海藻を取り戻してブルーカーボンを! 葉山の料理人と漁師の奮闘記【後編】
気候危機というグローバルな問題に、いま私たちは何をすべきなのでしょう。まずは、日本において、はじまっているさまざまな取り組みに注目。今回は、海を愛し、環境再生に力を注ぐ人たちに行ってきました。
海の環境を再生するために
海藻を養殖する技術を開発
漁師の長久保晶さんが感じている葉山の海の変化は、鹿島建設の技術研究所、葉山水域環境実験場の山木克則さんも実感していた。料理人の生江史伸さんは以前、海での活動を通して知り合った山木さんに、30年ほど前の神奈川県・葉山の海中写真を見せてもらったことがある。当時は視界が真緑色になるくらい海藻が茂っていたという。研究者として、定期的にいくつかのポイントに潜り、海藻の生育環境や海水温度、水質を調査する山木さん曰く、
「海の砂漠化、いわゆる磯焼け現象は、温暖化に伴う高水温化や、私たちのライフスタイルの変化も影響し、もとからある自然の回復力が低下、海藻の消失につながったのです。これはまずいと2019年の調査時にアラメの親株から成熟した葉を採取し、配偶体(海藻のタネに相当する)の培養試験を始めました」
翌年、その地域のアラメは完全に消失していた。山木さんは間一髪で採取できた葉から、ワカメの養殖で採用されているフリー配偶体技術(配偶体を培養液中で大量に増やすことも保存もできる)を試み、成功した。
「これまでの再生法は、海藻の移植や胞子の拡散が主流でした。ですが、その地域の藻場が衰退した場合は有効ではありません。フリー配偶体技術は一年中海藻の苗をつくれ、海に導入できるんです」
葉山固有の遺伝子を持つ海藻の種苗をつくり、地域の藻場を保全することが可能となった。
「より保全の意識を高めるためには、人が適切に利用するのがいいですよね。ワカメやヒジキほど一般的ではないけれど、藻場の形成に欠かせない大型海藻であるカジメやホンダワラだって、料理すればおいしく食べられるんです」と生江さん。山木さんは漁師にカジメやアラメを養殖してもらう試みもスタートした。
「この技術は、藻場の保全や養殖に適用すると効率よくブルーカーボンを生み出せるので、低炭素化社会への貢献につながります」
海に潜ることで自分と対峙し
自然の一部であることを知る
長久保さんや山木さんを生江さんに紹介したのが、フリーダイバーの武藤由紀さんだ。海藻の養殖現場を見たいとの思いからダイビングの資格をとる決心をした生江さんに潜り方を教えた。生江さんにとって武藤さんは、海のコミュニティをつないでくれた恩人なのだとか。
「生江さんはシュノーケリングも知らないところから始めて、いまやかなりハイレベル。実は必要なのは運動神経ではなく、海に身を委ねられるか、なんです。そのポテンシャルがあったんですね」と武藤さん。
「潜っていると、時間の感覚が変わります。自然は自分の都合どおりにはいかないから、スケジュールのズレなんてあきらめるしかない。それはネガティブなことではなく、ほかの動物のように自然を受け入れるということ」
そう話す生江さんにうなずく武藤さんも、以前はIT関連の仕事で多忙を極めていた。
「会社をやめて移住し、ダイビングに真剣に向き合うようになったら、自分は自然の一部なんだと、当たり前のことを強く感じるようになりました。この意識を次の世代に引き継いでいくことが使命です」
世界大会で結果を残すような選手であるにもかかわらず、武藤さんから感じられるのは張り詰めた緊張感よりもしなやかな柔軟性。曰く「私は潜ることを通して、技術だけでなく海の環境問題を自分ごととして捉える人を増やしていきたいんです」。
生江さんもまた同じ思いを抱いている。
「海の問題は深刻ですが、勉強会や保全活動に参加するだけでなく、もっと体で感じて海の素晴らしさを知ることも大切。そうすれば自ずと環境問題にも興味がわくはずだし、海を大事にしたいと思うようになる。まずは遊ぶことから。海を知り、それがやがて環境の再生につながっていくと信じています」
PROFILE
生江史伸 なまえ・しのぶ
「L’Effervescence」のエグゼクティブシェフ。2018年アジアのベストレストラン50でサステナブルレストラン賞受賞。ミシュラン三ツ星、グリーンスターを獲得。「bricolage bread & co.」の運営も手がけている。海が近い鎌倉へと住居を移し、東京大学大学院で農業・資源経済学を専攻。
●情報は、『FRaU SDGs MOOK 話そう、気候危機のこと。』発売時点のものです(2022年10月)。
Text:Shiori Fujii Edit:Chizuru Atsuta
Composition:林愛子