Do well by doing good. いいことをして世界と社会をよくしていこう

フェス会場でもスキー場でもない「苗場山」山頂の湿原で、“天空の楽園”を感じる
フェス会場でもスキー場でもない「苗場山」山頂の湿原で、“天空の楽園”を感じる
NATURE

フェス会場でもスキー場でもない「苗場山」山頂の湿原で、“天空の楽園”を感じる

「苗場」といえば、冬はスキー場、夏はフジロックフェスティバルを思い浮かべる人が多いでしょう。けれども今回訪れる苗場山は、スキー場とはまったくの別もの。フジロックの会場でもある苗場スキー場は、じつは清津川を挟んだ隣の筍山(たけのこやま)山麓にあるのです。苗場山は標高2145m、長野県北東部と新潟県南部の県境にそびえる日本の百名山のひとつ。「花の百名山」にも数えられる名峰です。山頂部には湿原が広がり、高山植物たちが季節ごとの「天空の楽園」をつくりだします。今回は夏の絶景を堪能すべく、苗場山に登りました。

鎖が張られた恐怖の「胸突き八丁」を登る

朝4時半、東京を出発して車で新潟へ向かう。関越自動車道を北上して塩沢石打ICで降り、狭く曲がりくねった林道を1時間半ほど進んで小赤沢三合目駐車場を目指す。苗場山へはインターから30分ほどでアクセスできる祓川(はらいがわ)登山口からもアクセスできるが、今回は長野県側からのアプローチを選んだ。というのも、下山後に『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』を著した江戸時代の随筆家・鈴木牧之(すずきぼくし)が若いころ泊まった宿に逗留するためだ。午前9時、頂を目指して山に入る。

特別に危険な場所はないものの、山頂の高層湿原へ続く山道は、泥と岩、木の根が複雑に入り組み、何度も足を滑らせそうになる。さらに、終始アブがつきまとう。4合目、5合目と順々に現れる標識を過ぎ、6合目を越えたところで「胸突き八丁」と呼ばれる鎖場(鎖やロープなどが設置された登山道)の急登が待ちうける。鎖につかまらなくても登れるものの、傾斜はきつく滑りやすい岩場。ここが最大の難所だ。山道脇に咲く小さな花々に癒されつつも、常に足元とアブに注意を払いながら、自らを鼓舞しつつ一歩一歩進む。

8合目の森林限界を超えるあたりが、もっともきつい傾斜となる。来た道を振り返ると、幾重にも重なる緑の山々と、遠くにかすむ稜線が広がる(上写真)。吹き抜ける風は心地よく、疲れた体に新たな力をくれる。標高が上がるごとに視界はより開けていき、まるで山々が「あと少しだ」と背中を押してくれるかのようだ。

8合目を過ぎると、目の前に広大な湿原が広がった。見晴台のベンチには、チョウチョのキベリタテハがじっと羽を休め、木肌に染みたわずかな水分を口吻(こうふん=蝶のストロー状の口先)で吸っている。すぐそばに湿原があるというのに、なぜここを給水場所に選んだのだろう……。

山頂の湿原「坪場」は言葉を失う美しさ

雄大な湿原に「ここが山頂?」と思いきや、まだ山頂部の湿原ではなかった。苗場山の頂へは、もうひとつ樹林帯を抜けなければ到達できない。

やっとのことで山頂の平坦部に到達すると、絵画のような台地が広がっていた。ここはかつての火山活動によって形成され、清津川と中津川が削り出した急峻な谷に囲まれている。そのため、外周は切り立った絶壁、中央は広々とした台地という独特の地形になっている。山頂部に広がる湿原は「坪場」と呼ばれ、大小約3000の池塘(ちとう=湿原にできた沼や池)が点在する。それぞれに澄んだ青空を映し、まるで大地に開いた小さな窓のようだ。ワタスゲが風にそよぎ、モウセンゴケの赤が彩りを添える。緑のじゅうたんの上をチョウやトンボ、ツバメが飛び交う光景は、まさに“天空の楽園”だ。

苗場山は、池塘に苗のような草が群生することからその名がついたともいわれ、古くから稲作の神を祀(まつ)る信仰の山として人々に親しまれてきた。鈴木牧之が北越雪譜で描いた“天空の苗田”は、いまも変わらずここにある。

山頂付近には、多くの石仏や石塔が。なかには、7~8世紀に奈良を拠点に活動し、修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)の石碑もある。その傍らには、日本の登山振興に尽力し、苗場山の魅力を全国に広めた大平晟(おおだいらあきら)のレリーフが。山とともに生きてきた人びとの息づかいが、風に混じって聞こえてくるようだ。山頂のヒュッテで記念のピンバッジを手に入れ、さわやかな風に包まれながら昼食をとる。

体力が回復し、来た道をたどって下山する。ふもとで待っている、山の恵みをたたえた赤褐色の温泉を思い浮かべると、自然と足取りが軽くなる。

苗場山麓にある栄村秋山郷(さかえむらあきやまごう)は、平家落人の伝説やマタギ文化などがいまも残る秘境。秋には山々が錦に染まる紅葉の名所としても知られる。登山道1合目にある大瀬の滝は、苗場山じゅうの清流を集めて豪快に落ちる。温泉成分を含んだ滝壺は、深い青色が神秘的だ。鈴木牧之も泊まった民宿「苗場荘」の食事処の天井は、300年前からほぼ変わらない姿で私たちを迎えてくれる。そこでクマ、イノシシ、シカなどの肉料理やイワナの塩焼き、山菜天ぷらなど、地産地消の手づくり料理をいただけば、ずっと受け継がれてきたこの地の文化を堪能できるはずだ。

photo&text:鈴木博美

Official SNS

芸能人のインタビューや、
サステナブルなトレンド、プレゼント告知など、
世界と社会をよくするきっかけになる
最新情報を発信中!