ノルウェー・オスロは“芸術のまち” 美しいサーモンを食べて「オペラハウス」「ムンク美術館」を訪ねる【第3回】
夏はフィヨルド(入り江)がまぶしく、冬はオーロラが輝くノルウェー。今回はスカンジナビア航空でデンマークのコペンハーゲン空港まで12時間、さらに飛ぶこと2時間で到着する首都・オスロを、ライターの矢口あやはさんが訪れました。機内泊も含めて3泊5日の旅。でも、オスロのまちはコンパクトだから十分楽しめます。オスロはまるで未来都市のようでもあり、北欧らしいサステナブルなアイデアやかわいいデザインにあふれるまちであり……。幸福度ランキング上位国で見つけた、私たちの明日を豊かにする幸せのヒント。第3回目は、食を含め、まちじゅうが“芸術”であふれるオスロで見逃せないアートスポットをめぐります。(上写真:ノルウェー名物のサーモン。レストラン「ロフォーテン」ではアスパラガスとニョッキを従えて登場)
屋根に登れるオペラハウスへ! 「アートと生きる」という価値観

「ここ、登っていいの?」そんな声がつい出てしまう絶景スポット「オペラハウス」。白い斜面が屋根へと続く。設計は、環境や社会的な文脈を重んじるデザインで鳴らすノルウェーの建築事務所「スノヘッタ」
氷山のように白く輝く斜面を、大人も子どもも犬も自由に歩いている。その向こうには青い海。ここは再開発されたヴィヴョルカ地区にある「オペラハウス」。2008年にオープンしたノルウェーの国立オペラ&バレエの本拠地だ。
白い床材は、イタリアから輸入した大理石だというから贅沢。夏になれば、オペラハウスの前で音楽会が開かれ、大理石の斜面は観客席に早変わりする。
「木、石、金属のように自然素材をありのままに活かしながら建てるのが北欧建築の特徴なんです」と、オスロに暮らして40年になるという現地ガイドのチェルナス・克美さん。
「ノルウェー建築では、外からどう見えるかよりも、つかう人がいかに気持ちよく過ごせるかが先決。だから、色彩は控えめでシンプルなデザインになることが多いですね。結果的に、どんな建物もまわりの景色によく溶けこみ、美しく見えるのだと思います」(チェルナスさん)

「オスロ空港」も北欧建築の代表格。有機と無機、直線と曲線……一見相反するものが融合している
オスロでは、モダンで美しい建築はもちろん、絵や銅像などいろんなアートを見かける。ノルウェーは文化政策として「パーセント・フォー・アート」制度を採用しており、学校や病院などの公共建築で予算の約1%をアートに充てている。

オスロは銅像がたくさんあって必ず頭に鳥がとまっている。日替わりの帽子みたいでかわいい
アートに税金がつかわれるのはアリなの? 地元の人にそう聞くと、「サバイブ(生存)には要らないけど、ライブ(生きる)には絶対ほしい」と力強く言われて納得した。
旅先のポストカードを部屋に飾ったり、庭の花を摘んで生けるのも、ひとつのアート。靴の修理のプロが見せる華麗な針さばきも、過酷な環境に耐えうるようにつくりこまれたウェアも、やっぱりアート。道路の向こう側を見つめているだけで、「どうぞ、横断して」と必ず止まってくれる車のやさしさも、もはやアートの域かも。ノルウェーは、かわいくてかっこいいアートであふれている。
効率や生産性だけでは測れない“生きる”ことの豊かさ。それこそが幸せの源泉だと、このまちは教えてくれる。

“オスロのお台場”「アーケルブリッゲ」もアートの宝庫。デザインの異なるビルが絶妙に調和する光景は圧巻

アーケルブリッゲの遊具。巨大なロブスターの口から飛び出してくるちびっ子がかわいい
アートといえば、“おいしい”芸術品も見逃せない。アーケルブリッゲ・マリーナの揺れるヨット群を目前にのぞむレストラン「ロフォーテン」では、魚介を中心としたスカンジナビア料理がいただける。

フィヨルドの涼しい潮風が吹き渡るレストラン「ロフォーテン」。ノルウェー北部にあるロフォーテン諸島に由来する

新鮮なバジルペーストの海にピンク色のトラウトが泳ぐスープ(左)。濃厚なダークチョコレートのデザート
周りを見ると、地元人らしき一団はエビが山盛りになった大皿を囲んでいた。手づかみでモリモリ食べては、白ワインをぐびっ。なんと豪快な食べっぷり! オレンジ色に茹で上がったエビが輝いて見えた。

おいしいといえば、ノルウェーを代表するチョコメーカー「フレイア」のお菓子も見逃せない。スーパーにたくさんあってバラマキ土産にもぴったりだ
『叫び』だけじゃない! 絶望と希望に満ちたムンクの世界

