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形を変え、世界に羽ばたく折り鶴たち――平和を祈る広島ならではのSDGs(後編)
形を変え、世界に羽ばたく折り鶴たち――平和を祈る広島ならではのSDGs(後編)
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形を変え、世界に羽ばたく折り鶴たち――平和を祈る広島ならではのSDGs(後編)

広島市の平和記念公園内にある「原爆の子の像」には、原爆の犠牲者の冥福を祈るとともに、平和を願って折られた鶴が世界中から捧げられます。その量は年間およそ10トン。広島市は、その折り鶴に託された思いを昇華する取り組みとして、希望する団体や個人に無償で折り鶴を配布してきました。もらわれていった折り鶴たちは、どんなふうに形を変えて昇華されているのでしょうか。

―――前編はこちらーーー

タオルや陶磁器にも生まれ変わる

広島市は、2012年(平成24年)度から、折り鶴の再生事業をスタートさせた。「折り鶴を昇華する取り組みを主体的に行おうとする個人や団体に、折り鶴を無償で配布する」というプロジェクトである。

手を挙げた個人や団体は、それぞれに創意工夫して折り鶴の再生に取り組んでいるが、もっとも多いのは、再生紙に関わる取り組みだ。市から譲り受けた折り鶴を、自社で再生紙として甦らせている企業もあれば、そうした企業から折り鶴の再生紙を購入し、ノートやメモ帳などの紙製品を製造販売しているところもある。

いずれにせよ、折り鶴の再生紙は、ひと目でそれとすぐわかる。紙の製造元や種類によって若干の違いはあるものの、少しベージュがかったり、グレーがかったりしているベースの紙に赤、ピンク、青、緑……と色とりどり、折り鶴の小さな破片が、そこここに混じっているのが特徴だ。

折り鶴を使った再生紙は、ベースの紙の中に、カラフルな破片が混じっているのが特徴。この破片こそが、折り鶴に使われていた色折り紙だ。写真は、木野川紙業が開発した折り鶴再生紙「平和おりひめ」の和紙バージョン。

「折り紙のカラフルな破片は、一般の再生紙で言うなら『ゴミ』で、本来なら取り除かなくてはならないものなんです。それをあえて残して、美しい再生紙を作る。これがけっこう、難しいんですよ。つきあいのある製紙会社に協力してもらって試行錯誤を重ね、完成までには3年かかりました」

そう語るのは、地元広島の木野川紙業株式会社・営業部の中川悦陽さんだ。折り鶴の再生紙を製造している企業・団体はいくつかあるが、木野川紙業はその先駆け。早くから再生に取り組み、オリジナルの折り鶴再生紙「平和おりひめ」を開発した。

再生された紙は、別の企業や団体に買われて、ノートやハガキなどの紙製品として販売されている。さらに広島市の公立学校の卒業証書に採用されたり、アメリカのオバマ前大統領やローマ教皇が広島の原爆資料館を訪れた際の芳名録に使われたりもしている。

鶴を連ねてある糸やビーズ、ステイプラ−の芯などの異物、再生紙として使えない金紙、銀紙、不織布で折られた鶴などは、人の手で丁寧に取り除かれる(この作業は、多くの場合、障害者の就労支援施設などで行われている。つまり折り鶴の再生事業は、障害者の雇用にもつながっている)。その後、折り鶴は巨大なミキサーに投入され水と攪拌、溶かされて再生パルプのもととなる。

「折り鶴再生紙をつくるのは、普通の再生紙よりもはるかに手間がかかりますから、どうしても一般のものより割高になってしまいます。それでも、人気が高いのです。見た目が美しいというだけではなく、鶴に託された平和への思いや、昇華の取り組みに、皆さん賛同してくださっているからではないでしょうか。ちなみに弊社では、収益金の一部を広島市の平和推進事業に寄付しています。他社でも、同じような取り組みをされているところが多いと思いますよ」(中川さん)

