fujii Edit:Chizuru Atsuta
Composition:林愛子

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