100年後は特産品に!? 「長野市をヘーゼルナッツの一大産地にする」元パティシエの挑戦
「故郷の長野市をヘーゼルナッツの一大産地にする」と、ひとりで始めたヘーゼルナッツ栽培。日本での栽培事例もない。栽培方法の情報もない。それでも、岡田浩史さんは熱い想いを胸に、100本のヘーゼルナッツの苗木を郷土の畑に植えました。確信があったのです。「100年後の未来には、ヘーゼルナッツがリンゴやブドウに変わる長野の新しい特産品になる」と。ヘーゼルナッツ栽培に心血を注いできた、岡田さんの取り組みを追いかけました。【前編】
リンゴやブドウに代わる長野の特産品を!
長野市で「つくりたて生アイスの店 ふるフル」を2014年に開業する前、岡田さんは食品加工機械を扱う商社で働いていた。そのまた前職はパティシエ&ブーランジェ(パン職人)で、その前はグラシエ(アイスクリーム職人)。商社時代は“つくり手と同じ目線に立てる営業マン”として、全国のトップパティシエたちからも絶大な信頼を集めた。世界中を忙しく飛び回っていたある日、出張先のイタリア・トリノで、岡田さんはある景色と出合う。
ランチで向かったレストランへの道すがら、くねくね道を登る車窓から、雪の中に見たこともない木々が両脇一帯に立ち並ぶのを見たのだ。長野で見慣れたリンゴ畑の風景に似ているけれど、リンゴの木とはまるで違う。
「1時間ずっとその光景が続くものだから、もう気になって、気になって……。一体、何の木なんだろう? 道中そのことで頭がいっぱいでした」
ようやく到着したレストランで、合流した通訳にたまらず尋ねると「世界で一番おいしいナッツと言われている、ピエモンテのヘーゼルナッツの木ですよ」と教えられた。
くしくも、トリノと長野はともに冬季オリンピック開催地。アルプス山脈を遠景に、周囲をグルリと山に囲まれた地形もまた、故郷の長野を思わせた。ひょっとすると、長野でもヘーゼルナッツを育てられるのではないか? 同時に、頭の中で商品開発のイメージが膨らんでいった。
「チョコレートやケーキなど菓子づくりに欠かせないヘーゼルナッツは、日本ではほぼ100%輸入に頼っています。質のよい国産のヘーゼルナッツをつくれれば、需要はきっとあるはずだと確信しました」(岡田さん、以下同)
食材に思い入れをもつトップパティシエたちの顔が、次々に頭に浮かんだ。
商社時代、6次産業プランナーとして農家へのコンサルティングもおこなっていた岡田さんは、地元・長野の農業に危機感を覚えていた。温暖化が進んだことで、リンゴ栽培の北限は、いまや青森を超え北海道に。長野で生産されているワイン用ブドウもまた、北海道が生産量を伸ばしている。
「リンゴもブドウも、いずれ広大な農地を持つ北海道にNo.1の座をもっていかれるでしょう。それに代わる特産物を探さなければ、長野の農業はすたれてしまう」
トリノのくねくね道でヘーゼルナッツ畑と遭遇したのは、まさにそんな不安を感じていたころ。雪の中でも力強く育つ果樹を見て、岡田さんは全身の毛穴が開くのを感じたそうだ。
「100年後の、長野の農業を変えたい」
帰国後、そう言って地元の農家たちにヘーゼルナッツ栽培を打診するも、返ってきたのは「ヘーゼルナッツって何?」という、つれない返事だった。「ならば自分で」と、会社を早期退職。農業経験もないまま、遊休農地を借りてヘーゼルナッツの試験栽培を始めた。

12年前に植えたヘーゼルナッツの苗木も、いまでは立派な成木となった。無農薬、無消毒、無肥料、無灌水で育てている
試験栽培からほどなく、岡田さんは6次産業化の拠点となる農産物加工所を立ち上げ、畑の隣に「つくりたて生アイスの店 ふるフル」をオープンさせた。

長野市上駒沢にある、ふるフル。連日朝から行列ができる

一度も冷凍しないつくり立ての「生アイス」は、驚くほどクリーミー。材料の果物や野菜はほとんどが半径1㎞以内で穫れたものだという。カップ内左が濃厚なヘーゼルナッツ、右がバターナッツカボチャ
手のかからないヘーゼルナッツは農業の光
あれから12年。力強く根を張る果樹の枝からは、長く伸びた無数の花穂(かすい)がしなだれている。日本ではなかなか見る機会のないこの黄色い花こそがヘーゼルナッツの雄花。雌花は枝のつけ根あたりで、葉芽(はめ)に紛れてひっそりと咲く。
「当初はいつ花が咲くのかもわからない、手探りの状態でした。そもそもどれがヘーゼルナッツの花なのかもわからなかったぐらいですから」

風になびくヘーゼルナッツの花穂。3~4月が受粉の時期で、5月には葉がつき、6月には実がなる。7~9月に自然落果した実だけを収穫する
最初の年に採れたヘーゼルナッツはわずか8粒。それが3年後には1500粒(3㎏)となり、たしかな手応えを感じた。いまでは年間140㎏を収穫する。
「食材として魅力が高いのはもちろんですが、ヘーゼルナッツの農産物としての魅力は育てやすさ。寒さに強く、病気や害虫にも強い。農薬や消毒、水まきも基本的にする必要がないので、栽培に手間がかからないのです」
収穫は木になっているものを採るのではなく、地面に落ちた実を拾い集めるスタイル。高所作業もなく、台風による落果におびえる必要もないのだから、農家も万々歳だ。メディアでひんぱんに岡田さんの取り組みが取り上げられはじめると、「私も協力したい」「自分も育ててみたい」と手を挙げる人が続々と現れた。

ヘーゼルナッツの成長を見守る岡田さん。アイスクリームをつくるかたわら、畑の管理もおこなっている
「高齢者や新規就農者でも育てやすいヘーゼルナッツは、離農や耕作放棄地の増加を食い止める“農業の光”になりえる――」。
岡田さんの信念に触発されるように、長野では今、ヘーゼルナッツの果樹が着実に増え始めている。
――後半は、岡田さんが立ち上げた「ヘーゼルナッツ学校」に迫ります――
Photo & Text:松井さおり