松田青子×松尾亜紀子が語る、フェミニズムの現在地【中編】
社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。今回は、「フェミニズムの現在地」のテーマを軸に、作家の松田青子さんと「エトセトラブックス」代表の松尾亜紀子さんに語り合ってもらいました。
フェミニズムは
社会の根底にあるもの
松尾 私は出版をフェミニズム運動だと思っているので、本をつくるときは自分の問題意識が出発点になります。フェミニズムの出発点は常に自分、「私」ですから。同時に、フェミニズムの多様さやつながりを表現することも大事なので、古今東西のフェミニズムの本を集めて、その広がりを見せたいと、仲間2人と2021年の1月に小さな書店もオープンしました。
松田 私も、本を書いて出版することは、世界に小石を一つひとつ置いていくような運動だと思ってやっています。小石もたくさんあれば、無視できなくなりますよね。社会に対する違和感や疑問を小説やエッセイという形で表現することで、こういう世界があるよ、こういうふうに感じる人がいるよ、と可視化したい。
松尾 一方で、アレッと思うことも少なくないですよね。海外のフェミニズム作品がどんどん日本に紹介されるのはいいのですが、権威ある男性翻訳者によって訳されることが多すぎます。また書評などで、明らかにフェミニズムが根底にある作品に対して、文学的に優れているという文脈で「フェミニズムを超えた」という解説がなされたりすることも。
松田 自分にとってフェミニズムは核にあるもので、同時に流動的で、どこにでも存在し得るものだと思っているので、「フェミニズムを超えた」というフレーズを目にするたびに、どうしてこんなことを言うんだろうってずっと不思議だったんです。最近、ある人が対談で女性作家の小説について「フェミニズムの枠にとどまらない」と話していて。それを読んで、フェミニズムを限定的な枠組みだと捉えているからだと気づきました。
松尾 フェミニズムは女性の人権の問題なのだから、超えたりとどまらなかったりするものじゃないはず。でもそれを「枠に閉じ込める」ことだと捉えてしまう人もいる。「ジェンダー平等」という言葉も日本社会ではうまく伝わってない気がします。国連が採択したSDGsのジェンダー平等の目標 “Achieve gender equality and empower all women and girls” の和訳が、「ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化をおこなう」となっている。
松田 え? エンパワーメントが「能力強化」と訳されているんですか? おかしいですよ。もしかしてエンパワーメントの意味をわかってないんじゃないですか?
松尾 そうなんです。日本にはエンパワーメントを曲解している「偉いおじさん」が多いみたいで、知人の会社では社長がエンパワーメントじゃわからないからと、文言を「女性活躍」と言い換えたらしい。
松田 女性を自分たちの役に立つものとしてしか考えていないから、「能力を高める」とか「女性活躍」って言葉になるんでしょうね。
松尾 「女性を抑えつけている性差別を取り払いましょう」というのがジェンダー平等であって、その結果、女性たちの力が引き出されればエンパワーメントになる。それは「能力強化」とは意味が違うし、さらに言えば、能力がなくてもいい。私が私であって、人間として生きたいという女性の人権を認めろという最低限の話なんですから。
松田 それなのに女性活躍の話になってしまう。一人ひとりが、自分の思うように生きられることが大事なのに。
松尾 フェミニズムにしろ、ジェンダー平等にしろ、これだけ捉え方にズレがあるのはなんでなんだろう。
松田 日本は歴史や社会構造を教える場も、話し合える場も少ないですよね。政治の問題と自分の問題、過去と現在、すべてがつながっていると学ぶ機会が必要です。差別の歴史を知らないから、女性が不平等を訴えても、逆に男性差別だと言い出す人たちがいるんじゃないかと。
松尾 2021年3月に『女の子だから、男の子だからをなくす本』(ユン・ウンジュ著、イ・へジョン絵、すんみ訳)という韓国のジェンダー絵本を翻訳出版しました。韓国は日本と似たような家父長制が強く残る社会の問題を抱えながら、ジェンダーに対する意識やフェミニズムは日本の一歩先を進んでいるので、すごく響くんです。「男の子たちへ」というページでは、傾斜のついたサッカー場の上側に男子チーム、下側に女子チームがいるといったイラストで、ジェンダー不平等を説明したり。小学3年生ぐらいから自分で読める本なんですけど、男の子が読むと厳しく感じる部分もあると思います。
松田 そうやって男の子に厳しく言わないといけない世界に、大人がしてしまっているんですよね。
松尾 いまはもう男女関係なく、ランドセルも誰でも好きな色を選べるよ! みたいな口当たりのいいことばかり言ったところで、実際はまだ子どもたちが自分の生き方を自由に選べない社会なんだから。性差別を生んでいる構造を大人が変えないと。
▼後編につづく
PROFILE
松田青子 Aoko Matsuda
1979年、兵庫県生まれ。作家、翻訳家。2013年、『スタッキング可能』でデビュー。20年、英訳版『おばちゃんたちのいるところ』が、TIME誌やニューヨーカー誌の小説ベスト10にランクインし、レイ・ブラッドベリ賞の候補になる。近刊に『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』がある。
松尾亜紀子 Akiko Matsuo
1977年、長崎県生まれ。編集プロダクションを経て、河出書房新社に編集者として15年間勤務したのち、2018年に独立。フェミニズム出版社エトセトラブックスを設立。21年1月、東京・新代田にフェミニストのための書店「エトセトラブックスBOOKSHOP」をオープン。性暴力に抗議するフラワーデモ発起人。
●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Photo:Ayumi Yamamoto Text:Obiko Takehana Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子