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世界遺産・熊野古道「千年の道を歩いて感じる永遠の旅」【前編】
世界遺産・熊野古道「千年の道を歩いて感じる永遠の旅」【前編】
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世界遺産・熊野古道「千年の道を歩いて感じる永遠の旅」【前編】

古来より数えきれないほどの人々が歩いてきた和歌山県の熊野古道。今日では、熊野古道を象徴する苔むした石畳道や、豊かな自然を楽しめるハイキングスポットが「癒やしの道」としても親しまれるようになり、海外でも高い評価を得ています。その一方、人口減少や農林業の衰退で、地域住民が熊野古道の修繕をする「道普請(みちぶしん)」の文化が存亡の危機にあります。トラベルライターの鈴木博美さんが、熊野古道を後世に引き継いでいくための取り組みについて取材しました。

「歩ける世界遺産」を体験できる聖なるスポット

熊野古道とは、日本の各地から和歌山県にある熊野三山(熊野速玉大社、熊野那智大社、熊野本宮大社)を目指した巡礼者が歩いた巡礼の道のこと。全長およそ1000km。京都、吉野、高野山、伊勢の各地から、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社の三山に向かう巡礼道の総称で、大きく分けると6本の道で構成されている。

奈良時代から平安時代にかけて、熊野は仏教、密教、修験道の聖地になっていった。熊野は「よみがえりの地」といわれ、救いを求めて多くの人が山深い地を目指した。険しい自然は修験者たちの修行の場となり、平安時代の末期には「浄土への入り口」として、皇族や貴族がこぞって熊野詣を行った。江戸時代に入るとそれは庶民にも広がり、連なって歩くようすが「蟻の熊野詣」と呼ばれるほど、多くの人がこの道を歩いた。

その道のりは険しく、厳しい苦行の果てには悟りが開けると信じられている。長い時間をかけて、数え切れないほどの多くの人たちが踏みならし、整備してきたからこそ、私たちは同じ道をいまも歩くことができる。熊野は千年の昔から、女人や病人でも、詣でるすべての人を受け容れてきた。異なる宗教でさえ認めあってきた地で、紀伊エリアには熊野、吉野、高野、伊勢という4つの聖地が共存する。まさに、日本人の多様への受容を示す象徴的な場所といえるのだ。

神仏習合の宗教文化とその発展、紀伊山地の豊かな自然のなかで育まれた文化的景観は、世界でも類のない資産として高い評価を受け、三重、奈良、和歌山県にまたがる熊野三山、高野山、吉野・大峯の3つの霊場とそこに至る参詣道は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として2004年に世界遺産に登録されている。

今回は熊野古道中辺路ルートでとくに人気のコース、発心門王子(ほっしんもんおうじ)から熊野本宮大社までの、約7㎞を歩いた。この道は緩やかな下りが多く、バリエーション豊かな景色を楽しめるのが魅力だ。

発心門王子社に入ると、熊野の聖域となる。朝の柔らかな木漏れ日が心地よい。熊野古道には御子神が祀(まつ)られてい王子社(おうじしゃ)が設けられ、100ちかくもの王子社があるといわれる。平安時代には人々がそこで神を讃える和歌を詠んだり、神楽を舞ったりしたそうだ。

道沿いには廃校になった小学校や民家が飼うヤギ、赤い前掛けのお地蔵さんなどが佇み、古道歩きを楽しませてくれる。

里山の奥には果無(はてなし)山脈が連なり、おだやかで美しい風景に癒される。熊野古道は信仰の道というイメージがあるが、古道沿いに点在する集落の生活道でもあった。熊野古道が今日まで残されてきた理由を語る際には、この地に暮らしてきた人々の存在が欠かせない。

道中にある王子にはスタンプ台が設置されており、スタンプを集めながら歩くのも楽しい。大社の社殿を伏し拝んだといわれる伏拝王子(ふしおがみおうじ)では、鳥のさえずりを聴きながらひと休み。関所や茶店があった史跡をたどり、いにしえの参詣者に思いをはせる。コースのクライマックスは、熊野古道らしい石畳の階段を進み、道の外れにある展望台から熊野本宮大社の旧社地「大斎原(おおゆのはら)の大鳥居」と熊野連山の雄大な景色が見えたら、ゴールは、もうすぐだ。

発心門王子から出発して蘇生の森を歩き、いにしえの参詣者と同じ道を踏みしめ、自分の足で熊野本宮大社に到る達成感。シダと杉が生い茂る神聖な森に、心が洗われる。

「体験」を通じて熊野古道を次世代へつなぐ

今回のコースは熊野古道初心者でも楽しめる。適度に整備された道でとても歩きやすいからだ。約3時間の行程だが、景色を楽しみながらムリなく歩ける。

熊野本宮大社の道向かいに建つのは、スギ材の外観が美しい世界遺産熊野本宮館だ。このなかに、和歌山世界遺産センターがある。ここでは、世界遺産、紀伊山地の霊場と参詣道をより深く知るための展示で情報発信しながら、次世代に継承していくための啓発や保全活動をしている。世界遺産の一部、熊野古道を次世代へ継承していく取り組みについて、同センター主査の金井直大(なおひろ)さんに話を聞いた。

「この一帯は雨量が多く、台風などの被害にも見舞われるため、道の傷みが随所で確認されています。多くは山道で狭いため、修復は人力に頼るほかありません。こうした条件下で古道を保存し、次世代に引き継いでいくためには、多くの人の理解と協力が不可欠です。そこで、全国の企業や学校に、参詣道の修復活動にボランティアとして参加していただく道普請を実施しているのです」(金井さん、以下同)

和歌山世界遺産センター主査の金井直大さん

「道普請では、世界遺産センターの職員による世界遺産講座をおこなったうえで、古道の維持修復活動に携わっていただきます。2009年のスタート以来、延べ約3万5000人が清掃や土入れ作業をおこなってきました。自分たちの手で世界遺産を守るという体験が、次のアクションへとつながってくことを願っています」

今後は、10万人の道普請を目標に活動を続けていきたいという。また、次世代育成事業として、和歌山県内の学校等の児童・生徒に世界遺産について学べる講座開き、熊野古道を歩く「参詣道ウォーク」や、道普請なども実施している。

世界遺産に登録されていれる「道」は、世界に3つしかない。フランスとスペインでそれぞれ登録されている「サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路」と、日本の「紀伊山地の霊場と参詣道」、つまり熊野古道だけだ。登録数は3つでも、実際の道としては2つともいえる。貴重な「歩ける世界遺産」を、ぜひ一度は体験いただきたい。

取材協力:和歌山世界遺産センター、熊野本宮観光協会

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