「ソーシャルビジネスで世界を変える」若者たちのリアルに迫る
古き日本から学べるサステナブルな知恵を取り上げているNIPPON温故知新。
「新しい日本の動きを知る」企画の第3回は前回同様、日本の若い世代(学生~25歳くらい)が取り組んでいるサステナブルな活動のリアルに迫りたいと思います。
社会問題の解決を目指してビジネスを行う「社会起業家」と呼ばれる方々が増えてきているように感じますが、私が携わっている地方創生の分野でも、地域や社会問題を解決する仕事に関わりたいという若者の声を耳にするようになりました。
今回はこの、社会問題を解決したいという熱い思いを持ち、実際に職業へと繋げた若者をご紹介します。
植物性ミルクで人と地球環境を豊かに
最初にご紹介するのは、植物性ミルクの開発に取り組む谷口実優さんです。植物性のミルクや代替肉は今後ますます期待される分野ですが、谷口さんがこの仕事を選んだ経緯と未来への想いについても伺ってみたいと思います。
――今どんなことをやっていますか?
愛知県の食品メーカーで植物性ミルクの商品開発をしています。具体的には、まず新商品のアイディアを基に、市場調査や他社商品の試食を通じて、味のイメージを膨らませます。次に、味の方向性が決まったらテーブルでの試作を繰り返し、商品企画の担当者と話し合いながら納得のいく味に仕上げます。そして最後に、提案商品が問題なく工場で生産できるかを確認したら完成です。実際、この世にない新しい商品を創るのは想像以上に大変で、今年の4月に発売された初の担当商品は、味づくりの面で苦労の連続でした。その反面、やっと商品ができたときの感動は何物にも代え難い特別なものとなりました。
――なぜその活動をしているのですか?
自分の軸として「豊かな地球環境の中で、人を健康で幸せにしたい」という想いがあるからです。私は幼少の頃から食べることが大好きで、五感を研ぎ澄ませて味を感じている瞬間に一番幸せを感じます。大学では食品科学を専門に勉強しましたが、恥ずかしながら大学院生になるまで、食品が地球環境や気候変動に与える影響を深く考えたことがありませんでした。大学院生の時、環境活動をしていく中で、工業的畜産が環境へ多大な負担を与えることを知り、そのことが食に対する姿勢を見直すきっかけとなりました。まずは頻繁に食べていた乳製品を控えるため、牛乳やヨーグルトの購入を減らし、その代わりに植物性ミルクや発酵豆乳食品を積極的に摂取するようになりました。そこで植物性ミルクの美味しさに夢中になったのです。植物性ミルクはヘルシーで栄養価が高いので、今では私の健康の源となっています。この実体験から「自分が生産者として植物性ミルクの可能性を広げたい、より多くの人にこの美味しさを伝えたい」と考え、現在の会社への入社を決めました。
――今後はどんな活動をしていきますか?
抽象的ではありますが、商品を通じてリジェネラティブを生み出していきたいです。以前、あるセミナーに参加した際に、講師の方が「ソーシャルグッドな企業とは、プラスマイナスゼロではなくプラスの価値を生み出すこと」と話しており、自分達もそうでありたいと強く思いました。私は、単に商品の生産過程がサステナブルというだけでなく、リジェネラティブ、つまり商品が人々に与える魅力を「プラスの価値」だと解釈しています。そして、その付加価値を創るのが、私の担当である商品開発の仕事です。口にした時、美味しさで幸せのひと時を感じられるような素敵な商品を創り続けたいです。
プロフィール
谷口実優
1994年千葉県生まれ。東京海洋大学大学院食機能保全科学専攻卒。大学院在学中にトビタテ!留学JAPAN9期生として、1年間アメリカへ研究留学。2019年に千葉県を襲った大型台風の原因が気候変動の影響と知り、学生ムーブメントFridays For Future Japanで活動。その後、社会課題に本気で取り組むエシカル企業と学生をつなぐ就活プラットフォーム「エシカル就活」を運用する株式会社Allesgoodにインターン生として参画。2021年4月より愛知県の食品メーカーで商品開発を担当。
命に向き合うために必要なたった一つのこと
次にご紹介する渡辺洋平さんは北海道のシカ起業家。NIPPON温故知新でも以前アイヌの人々の「頂いた命を何一つ無駄にしない、神に感謝する祈りの文化」について取り上げましたが、鹿革の製品を販売している渡辺さんに、現代の命との向き合い方、命を無駄にしない生き方を伺います。
●NIPPON温故知新 アイヌ民族に学ぶ自然と共生する生き方(前編)
●NIPPON温故知新 アイヌ民族に学ぶ自然と共生する生き方(後編)
――今どんなことをやっていますか?