折り鶴に使われた折り紙が別の紙へと生まれ変わるーー。とてもイメージしやすいが、折り鶴昇華の取り組みは、それだけではない。折り鶴は、タオルや手ぬぐい、Tシャツなどの布製品にも生まれ変わっている。そこに取り組むのは、やはり広島の企業、山本株式会社。タオル製品の企画製造・卸しを手掛ける会社だ。

「再生パルプ工場、紡績会社と協力して、『折り鶴レーヨン』を開発しました。企業秘密なので詳しくは申し上げられませんが、まず折り鶴をドロドロに溶かしてパルプ化します。ここまでは再生紙を作る工程と同じなのですが、そのパルプに木材ビスコースを混ぜてレーヨン糸をつくるんです」(代表取締役・山本英則さん)

「折り鶴レーヨン」を使って製品化されたハンカチ、タオル、バンダナなどのグッズ。これらは広島らしい品として、市内の土産物店などで販売されている。山本のホームページでは、折り鶴レーヨンを使ったオリジナルタオルの受注も。

折り鶴レーヨンは、各種の紡績糸に加工されてから織られ、タオルなどになる。山本では、それらを自社製品として販売するほか、企業やホテル名などがオリジナル製品も手掛けている。

「『紙が原料の糸でつくったタオルなんて、濡れたら溶けちゃうんじゃないの?』とは、よく聞かれます。そのたび『決して溶けたりしないので、ご安心ください』と答えているんですよ(笑)」(山本さん)

「世界中でうちだけがつくっている」(山本さん)という折り鶴レーヨン。過去には、スペインのアパレルブランド・シビラに採用されたこともあるという。

広島に捧げられた折り鶴は、磁器にも形を変えている。

折り鶴の昇華方法としては、「お焚き上げ」も行われている。厳島神社で知られる広島県廿日市市の宮島には、大聖院という由緒正しい寺院があり、そこで定期的に折り鶴が焚き上げられているのだが、その際に出る灰を用いて磁器がつくられているのだ。制作しているのは、宮島の対岸にある窯元「対厳堂」の三代目当主で陶芸作家の山根興哉さんだ。

「折り鶴の灰で釉薬(ゆうやく=うわぐすり)をつくることを思い立ちました。もともと釉薬は灰でできていますから、不可能ではないと思ったのです」(山根さん)

とはいえ、紙を燃やした灰から釉薬をつくるなど前人未到。山根さんは、自分の経験と勘だけを頼りに、配合する他の成分との割合を変えた釉薬の試作品を何種類もつくり、実際に磁器にかけて焼くーーという作業を何度も繰り返したという。

やっとのことで完成したのが、折り鶴の形をした白磁の香炉だ。

折り鶴をお焚き上げした灰を釉薬に使って制作された「折鶴灰釉香炉 祈り」は、岸田文雄首相がローマ教皇に贈ったことでも知られる。この窯元の作品は、すべて「お砂焼」と呼ばれる伝統的製法の陶磁器。厳島神社本殿下の「神聖な砂」を混ぜた土が使われているという。
 

「折り鶴に込められた平和を願う思いを、再び折り鶴という形に戻して世の中に残したい。広島に生まれ育った者として、そんな思いで創作に挑みました。人々は香を焚いて何かに思いを馳せたり、何かを祈ったり。つまり香炉は祈りの道具。折り鶴に込められた思いを昇華させる取り組みとして、これほどふさわしいものはないと思って、香炉というアイテムにしたんです」(山根さん)

2022年5月、欧州を訪問した岸田文雄首相は、バチカン市国に立ち寄り、ローマ教皇に謁見した。その際、「私の地元のものです」と教皇に贈ったのが、何を隠そう、この香炉だった。

「世界を代表する、平和を発信する方のもとに届いたのは、とてもありがたいこと。全世界の人々の折り鶴に込められた平和への思いが、世界を一周したように感じられました」(山根さん)

さまざまに形を変えた折り鶴たちは、たしかに、広島から全世界に向かって飛び立っているのだ。

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text:佐藤美由紀

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