笑顔こそが世界を平和に。MERRY PROJECTが紡ぐヒーローの物語
SDGs17のゴール、169のターゲットの最終的な目標は、「だれひとり取り残さない幸せな世界を実現すること」。それはたしかにそうなんですが、169もターゲットがあると、自分に何ができるのか? 何から始めればいいのか? その答えにたどりつくこと自体が容易ではないというのも事実です。そんななか、「ゴールはみんなの笑顔。そこに向かうスタート地点もまた笑顔」のキーワードを胸に、世界中を駆け回る日本人アートディレクターがいます。それが水谷孝次さん。彼が主宰するMERRY PROJECTのアクションを追ってみました。
咲き乱れる傘に託す、笑顔と平和へのメッセージ
2008年8月8日、北京国家体育場で開催された北京オリンピックの開会式。選手入場前に行われた1時間に及ぶアトラクションのフィナーレに、空を覆う笑顔の花火とともに会場に咲き乱れたのは、2008本の“世界中の子どもたちの笑顔”がプリントされた傘だった。大会スローガン『ひとつの世界、ひとつの夢』を未来の子どもたちの笑顔に託した演出だ。

実はこの傘、北京オリンピックに芸術顧問として参画した日本のアートディレクター、水谷孝次さんが主宰する「MERRY PROJECT」のディレクションによるもの。
水谷さんは、全日空、ワコール、パルコ、サントリーなど名だたる企業の広告や、「inゼリー」のパッケージデザインなど、誰もが一度ならずその作品を目にしたことのある、日本を代表するアートディレクターだ。
「バブルのころはね、六本木のあらゆる広告スペースが自分の作品で埋め尽くされたり、(米国)ハリウッドで億単位の仕事を任されたこともありました。でも、そういう仕事に没頭するなかでも心の奥に灯りつづけていた思いがあったんです。それが『笑顔の力』なんですね」
水谷さんはひょうひょうと“きっかけ”を話してくれた。
「実は、私の父は戦争で耳を失った障がい者だったんです。当時は障がいのある人への差別がふつうにあった時代ですから、父と2人で町を歩いていると、嘲笑されたり冷ややかな目で見られたりして。自分たちは何も悪いことしてないのにって、子どもながらに、それがとても悔しかった。でもね、父も私も、そんなときにムリして笑うんです。そうするとまわりの空気がガラッと変わる。周囲の人も笑顔になるし、さっきまで嘲笑してた人の笑い方もぜんぜん違う温かいものになって、その場がとても温和になる。びっくりしました、笑顔にはすごい力があるんだなって。それが3歳のときです。以来ずっと、笑顔の力で世の中が明るくなることを、世の中に伝えていきたいと思っていたんです。だけど、若いころは自己表現への思いとお金の引力が強くて(笑)、なかなか踏み出せなかった。LOVE AND MONEYっていう言葉があるけど、そのころはMONEYが勝っていたんでしょうね」

東京ADC賞、JAGDA新人賞、N.Y.ADC金・銀賞、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ金・銅・特別賞など、世界中で評価を受けるなか、一日のうちほとんどを仕事に費やす日々が過ぎていった。
「でも、阪神淡路大震災で被災した人びとを支援するうち、『やっぱり笑顔のプロジェクトをやらなきゃ』って思ったんです。これまで稼いだお金をぜんぶ注ぎ込むことになるかもしれないけど、これからは笑顔の社会をデザインしようって。震災や戦争など苦しんでいる人は世界にいっぱいいるけど、笑顔は人を強くしてくれるし、きっと幸せを運んでくれる。世界平和だって不可能じゃない。それが自分の原点だし、ここからはLOVEの時間だって」
阪神エリアをはじめ日本各地、さらに世界中の子どもたちの笑顔を撮影して回り、それをデザインとして表現することをライフワークに定めた。
あなたにとって「MERRY」とは?
1999年には「MERRY PROJECT」をスタートし、2005年の愛知万博「愛・地球広場」では、世界3万人以上の子どもの笑顔を展示する「MERRY EXPO」を開催した。さらに2008年には、北京五輪でもモチーフになった傘をキャンバスとして咲かせる「MERRY UMBRELLA PROJECT」を始動させた。以来、日本各地はもとより、インドネシア、イギリス、ブラジル、タイ、ベトナムほかの海外でも、「子どもたちの笑顔は未来への希望」という笑顔の傘を咲かせ続けている。

