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小林エリカ×パク・ソルメ「文学から考える日韓フェミニズム」【後編】
小林エリカ×パク・ソルメ「文学から考える日韓フェミニズム」【後編】
VOICE

小林エリカ×パク・ソルメ「文学から考える日韓フェミニズム」【後編】

社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。今回は、「ジェンダーと物語」のテーマを軸に、漫画家・作家の小林エリカさんと作家のパク・ソルメさんに語り合ってもらいました。

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“なかったこと”にせず、
わからなさと向き合う

小林 私、今回の短編集でとても好きな部分があって、ぜひそのお話もしたいと思っていたんです。『じゃあ、何を歌うんだ』は広州出身の主人公がサンフランシスコや京都で光州事件(1980年5月18日〜27日、韓国・光州市を中心として起きた民衆の蜂起。正式名称は五・一八民主化運動)や済州島四・三事件など韓国の歴史的な事件を語る人々に出会う物語です。京都のバーで居合わせた男性2人が光州民主化闘争のテーマソングを「歌う/歌うな」ということで諍(いさか)い、気まずいムードが漂います。そんな場面でバーの店主が突然、近所のおいしいおかゆ屋の話を持ち出します。しかもそれが延々と続いていく。あまりに唐突で脈絡がないのでドキッとするのですが、それも含めて、とても印象的で好きなシーンです。

パク 意図を聞かれるとうまく答えられないのですが、光州事件という歴史的な大事件を扱うストーリーに、あえて無関係な、言ってしまえば、どうでもいい話を繰り返すことで逆にテーマが垣間(かいま)見えてくる。その事件を実際に経験していない主人公にも、“触れられる”ものにできるんじゃないかと思ったんです。

小林 すごくよくわかります。私は以前、アウシュビッツ強制収容所を訪れたことがあるのですが、歴史的に悲惨なことがおこなわれた場所で、実際その場でもそう感じていたのですが、その帰り道にすごくお腹が減ってごはんのことを考えちゃったりとか、あとすごくトイレに行きたいとか思って、自分でもびっくりしたんです。と同時に、そういう日常的な感情を抱いたことこそを、たとえ不謹慎と思われようともきちんと書きたいと思いました。

パク 同じ人間ということですね。

小林 『アンネの日記』を読んだとき、明日死ぬかもしれないという状況下でもごはんを食べたり勉強したり、日常が淡々と続いていた。これは単なる戦争の話ではなくて、戦時下を生きたひとりの少女の物語だったということに衝撃を受けたんです。自分とぜんぜん違う人間が戦争中に生きていたり、戦争をしていたわけじゃない。そう思ったことがきっかけで、大きな歴史や巨大な事件を前にしたとき、ただかしこまって考えているふりをするよりも、お腹が空いたとか、自分のそういう感情もひっくるめて向かい合うことが大事なのかもしれないと思ったんです。だから私もパクさんと同じように、大きなテーマを扱うときほど、人間の根源的な感情や日常の些細なことをあえて描きたいなと思っているんです。

パク そのとおりだと思います。私もそんなふうに考えています。

小林 『じゃあ、何を歌うんだ』の主人公は光州出身の大学生です。サンフランシスコや京都にいるときには「光州の人」と括(くく)られて光州事件の話題を振られますが、彼女は「それはやはり私が知らない時間で、私が何かを追加したり、私に重なってきたりしない時間だった」と語ります。外の人から見れば当事者である彼女ですが、その事件を実際に体験していないという点では非当事者だと考える。これはパクさんご自身も光州出身ということから感じている両面性なのでしょうか。

パク 光州事件という歴史的な事件に対して、人々の捉え方、考え方があまりにも違うということを実感してきました。そうした事件に接するときにどういう立ち位置で、どう語ったり書いたりすればいいのかはすごく悩みますし、いまも考え、迷い続けています。

小林 「私はそのようにしてのぞき込む人だったから、当事者ではなく、また明確な世界の市民でもなかったから。私の前にはカーテンがあり、私はカーテンをめくり上げることができないから」という主人公の言葉が深く印象に残っています。当事者ではないときちんと前置きしつつも、そのわからなさを踏まえたうえで、やはりそこにあるものを見ない、語らないのではなく、あえてその揺れや捉えがたさを含めて誠実に語ろうとするパクさんの姿勢は、私には大きな挑戦に映りました。

パク たとえば光州事件に関しては、いまだに陰謀論的なことを語る人もいますし、一方で、もう過ぎたことなんだからこれ以上語るのはやめようとか、面倒くさいという人もいます。そうした状況で少しでも私の物語に耳を傾けさせるにはどうしたらいいか。そのひとつの手段として、あえてドライに書こうとした気がします。