野生の鹿からとれた鹿革(シカレザー)の製品をデザインし、販売するオンラインショップをやっています。
――なぜその活動をしているのですか?
目の前にいる命と、その行く末に目を背けてきたことに強い違和感を覚えたからです。もしかすると野生の鹿は都会に住む人には馴染みのない存在かもしれません。しかし、私が生まれ育った北海道のような地方では、車を運転していると頻繁に遭遇するお馴染みの存在です。それと同時に、害獣として扱われている存在でもあります。
確かに鹿の数は増加し、農林業が被害を受けたり、生態系が危機に瀕したり、交通事故で直接的に人間の命を脅かしたりしています。そこで環境省をはじめとして行政は鹿の個体数を減らしていくような取り組みをしています。ただ、猟師(ハンター)の数も減っている地方では、「狩猟」ではなく、税金を使用した「駆除」に頼らざるを得ません。このような状況の中で「いただきます」という感謝の念を持って利用される鹿の割合は大きくはありません。
農林水産省によれば、猟師の自家利用を除いた鹿の利用率(解体頭数/捕獲頭数)は10.6%(2017年度)とされています。猟師による自家利用はデータとして表れませんが、70kgのシカから食用として取れる30%(約20kg)の肉を一般家庭で全て消費するとしたら、1か月以上かかるでしょう。そして肉以外の皮、頭、内臓、骨などは一般廃棄物、産業廃棄物として焼却・埋設処理されています。といっても実際には山の中でそのままにされたりしている個体も多くいます。それらは餌となるため、クマのような肉食動物の不自然な増加をもたらしていると言われています。
この問題は物理的に複雑で、さらに倫理的にも複雑な事象を多く包摂しています。ただし一つ明らかなことは「命を無駄にしたくない」という純粋な想いを腹の底から感じることです。あらゆる生物の中で食事の前に祈りを捧げる生物はヒトだけでしょう。それは人間を人間たらしめる感情だと思います。だから、私たちは「命に責任を持つ社会」を目指して、鹿の魅力を多くの人に届けたいと思っています。
――今後どんな活動をしていきますか?
正しさではなく、楽しさを通じて鹿の魅力を広く届けていきたいと考えています。このような重い内容ばかりだと、多くの人は離脱してしまうと思います。なぜなら、楽しくないからです。これが今、私が抱えている弱みです。だからこそ、意識的に、多くの人に楽しんでもらえるような形で鹿の魅力を届けていかなくてはなりません。具体的には、鹿革(シカレザー)だけでなく、鹿角を使用したアクセサリーづくりや鹿肉を調理して皆で食べるような体験を、アウトドア体験と重ねて企画していきたいと考えています。
プロフィール
渡辺洋平。2001年、北海道産の「シカ起業家」。2021年、鹿の命に責任を持つ社会を目指すディアベリー株式会社を設立。横浜国立大学に在学中。高校時代はフットサルチームを設立。祖父の死をきっかけに、「孫の世代に、より良い世界を」が人生のモットーに。
規格外農産物を活かした飲食店の運営により、ロスの生まれない循環経済を目指す
最後にご紹介するのは、規格外農産物を活用する事業を営まれている堺大輔さん。私も六次産業化のサポートに長年取り組んできましたが、美味しく食べられるのに、流通販売するための規格に合わないサイズだというだけで「規格外品」と呼ばれ売り先がつかず廃棄されてきた農産物に近年ようやくスポットライトが当たるようになり、嬉しく思っています。そのような時代になって、今の若い世代は何を思い、アクションに繋げているのか伺っていきます。
――今どんなことをやっていますか?
現在住んでいる埼玉県の大宮で、地元農家から発生する規格外等の農産物を活用した、体にも環境にもよいというコンセプトを掲げたテイクアウト専門の飲食店「やさいのあるくらし。」を運営しています。フードロス削減を目的に2021年5月にオープンして以来、スムージーやラップサラダ、キッシュなどで手軽に野菜を摂ることができ、体にも環境にもいいお店を心がけ運営してきました。
地域で採れた農産物を地域の人々に提供し、消費してもらう。そして、地域の方と繋がり協力することで、地域循環が生まれ、フードロス解決に繋がっていると感じています。
――なぜその活動をしているのですか?
