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ジェーン・スー×田中俊之「男女平等が進まない、本当の理由」【前編】
ジェーン・スー×田中俊之「男女平等が進まない、本当の理由」【前編】
VOICE

ジェーン・スー×田中俊之「男女平等が進まない、本当の理由」【前編】

社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。今回は「バイアスと向き合う」を軸に、コラムニストのジェーン・スーさんと社会学者の田中俊之さんに語り合ってもらいました。

ジェンダーバイアスと
向き合うために

コラムニストのジェーン・スーさんと男性学を専門とする社会学者の田中俊之さんは、2013年にとある対談で出会って以来、ラジオや書籍でジェンダー問題を語り合ってきた。あれから社会の何が変わり、変わらなかったのか。日本のジェンダー意識の現在地や、自分や周囲のジェンダーバイアスと向き合う方法を聞いた。

左・ジェーン・スー、右・田中俊之

スー 田中先生とは、節目節目で対談をさせてもらっていますよね。

田中 最後の対談は2018年、スーさんの著書『私がオバさんになったよ』ですね。久しぶりに読み返しましたが、男女平等に向けての旗振りは強くなったけれど、根本問題はさほど前進していないなと感じました。ただ、19年の#MeToo運動を機に、何を問題視されているわからない人たちも対応を迫られるようになった。SDGsの項目にもジェンダー平等の達成がありますしね。

スー 社会的制裁が加わることで「あの人はいつもああだから」ではすまされなくなった。それは数年前との大きな違いですよね。でも、SDGsには、かつての「エコ」に近いものを感じてしまいます。

田中 言葉を変えて目新しくしているだけで、根本は何ら解決していない。それこそ男女雇用機会均等法から。

スー 1985年から課題は同じだと。

田中 そうです。社会問題というのは、現状を把握し原因を突き止めて、その原因を除去することでしか進んでいかない。同じ問題にぶち当たっているということは、現状把握が甘いということ。たとえば定番の世論調査に「男は仕事、女は家庭」という考え方への賛否を問う項目がありますが、果たしてあの問いで世の中を測れるのか。現代の日本人がどのようなジェンダー観を持ち、実際どのような行動をしてるかを正しく把握すべき。そのうえで、なぜ家事育児は女性に偏ってるのかの原因を探るしかない。結局みんな、男女平等は正しいことっぽいから旗を振っているだけで、本心では関心がないんじゃないかな。だってコロナのワクチンは驚くべきスピードで完成したでしょう。人々の行動の変容も早かった。それだけ重要と捉えているからです。そう考えると、男女平等が進まない理由は明らかですよね。

スー 男女はすでに平等なのに何を言ってるんだ、という考えの人も男女問わずいますからね。不平等でも自分の取り分は変わらないから無関心な人、実現すると自分の取り分が減るから動かない人もいる。道徳的な観点から進めるのには限界がある気はします。

田中 悲しいですが、そうですね。

スー 今回の対談は、依頼をいただいた当初は「男性の生きづらさ」がテーマだったんですよね。でも、その切り口には2つの地雷があるとお伝えしました。ひとつは、女性が男性から教えを乞うというフォーマットが誤解を生みかねない。もうひとつは、男性の生きづらさと女性の生きづらさは背中合わせ。常にコインの表と裏なので両方話さないと。当初のテーマは田中先生と私のこれまでの対談を踏まえてのものだったと思いますが、8年前、3年前よりセンシティブなトピックです。女性の生きづらさへの理解が一向に進んでいないので、イラ立ちは当時より大きいと思うんです。女性の生きづらさは、男性だけでなく、一部の女性にも伝わっていない。しかもそれが隣近所の話ではなく、国の法律や社会現象として起こっているわけですから。

田中 僕が男性学の本を書き始めた10年ほど前は「男性の生きづらさ」が論点として新しかった。男にも生きづらさがあるのかと関心を持ってもらい、男性にジェンダー問題の当事者だと認識してもらうことを一度やる必要があったんです。その意味では僕も、男性の生きづらさを発信し続けるのは違うと思っています。

スー それに、生きづらさの話を男女という2つの性だけで議論するのも、もう違いますよね。並行してLGBTQ+の話があるわけで、多様性は男と女だけの話ではないですから。男女の不平等がもう少し早く解決していれば、次のフェーズに進めたのですが、もう同時進行で取り組んでいくしかないですよね。

スー 性は男女だけではないという前提で、でも、まだしなくてはいけない男女差の話がありますよね。男性と女性の性役割の話です。

田中 男女それぞれが社会的に期待されている役割のことですね。

スー 男は競争が好きだとか、反対に女はサポートするのが好きだとか。これらは支配する側にとって非常に効率がよい考え方なんです。たとえば「女らしい」という言葉からイメージするのはサポート能力の高さばかり。気が利く、控えめ、人の話を聞く……。決定力があるとか、みんなを統率するといったことを想像する人はいないと思います。逆に「女っぽい」という言葉に紐づくイメージは陰口が多いとか、つるむとか。「あいつは女っぽい」という表現にはそうした意味合いがある。女に生まれてそのままだと下劣な生き物だけど、そこから「女らしさ」を身につけるとアップデートできるというのは完全に刷り込みなわけです。それで「女らしさ」を目指すと、今度は自己決定権が失われてサポート能力だけが伸びていく。これも女性が背負わされている負の遺産ですよね。男女それぞれ、上に立つごく少数の人間がコントロールしやすい特性を振り分けられていて、社会的スティグマが濃い。“らしさ”からの解放を叫ぶなら、まずその仕組みに気がつかないと。

田中 いまスーさんがおっしゃったことってジェンダー学の基本的な考え方なんですよね。男はリードする側で、女はリードされる側。言い換えると、男性はお世話される側で、子どもや老人を含めて、女性はお世話する側とされてきた。男は働かなきゃいけないから苦しいじゃないかという主張があるけれど、男性が請け負っているものは有償労働と結びつきやすい。つまり賃金が発生する。ところが女性のケアは無償労働になりがち。その能力を持って労働市場に出ても、ケアワークは家庭内だとタダだからと安く買い叩かれてしまう。僕も子育ての最中ですが、保育士は特殊能力ですよ。自分の子ども一人でも持て余しているのに、その集団をお世話するんですから。

スー 保育は、子育てとは別のプロフェッショナルな仕事ですよね。

田中 なのに「保育士の給料が安いのは誰でもできる仕事だからだ」なんて平然と言う人もいる。そもそもが見くびられているんです。これがジェンダー不平等の基本構造です。保育士に限らず女性の労働賃金は男性の7割程度。経済的な自立だけが自立とは思わないですが、資本主義の世界では最低条件となる。それが女性というだけで困難になるのはおかしい。男女平等を本気で目指すなら、賃金格差の解決にまず着手すべきです。

▼中編につづく

PROFILE

ジェーン・スー Jane Su
1973年生まれ。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティー。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で第31回講談社エッセイ賞受賞。近著は『女のお悩み動物園』『これでもいいのだ』など。パーソナリティーを務める番組にTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』やPodcast『ジェーン・スーと堀井美香のOVER THE SUN』がある。

田中俊之 Toshiyuki Tanaka
1975年生まれ。社会学者。働きすぎ、自殺など、男性だからこその悩み・葛藤を対象とした学問「男性学」を研究。大正大学心理社会学部人間学科准教授。内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員や渋谷区男女平等・多様性推進会議委員も務める。著書に『男子が10代のうちに考えておきたいこと』『中年男ルネッサンス』『男性学の新展開』。

●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Photo:Tada (yukai) Text:Akiko Miyaura Edit:Yuka Uchida
Composition:林愛子

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