そのキーワードはMERRY。「あなたにとってMERRY(楽しい)とは何ですか?」水谷氏が撮影のときに子どもたちに尋ねる言葉である。
「楽しいことや思い出をたくさん想像して、心の底から笑顔になってくれると、必ずまわりの人にもその気持ちが伝わって、周囲にいる大人も子どもも笑顔になれるんです。だから子どもたち一人ひとりのMERRYと笑顔を受け取って、それをデザインしていきたいですね」
そんなMERRY PROJECTが都内で「笑顔を量産」するイベントを開催すると耳にし、訪ねてみた。元麻布のビル屋上につくったミニ農園「MERRY SDGs ART GARDEN」での“収穫のお祭り”だ。今回は、年に数回実施している農業体験会のうち、春に植えた稲と秋野菜を収穫するビッグイベント。ようやく暑さがやわらいだ秋空のもと、都内や近郊から応募したたくさんの親子が参加して行われた。おっ、開始前なのに広い空の下、もう子どもたちは満面の笑顔。

「アメリカのチャリティイベントに参加したときにもらった、スイセンの球根がきっかけなんです。コップのなかのスイセンが水と太陽ですくすくと育って見事な花を咲かせたとき、素直に感動できた。この感動を何とか日本の都会の子どもたちに伝えたい。どうしたらいいのか考えた末に生まれたのがMERRY FARMING。完全無農薬で苗や野菜の種を植え、育て、収穫して、その場で料理したものを食べる。都会でも自然と一体になれるということを実体験で味わってもらうのが目的です。それを季節ごとにイベント形式で実施していますが、参加してくれる親子の楽しそうなようすは毎回極上です。MERRY FARMINGは土から笑顔を生んで平和な心を育てる、『農とデザイン』の実践の場なんです」
収穫のあとは全員で六本木周辺に繰り出して、街のクリーンアップ。
「ゴミを拾う行為ももちろん大切なんですが、『ごみのない空間をデザインする』ことも念頭に置いています。子どもたちがごみを拾うさま、そして生まれ変わった街の空気を街の人々に感じてもらえたら、そのデザインが完成です」
そんな大人たちの思惑は関係なく、子どもたちにとっては、ごみ拾いも最高のアトラクションだ。笑顔のボルテージがぐんぐん上がっていくのが、近くで見ていて感じられる。つき添いの親は若干お疲れモードに入っても、子どもたちに引っ張られてやはり楽しそう。なるほど、これも笑顔のパワーか。

ごみ拾いのあとは、お待ちかねのカレータイム。先ほど収穫したばかりの秋野菜たっぷりのカレーライスをみんなで楽しむ。
カレーのあとは読み聞かせ。SDGsを一人ひとりが実践することの大切さをゆっくりわかりやすく、楽しく説明してくれた。そして撮影大会。
稲と野菜を収穫し、ごみを拾い、獲れたて野菜のカレーを食べて、SDGsのことを知って、写真もたくさん撮って。まさに、おなか一杯のイベント。そして水谷氏は、機を逃さずしっかり大豊作の笑顔も収穫できたようだ。

