「神の手ドクター」に聞いた 乳がんの気づき方、治し方【第8回】乳がんの発症予防法についてお話しします
日本の女性がもっとも多くかかる「がん」。それは「乳がん」です。いま、9人に1人がかかるといわれ、毎年9万人以上が罹患しています。そんな乳がん患者さんたちと真正面から向き合い、絶大な信頼を寄せられているのが、東京女子医科大学乳腺外科教授の明石定子さん。乳がん専門のスーパードクターとして知られる明石教授による、乳がんを正しく知るための連載第8回目をお届けします。
NHK『プロフェッショナル〜仕事の流儀〜』でも取り上げられ、これまで3000例以上の手術を成功させてきた明石教授の連載。今回は、乳がん発症の予防について語ってもらった。
まずは、自分の発症リスクを知ることから
まずは、自分の発症リスクを知ることから
女性がもっとも罹りやすいがんが「乳がん」であることは、これまでも再三お話ししてきました。そして、乳がんの発症リスクが高い方にどんな傾向があるのかもわかっています。読者ご自身がそれに当てはまるのかどうか、まずはそこを知っておきましょう。
●乳がんの発症リスクの高い人
①初潮が早く、閉経が遅い人
これは生理の回数が多いことを意味します。乳がんの発症リスクを高める女性ホルモンのエストロゲンは生理のときに増加します。エストロゲンにさらされる期間が長いほど、乳がんリスクは高まります。
②出産経験のない人
最近の研究では、出産・授乳によって、乳腺の中で蓄積していた遺伝子変異がリセットされ、正常な乳腺組織に置き換えられるため、乳がんリスクが低下することが解明されています。
③お酒を飲む人
アルコールは肝臓で「アセトアルデヒド」に代謝されます。アセトアルデヒドは発がん物質なので、飲酒量の多い人は乳がんのみならず、さまざまながんのリスクが高まります。
④肥満の人
女性ホルモン値は肥満の人ほど高い。とくに閉経後の肥満には注意が必要です。閉経後は脂肪細胞の中でステロイドホルモンが女性ホルモンに転換されているからです。
⑤タバコを吸う人
タバコを吸っている期間が長ければ長いほど、乳がんのみならず、すべてのがんリスクがアップします。とくに閉経前の女性の乳がんは、タバコの影響で増加します。
⑥遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の人
両親のどちらかから乳がん、卵巣がんの発症に関わっている遺伝子「BRCA1」、もしくは「BRCA2」の遺伝子変異を受け継いでいる場合、70歳までに乳がんを発症する確率が約70%と高くなります。ご自身がこの症候群に当たるか否かを知るには、採血でわかる「遺伝学的検査」を受ける必要があります。
BMIが「1」上がると、閉経後の乳がんリスクが「5%」増える!
乳がんは、少し前までは40代後半の患者さんがもっとも多かったのですが、最近は60代の患者さんが多くなりました。それには食生活の欧米化が関係していると考えられています。それによる肥満の影響が大きいのです。
とくに閉経後は、脂肪細胞が女性ホルモンを産生します。ですので、閉経後にカロリーの高い食事を続けていると脂肪細胞が増え、肥満に結びつくだけではなく、女性ホルモンも増えますので、60代以降の乳がんリスクがアップし、その年代の患者さんが増えてきたのです。
そのリスクを抑えるには、食事の改善と運動で肥満を改善することが有効です。日本では体格指数(BMI)が25以上だと肥満判定になります。BMIは「体重(㎏)÷身長(m)²」で計算します。国内の大規模な疫学調査では、BMIが「1」上がるごとに、閉経後の乳がんリスクが「5%」アップすることがわかりました。肥満は生活習慣病や閉経後乳がんの大きなリスクなのです。
乳がんリスクの高い閉経後の女性のために、大豆に含まれている「イソフラボン」が、いま注目されています。大豆イソフラボンは女性ホルモンに似た構造をしているため、乳がんに関与する女性ホルモンの働きを邪魔すると考えられています。実際、国立がんセンターなどが行った大規模疫学調査では、「味噌汁を一日3杯以上摂ると乳がんリスクが下がる」と報告されました。味噌汁のみならず、大豆、豆腐、油揚げ、納豆などの大豆製品を摂っている人も、乳がんリスクは低いといわれています。
つまり、とくに閉経後の女性は、食事から大豆をしっかり摂るべきだといえます。バランスのよい和食中心の食生活を実践することをおすすめします。
明石定子(あかし・さだこ)
1990年3月、東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院、国立がん研究センター中央病院、昭和大学病院・乳腺外科を経て、2022年9月より、東京女子医科大学・乳腺外科教授。患者の希望や整容性に配慮した手術、治療に定評がある。NHK『プロフェッショナル〜仕事の流儀〜』、NHK Eテレ『きょうの健康』など、メディア出演多数。
取材・構成/松井宏夫(医学ジャーナリスト)