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病に倒れ、たどりついた─自然の力に委ねる「寺田本家」の酒づくり
病に倒れ、たどりついた─自然の力に委ねる「寺田本家」の酒づくり
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病に倒れ、たどりついた─自然の力に委ねる「寺田本家」の酒づくり

世界で生産される食料のおよそ3分の1が廃棄されているフードロス問題。一方で、世界には飢餓や貧困に苦しむ人たちがいます。食の問題は山積みですが、その解決へのヒントは私たちの近くにありました。もったいない精神をはじめ、素材と真摯に向き合う日本料理や発酵食。日本古来の文化や美学が、世界の食をつなぐ架け橋となるかもしれません。

効率重視、機械頼みのやり方から、人の手でおこなう古来の醸造に舞い戻り、力強い「自然酒」を醸す寺田本家。微生物の声に耳を澄ます酒づくりには、さまざまな命と共生するための、大切な知恵が詰まっていました。

人が関わり合うことで、
自然にいい循環を導く

2016年から、蔵つきの菌を培養した自家製の麹菌でおこなう麹づくり。麹菌が生き生きと働ける温度と湿度の麹室で、息を合わせて菌の入った缶を振る

江戸時代に創業してから350年近く、千葉県北部の神崎町に蔵を構える寺田本家。1985年頃から自然酒づくりに取り組み、それまで使用していた機械を一つひとつ止め、人工の乳酸菌や酵母を添加せず、蔵にすみつく微生物の力で発酵させる、昔ながらの生酛づくりの酒を醸している。いまでは、自社の田んぼで無農薬の酒米を育て、蔵つきの菌を自家培養した麹菌をつかうまでになった。蒸米と麹を摺り潰す酛摺りや三段仕込みの終わりには、微生物に語りかけるように唄で心を合わせる。自然とつながり合い、声なき声に耳を傾けて醸す酒は、ガツンとした生命力があって、複雑で面白い。神崎の土地が持つエネルギーそのもののようにも感じられる。

24代目の寺田優さん。奥には先代の写真が

このような酒づくりに転換したきっかけは、亡き先代の寺田啓佐さんが病に倒れたことにあると、24代目当主の寺田優(まさる)さんは言う。

優さんと、奥様で酒粕料理研究家の聡美さん。彼女は先代の娘でもある。神崎で生まれ育ち、優さんと寺田本家に新風を吹き込む

「それまで生酛づくりにも機械をつかっていましたし、失敗しないようにと酵母も仕入れて添加していました。当時の酒づくりは、いかに効率よく、生産性を上げて利益を出せるかだったんです。でも、右肩下がりの日本酒業界で経営が破綻しかけて、気持ちも疲弊していたんでしょうね。それが(先代の)腸が腐敗してしまう病気につながったんだと思います」

三段仕込みの、もろみづくり。自然のスピードに合わせ、急がず時間をかけて発酵するのを待つ

だが、病に倒れたことが酒づくりに風穴を開けた。発酵すれば腐らない。病床でそれに気づいた先代は身をもって、自然の調和を乱し、蔵の菌に不調和を生むことを積み重ねた愚行に気づいたのだった。それから少しずつ、自然に反することをやめていったという。

従来の日本酒の概念を打ち破る発芽玄米酒「むすひ」は、寺田本家らしい酒のひとつ。白米の代わりに玄米を使用し、1週間ほど水に浸けて発芽させ、原料に。伊勢神宮の古い文献の記述にヒントを得て誕生した

「効率的にではなく、昔のやり方でそのままやってみようと。文献を頼りに古来の方法を踏襲したら、きちんとお酒ができたんですよね。これでできるのなら、機械をつかわなくてもいいんじゃないかと。最初の頃は失敗もしましたが、そこから学ぶこともたくさんありました。酵母を添加しないと、自然に菌が入ってきて発酵し始めるまでに時間がかかる。どんな菌が入ってくるかもわからないけれど、コントロールしすぎず、自然に任せることで、自分の想像を上回るようなものができるという面白さもありましたね。いまは、いい環境を整えてあげたら、自然と発酵するんだということに自信を持っています」

