スイスのサステチョコをめぐる旅 Vol.3 「チョコレート・エクスプレス」に乗って“これぞスイス”のアルプス&牧場の風景を愛でる
スイス西部、グリュイエール地方の緑あふれる山あいに佇む、老舗チョコレートブランド「カイエ(Cailler)」本社。アルプスの美しい風景を車窓に眺めながら、特別仕様の「チョコレート・エクスプレス」に乗って向かう旅は、夢のような時間の始まりです。目的地にはカイエのチョコレート工場に併設された体験型ミュージアムがあり、香り、音、味でチョコレートの歴史と世界にひたる、五感で楽しむ甘い旅が叶います。
ミルクチョコを“発明”した老舗で、オリジナル板チョコづくり

ベルンからメゾン・カイエがあるブロまで走るチョコレート・エクスプレス
スイスの首都ベルンから1日4便運行しているチョコレート・エクスプレスに乗り、老舗チョコレートブランド「カイエ」の本拠地があるブロ(Broc)へ向かう。ホームの発車案内板に表示された行き先は「Broc-Chocolaterie(ブロ・ショコラトリー)」。チョコレートの名前がついた駅なんて、世界中探してもそうないはずだ。チョコレート・エクスプレスは、スイスパスをつかえば追加料金も予約もなしで乗れる。車窓からは牧草を食(は)む牛や緑の山々などスイスらしい牧歌的な風景が眺められ、旅気分を盛り上げてくれる。

メゾン・カイエ周辺に広がるのどかな風景
ベルンから電車で約1時間20分。ブロ・ショコラトリー駅に到着すると、目の前に白亜の宮殿のようなチョコレート工場「メゾン・カイエ」が姿を現す。その一角にある体験型ミュージアムは、スイストラベルパスを持っていれば無料で入館できる。工場では、カカオ豆の焙煎に始まり、チョコレート製造の全工程がおこなわれている。カイエチョコレートにつかわれるミルクは、すべて工場から半径30km以内の牧場から調達したもの。地産地消が徹底されているのだ。ここは単なる工場ではなく、フリブール州の産業遺産をいまに伝える文化的な拠点であり、チョコレートの歴史と未来を体感できる場所でもあるのだ。

メゾン・カイエは地元の家族連れや観光客でにぎわっていた
カイエは、1819年にスイスで誕生した、現存するなかでは最古のスイスチョコレートブランドで、いまもスイスの人びとに愛されている。チョコレートの歴史において大きな転機となったミルクチョコレートの“発明”も、このブランドが深く関わっている。カイエ創業者、ルイ・フランソワ・カイエの娘婿、ダニエル・ペーターは、油分が多いカカオマスと、水分が多いミルクをうまく混ぜることができずに苦しんでいたが、ネスレ創業者である友人のアンリ・ネスレの協力を得て、コンデンスミルクをつかうという画期的な製法を開発したのだ。
カイエは現在も、粉末ではなくコンデンスミルクをつかう伝統的な製法を守り続けている、世界でも数少ないブランド。この製法が、ほかにはない、なめらかな口どけを生み出しているのだ。

体験型ミュージアムのオーディオ・ガイドツアーには、日本語のガイドも、ちゃんと用意されていた。ツアー序盤は、チョコレートの歴史を学ぶ。古代メソアメリカ文明ではチョコレートが宗教儀式に用いられていたことや、カイエ家などスイスのチョコレート界に名を刻む偉人たちのストーリーなど、初めて知ることばかりだ。
ツアーの後半では、チョコレートの製造工程を見学。実際につかわれる原材料を触りながら、それらがどこから、誰によって届けられているのかというサプライチェーンの説明を受ける。緻密に管理された生産のようすを見るにつけ、チョコレートづくりの奥深さを感じた。

スキンケア製品にも使用されるカカオバターの塊は、触ると手がすべすべに
原材料に関する展示に、「ホワイトチョコレートはカカオではなくカカオバター(=カカオ豆の油分)が主原料」とあった。知っているようで知らないことは多いものだ。最後に待っていたのは、チョコレートのテイスティングタイム。カイエこだわりのチョコレートを好きなだけ味わえる、夢のようなひとときだ。

パティシエに習いながら自分だけのチョコレートをつくる
見学後に、チョコレートづくり体験に参加した。カイエのパティシエから手ほどきを受けながら、好みのナッツやスパイスを選んでトッピングし、オリジナルの板チョコを仕上げていく。香ばしいヘーゼルナッツやピスタチオ、ピンクペッパーやドライフルーツなど、選ぶ素材によって表情が変わる自分だけのチョコレートが完成した喜びは、予想以上に大きかった。
チーズの故郷グリュイエール村へ
せっかくここまで来たならと、メゾン・カイエからひと駅戻って「ブロ・ヴィラージュ」駅に向かった。駅からバスで約10分、スイス名物のチーズの故郷、グリュイエール村に到着する。のどかな丘陵地帯を抜けた先にある、中世の面影を色濃く残すかわいらしい村だ。

グリュイエール村名物のチーズフォンデュ
村では、グリュイエールチーズをつかったチーズフォンデュやラクレットを味わうのが定番。濃厚で香り高いチーズ料理は、旅の疲れを吹き飛ばしてくれるごちそうだ。お腹がいっぱいになったところで、村の周辺をのんびりとハイキング。アルプスの山々を背景に、まるでハイジが駆け寄ってきそうな「ザ・スイス」の雰囲気を味わえた。
今回、スイスの旅に利用したのは、スイス インターナショナル エアラインズ(SWISS)。同社ではカーボンニュートラルな航空を目指し、燃費効率に優れた次世代機材の導入やバイオ燃料の活用、機内でのプラスチック削減など、環境負荷の軽減に積極的に取り組んでいるという。機内食は、スイス産のワインやチーズ、チョコレートなどの地元グルメ。到着前、ひと足先にスイス気分を満喫できた。
写真・文/鈴木博美 取材協力:スイス政府観光局