下水処理場が“鳥の楽園”に! ドイツ西部「リーゼルフェルダー」の奇跡を見にいく
ドイツ西部の古都ミュンスターの市街地から北へ10㎞キロほどのところに広がる湿地帯「リーゼルフェルダー」。かつては、まちの汚水を処理する下水処理場として利用されていましたが、人口増加に伴って大規模な下水処理場が新設されたため、その役目を終えました。残された湿地には、だんだんと水鳥たちが集まり、いまでは越冬や繁殖の場として命を育む場所に変貌! 市民の運動と保全活動を経て、現在はラムサール条約の国際重要湿地にも指定され、ヨーロッパ有数の野鳥観察地となっています。自然歩道からは鳥たちの羽音やさえずりが聞こえ、訪れる人々に癒やしをもたらしているのです。
200種類もの野鳥を見た後は、名物「フラムクーヘン」を!
リーゼルフェルダーには、ヨシが生い茂る湿地を縫うように木道(もくどう)が延びている。その細い道をたどっていくと、やがて水面が緑の水草で覆われた静かな池に出る。背の高い葦に覆われ、無数の生きものたちの隠れ家となっていた。ガイドをしてくれたリーゼルフェルダー職員のハンスさんが指をさした先に目を凝らすと、小さなカエルがピョコンと顔を出していた。何気ないひとコマながら、この湿地が多くの命を支えていることを感じた。

ここにはいくつもの観察小屋があり、年中、なにがしかの野鳥の姿を拝める。池はカモやサギ、ガンなどの水鳥の繁殖場および営巣地となり、河岸やヨシ原は小鳥たちの隠れ家となっている。渡り鳥は長い旅路の途中、この湿地に立ち寄って羽を休める。かつての下水処理場が、いまや国際的に注目される鳥類保護の拠点に姿を変えた。
「リーゼルフェルダーでは年間200種を超える鳥類が観察でき、そのうち約150種が湿地に暮らしています。数十の池や湿地、ヨシ原、牧草地、森林が織りなす豊かな自然が、多様な鳥たちを魅了するのです」(ハンスさん)

地元ボランティアによって建設された高さ12mの展望塔に上がれば、湿地とヨシ原を一望できる。双眼鏡を覗いて野鳥を観察したり、スケッチブックを広げて筆を走らせたりと、塔の上では人々がそれぞれのスタイルで自然と向き合い、思い思いの時間を過ごしていた。

遠くに見える緑の丘は、高さ約45mのかつての中央埋立地。1980年〜2016年、ミュンスターの家庭ごみが投棄され、埋められていた。いま、この丘を含む一帯はリサイクル・廃棄物処理センターとして、大規模な改修と再生が進められている。多様な動植物が生息する場所であると同時に、持続可能な開発を学ぶ教育の場、さらには地域を支えるエネルギー供給源に進化中だ。
その中心となるバイオリサイクルプラントでは、市民が出した生ごみからバイオガス(高エネルギーのメタン)が生産され、隣の熱電併給発電所で電気と熱に変換されている。これにより、年間約1700トンのCO₂排出削減に成功。その背景には、生ごみとプラスチックなどをちゃんと分別して出すという、地域住民の協力があるのだ。

ハンスさん(上写真)が手にしたイガイガが生えたまん丸の蕾(つぼみ)は、ゴボウの花の蕾だという。ヨーロッパでは、野山に自生しているのだそう。花が枯れれば実は大地に落ち、密集するトゲが動物の体や人の衣服に絡みついて、遠くに運ばれる。そうしてゴボウの種は、また別の土地で発芽するのだ。

マジックテープ(両面ファスナー)が発明されたのは、実はこのゴボウからだそうだ。スイスの技術者、ジョルジュ・ド・メストラルさんが犬と散歩していたところ、犬の毛にゴボウの実がくっついた。彼はそこから着想を得て、繊維技術に応用したのだ。野山に咲く小さな花が、人々の暮らしを変える発明を導いたのである。

リーゼルフェルダーは、ミュンスター市民にとって格好のサイクリングルートでもある。市の中心部から、自転車で気軽にアクセスできるのが魅力だ。家族連れや学生たちが自転車で訪れ、湿地を抜ける小径や木道を走る姿をあちこちで見た。
旅行者もレンタサイクルを利用すれば、まち歩きの延長で自転車で訪問が可能だ。自分のペースでペダルを踏み、風を感じながら到着した先には、美しい木道、野鳥の観察小屋、ボランティアによって建てられた展望塔など、自然と触れあえるさまざまな仕掛けが待っている。

リーゼルフェルダーの湿地を後にして、近郊のガーデンレストランへ。ここでは、ドイツ南西部の伝統料理「フラムクーヘン」が味わえる。薄くのばした生地に、サワークリームと地域のフレッシュチーズ「クワルク」をたっぷりと塗り、玉ねぎとベーコンをのせて高温で一気に焼き上げたピザだ。パリパリのクリスピーな生地に、クリーミーなチーズの酸味とベーコンの塩気が絶妙にとけあい、つい次のひと切れに手が伸びてしまう。
フラムクーヘンは定番の玉ねぎ&ベーコンのほか、季節の野菜やキノコ、サーモンなどのバリエーションがあり、りんごとシナモンをのせたデザート系もある。軽やかで香ばしい味わいは、地ビールや白ワイン、ビールをレモネードで割った「ラドラー」と相性抜群。風に揺れる木々を眺めながら、心も胃袋もすっかり満たされた。
Photo&text:鈴木博美 協力:ドイツ観光局