小林 大きな事件や事故は善か悪かをあおり、単純化する人がいる一方で、「複雑で難しそうだから話すのはやめよう」という対極の姿勢もあって、断罪か見えないふりか、その二極化が進んでいるように感じます。そこを見逃さず、主人公のなかにある言語化できないモヤモヤした部分をあえて書いていく。わからなくても、決して“なかったこと”にしないというのはとても大切なことだと思います。

パク 事実を正確に伝えるのは世界中のジャーナリストがすでにおこなっていることで、そういうすぐれた記事を読むと自分に書くべきことがあるのかなと思うこともあります。でも作家として、ジャーナリストとはまた違った、別の位置から事件や事故を眺めることができるんじゃないかと。私の場合はそれが「私」という個人の位置でした。これまで語られてきたことを「私」という違った観点から描いてみたいし、読んでもらいたいと思ったんです。

小林 物語だからこそできることですね。視点を変えることで自分を含め、多くの人に見えていなかったもの、“なかったこと”にされていたことに光が当たるのではないでしょうか。

パク 小林さんが描こうとしている「歴史に記されなかった女性の人生、日常の些細なこと」もそうですね。

小林 作品を書きながら歴史を振り返ってみると、100年ほど前は女性が科学者になろうと思っても女性用のトイレがなくて研究所に入ることすらできなかったということを知りました。当たり前のように選挙権もなかったですし、そうやって歴史の小さな点をつなぎ合わせていくと、自分がこうして生きている日常が決して当たり前のものではなくて、これまで一人ひとりが戦って、勝ち取ってきたからこそなんだと思いますし、そこから大きな勇気をもらえます。

「人の生」を見つめる。
文学と芸術の仕事

パク 近年は実社会でもジェンダーにまつわる「なかったものにされてきたこと」を可視化しようという動きが強まっています。それでもやはり女性議員が少ないままだったり、ジェンダーに対する認識不足は根強くあるように感じます。最近では女性軍人が上官によるセクハラを苦に自殺した事件(2021年5月、韓国空軍の女性下士官が部隊内で上官から性的被害を受けたと訴えて自殺した事件。事件をめぐっては空軍による隠蔽の疑いも指摘されている)がありましたし、夫や彼氏からの暴力に関する事件も多い。そうした案件が法的にちゃんと処理されていないことに腹が立ったり、苦しい部分があるというのも事実です。

小林 これまで私を含め、社会全体が「そういうものだよね……」と思わされてきた部分も無視できません。ただ最近はそうしたこと、たとえば医学部の入試で女性だけ不利な条件をつけられていたこと(2018年8月、東京医科大学が女性合格者を3割以下に抑えるために入試における得点を女性のみ一律減点して員数調整していたことが報道された)などがあって、ようやく「あれ、やっぱりそれっておかしいよね?」と気づけるようになってきた。小さいことかもしれないけれどやっぱり大きな進歩で、ここからが勝負というか、みんなで頑張っていこうという気持ちです。

パク 韓国はものすごく変化のスピードが速い社会で、かつ歴史的、政治的な大事件に対しては国民一丸となって戦うという面があるんです。

小林 国民の力で大統領を辞任させてしまうほど、すごいパワーです。

パク その反面、日々起きている女性や社会的弱者に関する事件や問題は埋もれがちです。私自身、そうしたことをきちんとキャッチして考えていきたいと常々思っていますし、それを考えるきっかけになるような作品を書いていきたいとも思っています。

小林 私を含め、いろいろなことに対して見えないふりをして過ごしてきた時間があまりに長かったんだと思います。まずは勇気を持ってそれらを直視することから。それには「人が生きる」という根源的な部分に目を凝らすことが欠かせないし、それが作家や芸術家の仕事でもあると私は信じています。

PROFILE

小林エリカ Erika Kobayashi
1978年、東京都生まれ。著書に小説『マダム・キュリーと朝食を』、コミック『光の子ども』など。近著に小説『最後の挨拶 His Last Bow』。2021年、初の絵本『わたしは しなない おんなのこ』を刊行。小説『トリニティ、トリニティ、トリニティ』はフランスで翻訳されるなど世界的に活躍。

パク・ソルメ Bak Solmay
1985年、韓国・光州広域市生まれ。2009年に長編小説「ウル」で子音と母音社の新人文学賞を受賞しデビュー。14年、「冬のまなざし」で第4回文知文学賞、16年短編集『じゃあ、何を歌うんだ』でキム・ヒョン文学牌を受賞。今、文壇で最も独創的な作品を書くと注目されている。

●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Illustration:Erika Kobayashi Text:Yuriko Kobayashi Coordination:Shinhae Song (TANO International) Edit:Yuriko Kobayashi
Composition:林愛子

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