ベートーヴェンの故郷ドイツ・ボンで、その足跡と世界遺産の名城を訪ねる
「父なるラインVater Rhein」と呼ばれ,古来ヨーロッパの政治,経済,文化に多大な役割を果たしてきたライン川のほとりに広がるまち、ボン。かつて西ドイツの首都として栄え、ベートーヴェン生誕の地としても知られるこの地には、豊かな歴史と文化芸術が息づいています。約20の国連機関が拠点を置くボンは、“持続可能な未来を形づくる発信地”でもあります。次の時代へと歩みを進めるボンの“いま”を訪ねます。
ロココ様式建築の最高傑作

ローマ帝国の駐屯地として始まったボンは、2000年以上の歴史を誇る。1949〜1990年は西ドイツの首都として栄え、ドイツ統一後から1999年までは政府所在地として重要な役割を担ってきた。
旧首都時代の名残りはいまも随所に残っており、官庁街に佇む「ハンマーシュミット・ヴィラ」もそのひとつ。1860年代に富豪ハンマーシュミットの私邸として建てられ、1950年から西ドイツ連邦共和国大統領の公邸として使用されてきたため、「ボンのホワイトハウス」とも呼ばれている。現在は大統領の第2公邸としてつかわれ、滞在時には大統領旗が掲げられる。事前に予約すれば、館内の一部を見学できる(入館時に身分証明書の提示が必要)。

ハンマーシュミット・ヴィラは歴代ドイツ大統領の公邸、執務の場として使用され、チャールズ皇太子とダイアナ妃、明仁上皇など多くの要人を迎えてきた。ホワイエや応接間に飾られた絵画や写真のほか、壮麗な庭園も見どころのひとつ。ドイツ大統領が象徴する栄華の歴史と、その舞台裏を垣間見られる。

ボン中心部から公共交通機関で約30分、小さな町・ブリュールに向かう。まちに入ると突如現れるのが「アウグストゥスブルク城」だ。この壮麗な宮殿は18世紀初頭につくられ、1994年までは迎賓館としてつかわれていた。ドイツ・ロココ様式建築の最高傑作のひとつに数えられ、ユネスコの世界遺産にも登録されている。

城内最大の見どころは、バロックの時代からロココへと建築様式が移り変わるさまがうかがえる階段ホール。18世紀、南ドイツを中心に活躍した建築家バルタザール・ノイマンによる、螺旋を描きながら流れる曲線美と天井のフレスコ画は見る者を圧倒する。
青と白のオランダ製タイルが敷きつめられ、涼しげな空間が演出された夏用の部屋や、左右対称に設計された整形式庭園と森が調和する庭園も必見。人工美と自然美が混然一体となった景観は見事だ。かつて多くの要人を迎え入れたこの城は、250年を経っても輝き続けている。
「ベートーヴェン・ハウス」で、日本人演奏家のピアノに聞き惚れる

ボンが生んだ偉大な音楽家、ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン。まちのあちこちにモニュメントやゆかりの地が存在する。生家は旧市街の中心にあり、現在は記念館「ベートーヴェン・ハウス」として膨大な資料を所蔵する。

ベートーヴェン自筆譜。ピアノとチェロのためのソナタ第3番 op.69。
何度も書き直した跡を目にすると、あの肖像画のベートーヴェンが実在していたことをあらためて実感する。その筆跡から、湧き上がる感情をそのまま譜面に叩きつけていた往年の姿が見えてくるようだ。
若き日のベートーヴェンが国民劇場で演奏していたヴィオラ、生前最後に使用していたピアノ、自筆のソナタ『月光』や交響曲『田園』の楽譜など音楽マニア垂涎(すいぜん)の品々から、補聴器、筆談帳といった数々の日用品、手紙などが展示されてもいる。稀代の天才の創作活動に触れられる、貴重な場所だ。

ドイツ在住のピアニスト坂巻 貴彦さん
ベートーヴェン・ハウスでピアノリサイタルを鑑賞する機会にも恵まれた。演奏を務めたのは、ドイツを拠点に活躍する日本人ピアニスト・坂巻貴彦さん。「えっ、こんなすごい場所で日本人が!?」と驚き、なんだか誇らしかった。曲目は『ソナタ 悲愴』。激しい情熱と深い抒情をたたえた演奏には、観客から大きな拍手と喝采が送られていた。

まちの中心マルクト広場
ボンには、「国連環境計画」や「国連森林プログラム」など多くの機関が集まる「国連キャンパス」があり、SDGsの実現に向けた国際的な活動の拠点となっている。「持続可能なボン」というスローガンを掲げ、2045年までの気候中立(温室効果ガス排出を実質ゼロにすること)達成を目指して市民参加型の取り組みを推進中。もともとボンは温暖な気候で緑が多く、暮らしやすいまちとして知られていたが、いまは“より緑深く、より静かで、より公平で、誰にとっても住みやすいまち”を目指して歩みを進めている。
2019年にはモビリティ、気候とエネルギー、自然資源と環境、仕事と経済、社会参加とジェンダー平等の6つを重視した独自の「サステナビリティ戦略」を策定。現在、それぞれの分野でプロジェクトやプログラムを立ち上げ、市民の積極的な参加を得ながら、持続可能な都市づくりを推進している。また、830以上の自治体が加盟するフェアトレードタウン・ネットワークやドイツ・バイオシティ・ネットワークに加盟し、保育所、学校、公共機関におけるオーガニック食品の普及やキャンペーン活動、教育活動にも注力しているという。伝統と未来への取り組みの共存を、まちのあちこちで感じられた。
協力:ドイツ観光局 photo&text:鈴木博美