大学1年の夏に気候変動の脅威をニュースで知ったときから、大量生産し廃棄されるモノの使い捨てに大きな疑問を抱いてきました。大量生産・消費・廃棄は膨大なエネルギーを消費し、膨大な廃棄物を生み、抱えきれないモノが多くの場所にあふれています。そんな中で一番身近に感じた食の背景を知ろうと訪れた農園で出会った光景が、食べられる状態なのに大量に廃棄されている農作物の山でした。これまで自身の食すものの背景に無知だった自分に強い罪悪感が生まれたのと同時に、もったいないというのが最初の感情でした。しかし、生産者からは「それらを埋めることは心が痛むが、活かすことは費用対効果が小さい。だから仕方のないこと」と意見をもらいました。
今は存在していない、廃棄コスト以上に利益を生み出すビジネスを創出したい、農家さんが労力やエネルギーを費やした生産物を価値あるものに変えたいと思い、まずは規格外農産物の可能性を示すため飲食店の運営をはじめました。
――今後はどのような活動をしていきますか?
現在運営する「やさいのあるくらし。」に多くの方に関わっていただき、これからも継続していき、埼玉だけではなく関東圏に進出していけるように励みます。
また、訳あり農産物を様々な場面で活用していけるようなWebサービスの実現も目指します。今後は、ビジネスとして規格外野菜に取り組むだけではなく、それを活かすことが本当に農家や社会経済にとってプラスになるのかを研究するため、大学院へ進学する予定です。
「やさいのあるくらし。」は2022年2月から毎週金曜・日曜に大宮駅から徒歩5分の場所でサラダを中心にスープやスムージーなど販売しています。ぜひお立ち寄りください!
プロフィール
堺大輔
2001年埼玉生まれ。日本大学経済学部3年。Fridays For Future Saitama設立者。「やさいのあるくらし。」代表。2019年9月、大学1年時に環境活動家のグレタさんのスピーチを聞いたことで、気候危機への意識が芽生える。その後、2019年11月にFridays For Future Saitamaを立ち上げ、県内自治体へ政策提言や県民への啓発活動を実施。活動中に、大量生産・消費・廃棄の直線経済からあらゆるものを循環して価値を生み出す「サーキュラーエコノミー」の考え方に惹かれ、その体現に向け2021年6月に地元埼玉で規格外農産物を用いた飲食店運営を始める。
やさいのあるくらし。
●Instagram
若い世代の活動を通じて、今の社会の流れが、自然と調和して生活をしていた昔の日本の社会に近づいているように感じました。
江戸時代まで日本では地球環境に負荷をかけるような酪農は盛んではありませんでした。農産物の規格外品もありませんでした。そして命を無駄にせずに使い切る生活がありました。
近代化の流れの中で、「自然界からいただいた命」が「モノ(工業製品)」となり、命の循環に感謝することがなくなってしまったように思います。
日本には「いただきます」「ごちそうさま」という言葉がありますが、作り手の方々や命の恵に毎食感謝するという素晴らしい習慣がありました。
私たち一人一人がその日本人のルーツの心を取り戻し、今一度立ち戻ってみることが、社会の不自然な循環を自然な循環へと変えていく取り組みの後押しになるかもしれません。
守岡実里子(もりおか まりこ)
サステナブルフードジャパン代表
日本食文化研究料理家/
ローカルフードプロデューサー
大学時代にマクロビオティックで両親の病気を克服した事がきっかけで、日本の伝統的な食文化に興味を持ち食の世界へ。地方創生、農畜水産業の6次産業化支援を専門とするコンサル会社にてフードコンサルタントとして勤務し、2013年に独立。全国の地域の食のブランディングや商品開発、飲食店、旅館のプロデュースなど、地方の生産者支援に携わる。マクロビオティックや日本の食養生、江戸料理を専門に学び「和食から美と健康、サステナブルな社会を叶える」を生涯のミッションに、心と身体、地球に優しい日本の食習慣術を伝えている。日本酒好きが高じて唎酒師の資格を取得。
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