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生物学者・福岡伸一「ナチュラリストのススメ」
生物学者・福岡伸一「ナチュラリストのススメ」
VOICE

生物学者・福岡伸一「ナチュラリストのススメ」

2030年には、平和や差別、エネルギーなど、さまざまな問題の何がどんなふうに叶えられているでしょうか。生物学者の福岡伸一さんに、「こうなってほしい未来」 を語っていただきました。

人間は地球にとって後発の外来種
謙虚に生きる責任と向き合え

私は生物学者ですので、17個あるSDGsの目標のなかで、「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」という自然環境の保全に対する提言がまず目につきました。豊かさとは、つまり多様性にほかなりません。蚊が飛んできたら皆さん躊躇なく叩いて殺してしまいます。血を吸いかゆみをもたらすだけのジャマな存在、そう思うのもムリありません。だけど、もし世界中から一瞬で蚊が消えてしまったら、地球は滅亡するでしょう。人間の血を吸う蚊はほんの一部で、大半の蚊は草むらで草の汁を吸ったりしながら自分の生活サイクルを保ちつつ、ボウフラは魚の、蚊は鳥のエサになることで地球環境を支えているのです。

人間が嫌悪する生物の代表格であるゴキブリも、その多くが森林の林床、あるいはジャングルの草むらにいて、落ち葉をはじめ他の生物の排泄物や死骸を分解し、もう一度土に戻し、土壌を豊かにする役割を担っています。ゴキブリの分解作用がなければ地球の循環が機能しないのです。つまり、すべての生物が地球環境を保つなんらかの役割を持っているため、生命の多様性が重要なのです。

蚊もゴキブリも、少なくとも3億年前から地球に生存しています。そう考えるとたかだか数百万年前にあらわれた人間は、地球にとって後発の外来種のようなもの。危険であるとか、日本固有の生態系を壊すという理由で目の敵にされるヒアリやセアカゴケグモも、好き好んで日本にやってきたわけではありません。彼らからすると短い歴史しかもたない人間の商業活動によって、たとえばタンカーで運ばれるコンテナなどにくっついて連れてこられただけ。環境保全の大きな目標を前に謙虚にならなければいけないのは、あらゆるところに進出し自然を収奪しつづけている人間自身なのです。

ファーブルや、農薬の危険性を説いた生物学者のレイチェル・カーソン、あるいは文学作品に登場するドリトル先生など、自然を愛する人を「ナチュラリスト」と総称します。彼らは、絶え間なく動いている自然を見極める際に、息をひそめ、目を凝らし、耳をすまし、静かな観察者になることで、自然の美しさに驚く心、センス・オブ・ワンダーを得ました。

私が「昭和の子ども」として育った時代にはインターネットも携帯電話もテレビゲームもありませんでした。私自身、虫や化石や星を観察することで自然の精妙さに心を惹かれたひとりです。自然の美しさに気づき直すというナチュラリストのメッセージを得るには、わざわざ休日に代々木公園や新宿御苑に行ったり、海や山にキャンプに出かけなくても大丈夫。最も身近な自然である自分の体に問いかければいいのです。目をつむって息を整えてしばらくすると、自分の鼓動や呼吸のサイクルがわかり、生きていることを自覚せざるを得ません。

同時に鼓動も呼吸も自分の意思では動かしたり止めたりすることのできないアンコントローラブルな存在だと気づくでしょう。生物は、いつ生まれていつ死ぬか、どんな病気になるか、どんなケガをするか、基本的にはアンコントローラブルなものです。地球も生きているので、人体と同じようにコントロールできない存在。そんな地球環境を人間の手によって制御し尽くせると思うと大きな間違いをおかしてしまいます。

ファーブルやドリトル先生の声に耳を傾けると、地球は人間だけが専有できる場所ではないことがうかがい知れます。2030年までに、自然としての生命体という自分を取り戻し、謙虚に生きる責任と向き合う、そんなナチュラリストの自覚をもつ人が増えるといいですね。

PROFILE

福岡伸一
生物学者。青山学院大学では総合文化政策学部で教授を務める。2007年刊行の『生物と無生物のあいだ』がベストセラーを記録し、第29回サントリー学芸賞、第1回新書大賞を受賞。『ナチュラリスト 生命を愛でる人』(新潮社)他、著書多数。

●情報は、FRaU2019年1月号発売時点のものです。
Illustration:Katsuki Tanaka Text:Toyofumi Makino Text&edit:Asuka Ochi

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