太古の森を抜け、山頂から大パノラマを!「白神山地」ブナ原生林で感動体験
秋田県と青森県にまたがる広大な白神山地。ブナの原生林が広がることで知られ、1993年、屋久島と同時に日本初のユネスコの世界自然遺産に登録されました。前回に続き、白神山地世界遺産センター藤里館(以下、藤里館)で自然アドバイザーを務める白鳥さんのフィールド情報収集業務に同行。ブナの森の中を歩き、小岳の山頂を目指します。さまざまな生きもの気配を感じながら散策しました(後編)。
多くの命を育む「森の母」が茂る神秘の山
秋田県山本郡藤里町に位置する小岳(こだけ、標高1042.3m)は、白神山地の世界遺産指定地域(緩衝地域)の境界に位置する、ありのままの自然が残る山。登山口まで、藤里館から4輪駆動車で走ること約1時間。滝や沢の轟音を耳にしつつ、案内板も乏しい細道を、車はぬかるみ、陥没を避けながら進む。崩れやすい地形のため、落石や倒木などの可能性もあるそうで、たしかに、素人がガイドなしに散策することは危険そうだ。
車で林道を20㎞走ったのち、ようやく登山口に到着。いざ森の中へ入る。山頂まで2.4kmの道のりは、旧道と新道の2つのルートがあり、どちらも約2時間の行程だという。太古の森はさぞうっそうとしているだろうと想像していたが、中は意外に明るい。木漏れ日が地面のあちこちを照らしているからだ。昨夜から早朝にかけて降った雨が葉に蓄えられ、すべすべしたブナの木肌を伝って流れ落ちる。この「樹幹流」によって、木々が潤っているのがわかった。
「ブナは幹を伝って流れ落ちる『樹幹流』によって落ち葉が積もった地面に雨水を送り、根を張ることで地中に雨水をため込みます。この森は、それらをゆっくり地下水や川に放出する『水源かん養林』として機能しています」(白鳥さん、以下同)
ブナの木は「森の母」とも呼ばれ、多くの命を育み、守り、支え続ける役割を果たしているという。
森を歩いていると、根が湾曲したブナを多く見かける。これは雪の重みに耐えた証拠で、ブナは比較的、積雪に強いといわれる。なかには、幹の半分近くが損傷して木部に空洞がある状態ながら、立派に立っているものもある。凍結や虫などによって腐って折れたり崩れたりしても、樹皮近くにある栄養や水分をやり取りする部分によって、なんとかその姿を維持しているという。ブナの木はとても粘り強く、しなやかなのだ。
透き通るような半透明の神秘的なギンリョウソウ。姿はキノコのようだが、花も咲かせる植物
エゾハルゼミとヤマアカガエル、アズマヒキガエルの声をBGMに、踏み心地のよいフカフカの腐葉土の道を進む。白神山地にはブナのほか、たくさんの木、植物が生育しているから、それらの葉が地面に落ち、腐葉土という栄養豊かな土壌となるのだ。ふと見ると、足もとにはシダやコケが広がり、ギンリョウソウもニョキニョキ生えていた。そのほかユキザサ、イワカガミ、キノコなども見られ、小さな植物の観察も楽しめる。やがて、地面にカモシカの足跡を発見! さらにその先で見つけたのは……。
なんと、ツキノワグマの”おとしもの“! 消化されなかったらしい笹の繊維もバッチリ残っている。
「ホヤホヤではないですが、わりと新鮮ですね」
見ると、登山道に掲げられた木製の案内板がズタズタに壊されている。ツキノワグマの仕業だ。われわれの存在をクマに知らせて鉢合わせを避けるため、かけ声を絶やさず山頂を目指す。
ブナの森を抜けて尾根に出ると、白神山地の大パノラマが見えた。勢いのある緑が、モリモリと盛り上がっている。山頂付近は森林限界を越えるため、背の低い木々が茂る。標高1000m付近に群生するハイマツ帯は、ここ白神山地が本州で最も低い場所にあるのだとか。山頂からは世界自然遺産の核心地域や、青森県の最高峰、岩木山を望める。人工物がまったく視界に入らない、この地域の圧倒的な自然に言葉も出ない。
下山時は新道をたどり、クマへのかけ声を絶やさぬまま緩やかな尾根伝いに下る。アオバトやウグイスの鳴き声が響き渡り、木々の枝から枝へ飛び回る2羽のエナガに癒される。同時に、ブナの巨木にクマの爪痕が残されているのも見え、ゾッとさせられるのだった。
白神山地は大自然のエネルギーに満ちあふれているワンダーランドだ。澄んだ空気を胸一杯に吸い込み、涼やかな風に頬をなでられつつ、森で生命の息吹を感じる。入山マナーやルールを守って、ぜひ、そんな貴重な経験をしてほしい。
Text:鈴木博美
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