Do well by doing good. いいことをして世界と社会をよくしていこう

“修行が日本一厳しい”と噂の福井・永平寺で「起きて半畳、寝て一畳」生活を体験!
“修行が日本一厳しい”と噂の福井・永平寺で「起きて半畳、寝て一畳」生活を体験!
TOPIC

“修行が日本一厳しい”と噂の福井・永平寺で「起きて半畳、寝て一畳」生活を体験!

福井県の山奥深くにある、仏教・曹洞宗(そうとうしゅう)の大本山、永平寺(えいへいじ)。1244年に道元禅師が開いた禅寺であり修行道場で、いまもたくさんの修行僧が厳しい日修行に励んでいます。同寺では、こころとからだを整えるための、初心者も参加できる1泊2日の「参禅体験」を提供。日々の生活に追われ余裕を失っている筆者も、現状をリセットすべく、自然と共生し、ムダを省く禅の暮らしを体験してきました。

230枚の「花鳥彩色天井画」に圧倒される

福井県の北部、吉田郡永平寺町にある永平寺は、ただの伝統ある大きな禅寺ではない。とにかく、そこに住み込みで修行する若者たち=修行僧にとって、きわめて厳しい修行道場として知られている。ときに“日本一厳しい修行場所”として、これまでたびたびメディアにも取り上げられてきた。清冽な空気に包まれた永平寺は、パワースポットとしても有名で、33万㎡というとてつもない広さの境内には、修行僧たちが暮らしたり修行する建物=伽藍(がらん)が70以上もある。初めて永平寺を訪れて、それらを網羅し理解することはかなり難しいので、ぜひガイドツアーへの参加をオススメする。筆者が参加したツアーでは、「永平寺案内人」志賀敏男さんが修行僧の暮らしぶり、長年伝えられてきた思想や教えなどを解説しながら、境内の各伽藍を一緒に回ってくれた。

大本山永平寺認定の「永平寺案内人」志賀敏男さん

境内の中心にある「七堂伽藍(しちどうがらん)」は、道元が修行した中国・天童山景徳寺を模して建てられた建物群。それらは、座禅をするお釈迦様の各部位になぞらえられ、もっとも高い位置にある法堂(はっとう)がお釈迦様の頭、その下に位置する仏殿は心臓、僧堂と大庫院は両手、東司(とうす/便所)と浴司(よくす/風呂)が両脚とされている。伽藍と伽藍をつなぐ廻廊は、行き交う僧侶の袈裟(かさ)が擦れあわない(触れない)ように、左側通行と決められていたという(志賀さんの受け売り)。

格天井造りの大広間。天井画が圧巻だ

参拝ルートの最初のほうに現れるのが、1930年(昭和5年)に建てられた「傘松閣(さんしょうかく)」。2階にある156畳の大広間は、その広さもさることながら、天井画が圧巻! 昭和5年当時の著名な画家144名が描いた、230枚もの四季の花や鳥たちが精緻な筆致でいきいきと表現されている。

「なかでも注目は、5種類の動物が隠された5枚の特別な絵。2匹の鯉、2匹の唐獅子、そして1匹のリスとブドウの絵があるんですが、どれかわかりますか?」(志賀さん、以下同)

その問いかけに、ツアー客たちがいっせいに反応。みんな天井を見上げて、動物たちとブドウを懸命に探し始めた。静かな空間に漂うこの熱気、不思議なギャップだ。

この「山門」から修行が始まる

山門の両脇に安置されている仏教の守護神、四天王像

傘松閣の次に向かったのは、参拝のメインともいえる七堂伽藍。廻廊をめぐりながら、各伽藍を拝観する。これら伽藍は、過去に何度も火災に見舞われ、改築や再建、さらには増築がおこなわれてきた。現存する七堂伽藍のなかで一番古い建物は、1749年に再建された「山門」だ。この福井県最大の禅宗様二重門の下層には四天王「持国天」「多聞天」「広目天」「増長天」が、上層には「五百羅漢」が祀(まつ)られている。釘や金具をつかわない木組みは、まさに匠の技。柱や梁にまで、その精巧な仕事が光る。