酒づくりに必要な道具が整えられた清潔な発酵場

機械での管理に頼らず、あくまで自然の発酵を促すという仕込み場には、扉もシャッターもなく、朝夕、風が吹き抜けている。また、神経質になりがちな醸造の場において、訪れる部外者も排除せず、いろんな雑菌を喜んで受け入れている。そんな蔵はあまりない。

乾きやすく丈夫な麻布。大きな布は手に入りづらく、何代にもわたって、ほころびを繕いながら大切につかい続けている

「蔵自体が、森の中みたいになっていたらいいなと思うんですよね。森のようにいろんな菌がうじゃうじゃといるような状況なら、あまりよくない菌がやってきても、それだけが急激に増えることはないんじゃないかなと。人間も自然の一部で、菌の塊ですから」

麻布を広げたサナの上で蒸し上がった米を広げ、適温まで冷ます。後ろに並ぶ仕込みタンクにも、機械はいっさいない

2012年に先代が亡くなってからも、優さんはその遺志を継ぎ、なるべく昔ながらの自然な環境で、自分の手を動かす方法を選んでいる。そうした酒づくりは、とにかく手間がかかる。でも、だからこそ面白いのだと。その言葉どおり、先代は社長業に徹したが、優さんは杜氏も務め、自ら田んぼにも入る。

掛け声を出し合って熱々の米を受け渡し、まんべんなく広げていく

「大変さを、大変だと思うか、楽しいと思うか。肥料をやればお米が穫れる量が2~3割り増しになるし、農薬があれば雑草を取る手間がかからない。でもその分、稲が病気にかかりやすかったり、田んぼに人がいないことで野生動物がやってきて里山が荒れたりする。米づくりは、いかに田んぼに入るかだと思うんですよね。そして、そこにある土と水だけで育ったお米が、適正な量穫れればいい」

神崎神社には、国の天然記念物で町のシンボルでもある。通称「なんじゃもんじゃの木」も
いまはつかわれていない煙突。その奥に見えるのが、神崎神社のある森だ

人が田んぼに入ることで、生態系が守られる。酒づくりも同じで、蔵の裏手にある神崎神社の森から湧く水を汲み出せば、土が呼吸をし、草木を育て、多様な生物を育み、森に循環が生まれる。多いときには一日3000~4000リットルの水を酒づくりにつかうが、それだけつかってもまだ水が湧き出してくるのも、森が健やかに循環している証拠だ。

手で洗った米を入れ、最盛期には1トンを蒸す大きな甑こしき。白い湯気がもくもくと天井まで立ち上る。この壁や天井にも、たくさんの微生物たちがすんでいる

「自然というと『手つかずの』というイメージがありますが、人が関わるからこそ守っていける、人間が循環を導くような暮らし方もできる。人が心地よくつかうからこそ、生物たちも生きていけるし、菌もずっと元気に発酵して、水もこんこんと湧き続けてくれるんです。ご先祖様が神社を建てることで守ったこの森を、酒づくりをしているからこそ、また守れる。そういう循環ができたらなって」

甑からスコップで15㎏ほどの蒸米を入れ、その桶を担いでサナの上に広げる。行ったり来たりの体力勝負

人間も自然の一部として、森が循環し、微生物がやり取りする流れに関わる。自然と響き合う時を重ねることで、数字でコントロールするのとは異なる、目に見えない菌の活動を感じ、想像する感性を得るのだろう。

蔵の敷地にある、発酵文化のおいしい学びの場「発酵暮らし研究所&カフェうふふ」。酒蔵でつかってきた木の道具を再利用してリノベーションしている

「微生物は、自分たちが関わったことに対して、本当に素直に返事をして反応してくれるんです」と、優さん。神崎の森で生まれる命あふれる酒は、自然と折り重なり、共生する、ひたむきで豊かな時間の表れなのだ。

●情報は、FRaU2021年1月号発売時点のものです。
Photo:Masayuki Nakaya Text & Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子

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