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小林エリカ×パク・ソルメ「文学から考える日韓フェミニズム」【前編】
小林エリカ×パク・ソルメ「文学から考える日韓フェミニズム」【前編】
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小林エリカ×パク・ソルメ「文学から考える日韓フェミニズム」【前編】

社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。今回は、「ジェンダーと物語」のテーマを軸に、漫画家・作家の小林エリカさんと作家のパク・ソルメさんに語り合ってもらいました。

「自分は被害者とは違う」
そう思いたい気持ちがどこかにある

近年、注目が集まっている韓国フェミニズム文学。パク・ソルメさんも、そのムーブメントを牽引する作家のひとりだ。2021年4月、日本で初めてとなる翻訳版『もう死んでいる十二人の女たちと』について熱のこもった書評を発表したのが小林エリカさん。長年、歴史に記されなかった女性たちの人生を書き留めてきた小林さんと、自身の現在地から真摯な眼差しで女性の生き方を描こうとするパクさん。日本と韓国、フェミニズム意識が高まる両国の現状も含め、いま考えていることとは?

小林 『もう死んでいる十二人の女たちと』は8篇の短編集ですが、女性たちが突然の暴力に見舞われる話や、過去に殺害された女たちがすでに死んでいる犯人の男をもう一度殺そうとする物語など、理不尽に降りかかる不幸や事件を扱った作品も収録されています。

パク カラオケ店で女性が不条理な暴力を受ける『そのとき俺が何て言ったか』や連続殺人鬼と被害者の女性を描いた表題作『もう死んでいる十二人の女たちと』は、実際に起きた事件をモチーフにしているのではないかと聞かれることが多いのですが、どの作品も実話をベースにしてはいないんです。

小林 私も読みながら江南駅殺人事件(2016年5月、ソウル・江南駅付近のカラオケ店のトイレで23歳の女性が面識のない男に突然殺害された事件。「女性を狙った」という犯人の証言から、女性嫌悪による事件だと韓国社会の注目を集めた)のことが頭をよぎりました。

パク 何か恐怖や危険を感じる状況に陥ったとき、無意識に自分を安心させる物語をつくってしまうことってないですか? たとえば暗い道をひとり歩いて家に帰った夜、ベッドに入るとふとそのとき感じた恐ろしさを思い出してしまう。同じような状況で理不尽な暴力に見舞われるシーン、映画や小説、日々のニュースからインプットされた場面が浮かんで眠れない。

小林 ありますね。

パク そんなとき、少なくとも私は無意識に自分が安心できる物語をつくり上げているんです。あの夜道には自分以外にも人が歩いていたから大丈夫だったんだとか、何か自分が襲われなかった理由をつけ足して「自分は救われた」と思う。そうすると安心して眠りにつけるんです。それは「自分は違う、自分は大丈夫」と思いたがる姿なのかもしれませんが、とにかくそういうことが真っ先に思い浮かぶのは事実です。

小林 自分も被害者になりうるという現実からどうにかして免れたい。それは韓国だけでなく日本や世界中の女性が感じることかもしれません。

パク 『もう死んでいる十二人の女たちと』は、そういう部分を膨らませて極端な形で描いた物語です。殺人犯を殺してしまえば理不尽な殺人はもう起きないでしょっていう。

小林 私は同時に「自己責任」という言葉を持ち出して理不尽な暴力や性被害に遭った被害者をバッシングするような風潮は息苦しいとも感じています。『そのとき俺が何て言ったか』では若い女性がカラオケ店の店主に歌い続けることを強要され、それができないと暴力をふるわれます。男は「殴られたくないなら努力しろ」と繰り返しますが、私はそこに「あの人は努力しなかったからだ」あるいは「もっと努力すればこうならなかったはず」という、物事をどうにかして自己責任論に転嫁しようとする人間の恐ろしさを感じました。けれどもちろん努力なんかではどうにもならない。そこをずばりと斬るパクさんの物語に震えるような怖さと痛快さを覚えました。

パク 10年ほど前に書いた作品で、いま読み返すと少し感情的になりすぎたかなとも思いますが……。でも当時はそれくらい社会や、自分でもよくわからないものに対して強い怒りや不満を持っていたんだと思います。

小林 弱い立場にある者に非を押しつけて、問題そのものを直視することを避けようとする雰囲気が過去からいまに至るまで日本には根強くあると私には思えます。パクさんの作品はそこを直視する勇気を与えてくれますし、見えていなかったものを見せてくれる。同時に被害者と加害者を単なる善悪で断罪することなく、その内にあるものを描こうとする姿勢にも胸打たれました。弱者だから善人で、暴力をふるったから即悪人というふうな単純さではなく、ひとりの人間が被害者にもなりうるし加害者にもなりうるという両面性を描いている。私もそういう部分をいちいち見つめて描きたいと常々思っているんです。

パク 同感です。それは女性と男性の描き方にも言えることだと感じています。女性主義的な観点から女性を描こうとすると、男性と同等か、あるいはより優れた能力を持っていたり、とにかく真面目で優等生的な人物であるべきだと思ってしまいがちです。現に私も単純にそう思ってしまうこともあります。だからこそ私はそこに疑問を投げかけたいんです。ちょっとヘンな女性たちや好ましく思われないかもしれない女性たち、加害者に近い女性たちを描いてみたいと思うこともあります。それがいいか悪いかではなくて、そういう人もいるということ、そしてそれに対してみんなはどう思う? それをただ投げかけてみたいんです。

小林 投げかけることは大切ですね。

パク もちろん制度や社会の仕組みに対して女性が戦ったほうがいい場面はありますし、とても大切なことです。でも作家として何を表現したいかと問われたら、いまのように答えます。

▼中編につづく

PROFILE

小林エリカ Erika Kobayashi
1978年、東京都生まれ。著書に小説『マダム・キュリーと朝食を』、コミック『光の子ども』など。近著に小説『最後の挨拶 His Last Bow』。2021年、初の絵本『わたしは しなない おんなのこ』を刊行。小説『トリニティ、トリニティ、トリニティ』はフランスで翻訳されるなど世界的に活躍。

パク・ソルメ Bak Solmay
1985年、韓国・光州広域市生まれ。2009年に長編小説「ウル」で子音と母音社の新人文学賞を受賞しデビュー。14年、「冬のまなざし」で第4回文知文学賞、16年短編集『じゃあ、何を歌うんだ』でキム・ヒョン文学牌を受賞。今、文壇で最も独創的な作品を書くと注目されている。

●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Illustration:Erika Kobayashi Text:Yuriko Kobayashi Coordination:Shinhae Song (TANO International) Edit:Yuriko Kobayashi
Composition:林愛子

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