「山門は修行僧が入山するときと、修行を終えて下山するときにしか通れない特別な門です。毎年2〜3月になると、入門を希望する若者たちが雪深い石段を登り、この山門の前にやって来ます。入門希望者は、木の板を3回打ち鳴らし、来訪を告げ、修行の志を表します。寒さ厳しいなか、永平寺から入山許可が下りるまで何時間もこの山門前で待たされることもあります。入門希望者は、ここでその覚悟が試されるのです」

僧堂。修行僧一人ひとりに一畳ほどのスペースが与えられ、そこで生活する

修行僧たちが日々の生活を送る「僧堂」も、入り口付近から覗かせてもらった。

「修行僧らは『雲水』とも呼ばれます。雲のようにとどまらず、 水のように流れゆくことに由来しています。特定の場所にとらわれず、ひたすら修行に励む姿勢を表した言葉。僧堂は『雲堂』ともいわれています。僧堂に足を踏み入れられるのは雲水のみで、一般の参拝者は入れない聖域です」

永平寺では、日々の暮らしそのものが修行。雲水たちには一人一畳分の「単(たん)」と呼ばれるスペースが与えられ、その上で坐禅を組み、食事をし、眠りにつく。生活のすべてが、この一畳に凝縮されている。「起きて半畳、寝て一畳」とは、まさにこの場を表す言葉なのだ。

永平寺を象徴する長い階段廻廊

各堂は山の斜面に沿って建てられ、屋根つきの回廊で結ばれている。木の香り漂う長い廻廊の床は日々の修行で磨きぬかれていた。建物は入り口から山頂に向かって続いており、急勾配の階段は参拝客にとってはまるで登山。足を運ぶにつれ汗が出てくる。格子の窓ガラスも斜面に合わせて、斜めにカットされていた。

国指定重要文化財の仏殿

七堂伽藍の中央にある仏殿は、永平寺の精神を体現する静謐(せいひつ)で神聖な祈りの場。過去、現在、未来を表す「三世如来」が安置されている。正面には「祈祷」の額が掲げられ、昼や晩のおつとめでは、世界平和や万民安楽が祈念される。

典座寮、副寺寮(ふうしりょう)などが入る大庫院

大庫院(だいくいん)は地下1階、地上4階の木造の建物。1階には、修行僧や雲水の食事を支える厨房=典座寮(てんぞりょう)がある。

「食事をつくるのは雲水たちの役目。道元禅師は食事の作法をとても大切にしました。食を整えることは、命を預かる大切な務め。小食(朝食)の準備は、通常の起床時間である午前4時より2時間早くからはじまります」

典座寮の入口付近に、巨大な「すりこぎ棒」が掲げられていた。もともとは明治時代の建設工事の際に地面を平らにするために用いられた木製道具だったという。それがキレイに彫られて、すりこぎ棒にアップサイクルされた。これには「修行するうちに困難に直面しても、誰かの役に立つことを忘れないように」という教えが込められているそうだ。参拝者たちはこのすりこぎ棒に触れ、「料理がうまくなりますように」と願うという。

雲水が雲板(うんぱん)を打って食事の時を知らせる

「厨房がある庫院、浴室、そしてトイレにあたる東司(とうす)が七堂伽藍に含まれているのは、坐禅だけでなく、食事や排泄といった日常のすべてが修行であるという、道元禅師の教えに基づいています」

七堂伽藍に秘められた思想や、作法の意味を詳細に解説してくれるガイドツアー。永平寺探索を何倍にも楽しめるから、訪れた際にはぜひ参加してみて!

──参禅体験レポートに続きます──

photo&text:鈴木博美

Official SNS

芸能人のインタビューや、
サステナブルなトレンド、プレゼント告知など、
世界と社会をよくするきっかけになる
最新情報を発信中!