MERRY PROJECTの収穫祭、次回は12月21日に開催予定。
MERRY SDGs ART GARDEN/みんながヒーロー!サンタでSDGs
まほうのカギで、みんながヒーロー
そして、水谷氏率いるMERRY PROJECT、現在はさらに子どもたちの笑顔を引き出す企画に挑戦している。「みんながヒーロー」だ。
「大人の世界ではSDGsの認知度が上がってきているけれども、一人ひとりがちゃんとアクションできているかというと、なかなかそうはいかない。実はSDGsとの出会い方がとても大切なんです。できることなら、いろいろなしがらみがない幼少期に、純粋な感動とともに「一人ひとりが行動すること」=「楽しいこと」と伝えていきたい。さらにそうして行動することで、一人ひとりが未来を救うヒーローになれるということも」

実は前述の収穫イベントで読み聞かせしていたのが『みんながヒーロー SDGsとまほうのカギ』。MERRY PROJECTが著者となって出版された本だ。大人社会でいう社会課題を、苦しむ動物や困難に直面する人びとにたとえてわかりやすく表現し、それらを主人公が「まほうのカギ」で解決していく。

読み聞かせを担当していたのは、キャラクターデザインも担当した金田あさみさん。
「主人公がまほうのカギをつかうときの合い言葉が『ガチャガチャ、ガッチャン』。みんなで合い言葉を言うんですけど、はじめは恥ずかしそうにしていたる子どもたちも、だんだん声のパワーが上がってきて、最後は大合唱になるんです。そうなると、もうみんなが主人公でヒーロー(笑)!」
そばで見ていても、子どもたちの表情のなかに勇気と自信があふれていくのが感じられる。
最後の撮影会では、こどもたち一人ひとりが絵本のなかの主人公と同じマントをつけてポーズをとる。全身、バストアップと、ひとり当たり50回ほどシャッターを切る水谷さん。
「『三つ子の魂百まで』っていうじゃないですか。今日、彼らの魂のなかに、小さなヒーローが芽生えたと思うんです。たぶんこの灯は大人になっても消えることはないし、これから彼らが体験する人生のなかで、それぞれが自分のヒーローをデザインしていくんでしょうね」

最後に、水谷さんに、MERRY PROJECTを通じて気づいたことについて伺ってみた。
「あるときね、アフリカ・ケニアの首都ナイロビで、いつものように女の子の写真を撮りながら『あなたにとってMERRYとは?』って聞いてみたんです。そしたら彼女、私を指さして『YOU』っていうんですね。あれ? 質問が通じていないのかなって思って、『どうして?』って聞いたら、『私はいままで笑ったことがない。MERRYなんて考えたこともない。今日、あなたのおかげで初めて笑った。だから私にとってのMERRYはあなたよ』って。こんなことは、それまで一度も言われたことがありません。
そのときに気づいたんです。笑顔で救われるのは周囲だけじゃない、彼女自身も笑顔をつくることで、今日を幸せに生きられた。そして隣人も、私も。
ああ、そうだったんだ。人を幸せにすること、人を楽しませることこそが究極のデザインなんだ。私は自分が仕事で求め続けていた答えに、ようやくたどりついた気がしました。
地球上の人々はみんな、それぞれ違った境遇のなかで暮らしていますけど、幸せをあらわすたったひとつの世界共通語、それが笑顔なんです。東京で開催するMERRY FARMINGは、15年前に港区の港区文化芸術活動として採択されたプログラムで、港区NPO活動助成事業/2025 大阪・関西万博「TEAM EXPO 2025」プログラム・共創チャレンジとして実施しています。そのなかで私が意識していることは、“体験格差”をつくらないこと。暮らしに余裕がある人もそうでない人も、家族で体験しにきてほしい。そうすれば、笑顔のある場面には境遇の違いなんて関係ないことに、みんな気づけるんです。今日、ヒーロー、ヒロインになった子どもたちの感受性は昨日より豊かになっていると思いますし、笑顔の力はきっと明日からも周囲に伝播していきます。そんなMERRYのリレーがやがて日本中、いつかは世界中を覆いつくしてくれたら、いいですね」
たぶん、3歳のときからずっと変わっていないだろう笑顔で、水谷さんは語ってくれた。
text FRaU編集部
photo:横江淳
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