2021年にリニューアルした「ムンク美術館」。オペラハウスのすぐそばにある
「え、ムンクの『叫び』を見たいって? どの叫び? いっぱいあるけど」と地元っ子にいわれたとき、意味がわからなかった。ご存じでしたか? あの絶叫フェイスに5点ものバリエーションがあることを。
世界的に知られる画家エドヴァルド・ムンクは、ノルウェー出身。例の『叫び』は現在、オスロ市内の「ムンク美術館(MUNCH)」で3点、「国立美術館」で1点が公開されている。せっかくだから、今回は「ムンク美術館」の方へ。
ここは、一人の芸術家に特化した美術館としては世界最大級で、約2万8000点もの彼の作品を収蔵している。入館したら、何はともあれ4階へ。愛、嫉妬、孤独、死……ムンクが描いた12のテーマをめぐる展示が並び、有名な「叫び」もこの一角にある。

1906年に描かれたムンクの自画像。当時43歳
「ムンクは死や孤独、恐怖と向き合い続けた人でした。病弱な少年時代を送り、身近な人びとの死も経験しながら、繊細な感受性とともにありつづけました」と教えてくれたのは、学芸員のトニエ・リエベルグさん。
「彼が生きたのは、現実を写実的に写しとる画風が一世を風靡(ふうび)していた時代。でも、彼が描いたのは風景ではなく“感情”だったんです。気持ちや心を大切にする画家だからこそノルウェーでも変わらず人気があり、時代や国を超えて愛されるのだと思います」(トニエさん)

目前で見られるテンペラ・油彩の「叫び」(左)。同時期に描かれた「不安」(右)も近くに展示されている
油彩、テンペラ、クレヨン…。「叫び」の連作は、同じモチーフでも色や構図、表情などが微妙に違う。揺れる感情をとらえようとして、何度も筆をとったのだろうか。
ムンク美術館では3つの「叫び」を所蔵し、30分ごとに交代で1点ずつ公開する仕組み。作品の劣化を防ぐため、また過去に盗難にあった苦い経験に基づいて、この展示法に落ち着いたらしい。
彼が描く人生の苦しみにもつい共感してしまう……が、5階に上がると印象は一変。人生の後半で描かれた作品群は、とにかく明るい。

まばゆさに圧倒されるでしょう?」とトニエさん。長く暗いトンネルを抜けたような作品が並ぶ
人生の重荷を下ろしたような、病が快癒したような、美しく輝く光のダイナミックな筆致に思わず胸が熱くなる。人の生が持つ希望、そして苦しみの先にある幸せの形を見た気がした。

1階のカフェで見かけた“叫びクッキー”。ミュージアムショップにもノートやアクキーなどの叫びグッズがある

北欧最大級の規模を誇る「国立美術館」。ムンクをはじめ40万点の収蔵数を誇る、圧巻のアートスポットだ
さて、オスロのアートスポットといえば「ヴィーゲラン彫刻公園」も見逃せない。見どころは、「さっきまでふつうに生活していたのに、突然銅像にされました」といわんばかりの生き生きとした人びとの彫刻212点だ。

24時間オープンしている無料の大型彫刻公園。“ナニコレ珍百景”の趣があって歩くだけで楽しい
製作したのは、ノルウェーではもっとも有名な彫刻家、グスタフ・ヴィーゲラン。ムンクと同時代である1869年に生まれた彼は、オスロ市の援助のもと、1943年に没するまでの人生最後の20年間をこの公園づくりに捧げたんだとか。

人気No.1の銅像は「おこりんぼ小僧」。モデルの幼児にお菓子をあげて取り上げたらこの姿になったと伝わる。お手本のような地団駄(じだんだ)
彫刻のなかには、重く巨大な球体を複数の男たちが背負う像もある。「この感覚はとてもノルウェーらしいと思います」と、現地ガイドのチェルナス克美さん。
「環境は過酷で、物資は乏しく、人手も足らない。そんな状況では、もし誰かの体が弱ってしまった場合、その家族や隣人たちだけでは支えきれないケースが出てきます。では、みんなが等しく幸せになるにはどうすればいいのか? そう考えた末に、すべての国民に高い税金を課し、いざというときは誰もが手厚い福祉を受けられるようにするという、いまのスタイルにたどり着いたんです」(チェルナスさん)
ヴィーゲランがこれらの制作に打ち込んだのは1920年代頃で、当時のノルウェーに漂っていた空気やカルチャーが見えてくる。ちなみに全員ハダカで、文字どおり何も包み隠さない。ダイナミックな感情のほとばしりを浴びる、貴重な体験ができるはずだ。
Photo & Text:矢口あやは