傘は「使い捨て」から「シェア」の時代へ
あなたが日常的に使っている生活用品で、ついつい使い捨てにしてしまうものといえば何ですか? マスク? レジ袋? ライター? そんなところですよね。でも現状、そういう想定で設計されていないのに、大量に使い捨てられているのが雨の多い日本での必需品「傘」です。しかも日本社会では、そのことはあまり問題視されていない──。そんななか、傘の使い捨てを環境問題としてとらえ、変えていくための取り組みがはじまっています。傘のシェアリングサービス「アイカサ」と大手企業が手を取り合い、使い捨て傘ゼロを目指すプロジェクトです。
年間8000万本以上が捨てられている!
「駅から出たら雨が降っていた」「家に帰るだけとはいえ雨に濡れたくない」「傘をどこかに置き忘れた」。こんな経験は誰にもあるはず。持っていない、忘れたときに限って必要になるのが傘というものだからだ。そもそも「雨が降りそう」とわかっていて、面倒だからと持ち歩かなかった自分が悪いのだが、傘を持っていないときの急な雨には、こうしたウラミ言のひとつも言いたくなる。そのクセ、いつでもコンビニやドラッグストアで安く買えるからと、ビニール傘などには愛着をもたず、すぐに紛失したり、少し壊れかけただけで捨ててしまったりする。傘=使い捨てが、すっかり根づいてしまっているのだ。
日本で1年間に購入される傘は1億2000万本(※1)を超えている。そのうち6割以上(※2)がビニール製のもの。いわゆるビニール傘だ。東京都内の鉄道会社や商業施設などから警察に届けられる、忘れ物としての傘は、年間約25万本(※3)。なかでもビニール傘は、ほとんど持ち主が特定されることもなく廃棄されているという。おまけに、たいていのビニール傘は材質の分別が難しいため、リサイクルには適しておらず、多くは埋め立てゴミとして処分される。地球環境に与える負荷がきわめて大きいのだ。
「日本でビニール傘が普及しはじめたのは50年以上前、高度経済成長期のあたりです。最近は経済発展の目覚ましい東南アジアでも、傘の使い捨てが増えつつあると聞いています。海外では、雨に濡れること自体をあまり気にせず、傘をあまり必要としないという風土のところもありますが、日本人は少しの雨でも傘を使うという国民性のようですね」(アイカサ広報・加藤薫さん)
鉄道会社にもメリットがある傘のシェアリング
アイカサの代表取締役、丸川照司さんは大学時代をマレーシアで過ごした。そのとき身近にあったのが当時、日本ではまだ一般的ではなかった自転車のシェアリングサービスだ。かねてからソーシャルビジネスに興味を抱いていた丸川さんは、「日本でソーシャルビジネスをはじめるなら傘のシェアリングサービスしかない。自分自身、雨が降るたび傘を買って、すぐなくしたり捨てている。こんなムダをなくすことは、社会貢献にもつながる」と一念発起、卒業を待たずに帰国し、アイカサを創業した。
2018年からは本格的に傘のシェアリングサービスをスタート。当初は駅などに設置を交渉しても、まったくとりあってもらえなかった。苦しい営業の日々。が、サステナブル機運の上昇とともに、少しづつ理解者が増えてきた。そして2022年のいま、アプリ登録者数は約30万人。首都圏をはじめ、関西、愛知、岡山、福岡、佐賀で、鉄道駅、沿線の商業施設、飲食店などに貸し出し用傘立て「アイカサスポット」を設置し、日々その数を増やし続けている。
「とくに鉄道各駅にアイカサスポットを設置してもらえるよう力を入れて営業しています。傘の忘れ物は、電車内や駅が圧倒的に多く、駅のゴミ箱に捨てられていることも多いのです。それらの処分費用はすべて鉄道会社の負担になります。その点アイカサなら、鉄道会社や警察署とも連携しているので、忘れ物として届いた傘は、ちゃんとアイカサスポットに戻ってくるシステムになっています。つまり、鉄道会社にとってもメリットがあるので、結構、喜ばれているんですよ」(前出の広報・加藤さん、以下同)
どの駅にもアイカサスポットがあるくらいに普及すれば、自宅などから駅まで差してきたアイカサをその駅のアイカサスポットに入れ、濡れた傘を列車内に持ち込むことなく乗車。降車駅でまたあらたにアイカサを借りればよいとなり、雨の日のストレスは大幅に軽減される。
アイカサはSDGs達成期限の2030年までに、アイカサスポットを現在の約1000ヵ所から全国2万5000ヵ所に広げることを目指している。
「使い捨て」の概念がなくなるのが理想
そしてこの6月、さらなる課題解決への道が見えてきた。SDGsやESGに積極的な大手民間企業(※2022年8月現在、9社)とアイカサが協力して「2030年使い捨て傘ゼロプロジェクト」を発足させたのだ。
このプロジェクトのパートナー企業オフィスに設置されたアイカサスポットでは、その企業の従業員だけでなく、来客も無料で傘を借りられる。同時に「借りたくなるような傘」を増やすため、各パートナー企業がオリジナルデザインの傘を開発するなどして、傘シェアリングの認知拡大と利用の推進をこれまで以上に加速させていく。
「利用いただいたパートナー企業の方々からは、好評を頂戴しております。とくに自社のオリジナルデザインの傘には、愛着を覚えやすいようですね。今後、環境への意識が高まるなかで、『あの企業はアイカサを導入しているんだね』と人々に認知され、企業価値や信用度も上がるのではないでしょうか。さらにプロジェクトに賛同してくださる企業が増えることを期待しています」
アイカサによれば、将来的にこのプロジェクトが広がり、傘の使い捨てがなくなれば、年間約5万5000トンものCO2が削減でき、傘立てのサプライチェーンにおいてもカーボンニュートラルが実現できるという。
「私たちは、『いつか達成できるだろう』というあいまいな目標を立てず、期限を決めて、スピード感をもって取り組んでいかないと、環境問題は解決できないのではないかと考えています。そのためには社会全体を巻き込まないといけない。ユーザーひとり一人からジワジワと広がっていくことも大事ですが、同時に企業の力をお借りし、多くの従業員の方にアイカサを利用いただき一気に広めることで、社会全体が利用しやすくなるような土壌をつくっていきたいですね。レジ袋の例で言えば、国の施策が変わったことで、みなさんの意識も変わりはじめました。傘の使い捨て問題はまだそこまでではないですが、傘シェアを普及させるためには、やはり企業や社会の意識を変えることが重要です」
身近なアイテム、傘の使い方を少しだけ変えてみる。そんな小さなアクションが、私たちの環境を守ることにつながる。
「子どもたちから、『ねえ、昔は傘を使い捨てていたの?』なんて驚かれる社会をつくることが夢です。ひとつのものを大切に、みんなでシェアする。使い捨てという概念そのものが、社会からなくなればいいなと、本気で思っています」
※1 日本洋傘振興協会の調査による
※2 環境へ与える傘の廃棄問題 Environmental issue of Umbrella(サレジオ工業高等専門学校 デザイン学科 価値創造研究室)の調査による
※3 警視庁遺失物取り扱い状況(令和3年度)
text:伊藤睦月