1%もない、醤油の本物!「鶴醤」執念の旨み【前編】
これからのものづくりにサステナビリティは欠かせない視点です。地球環境は守られているか。働く人たちへの配慮がされているか。残すべき伝統がきちんと次世代へ継承されているか。私たちは、ものの背景に賛同し、応援する気持ちで選びたい――。つくり手の思いを聞きに、ものづくりの現場を訪ねました。今回は、香川県のヤマロク醤油へ。
“本物の醤油造り”を
次世代につなぐための奮闘
醤油は日本が誇る伝統食品であり、どこの家庭にも必ずある基本的な調味料。ただ日用品であるがゆえに、質で選択することがないがしろにされ、価格競争に陥りがちなのも事実。ひと口に醤油といっても、原材料や製法の違いによってもさまざまな種類があり、価格もピンキリ。流通している醤油の多くは、種麹メーカーから麹菌を購入し、脱脂加工大豆から造られている。
そんななか、国産のこだわりの原料を一般的な醤油の倍の量を使い、倍以上の歳月をかけ、昔ながらの木桶を用いて無添加でつくられているのが、香川県小豆島の蔵元、ヤマロク醤油の「鶴醤(つるびしお)」だ。全国でも原料から仕込んでいる蔵は少なく、さらに木桶で仕込んでいる醤油となると、全醤油量のわずか1%以下という。なぜならば、木桶は温度管理が難しく、手間と時間がかかるため、費用対効果が見込めないとされているから。いまはプラスチックやステンレスのタンクで大量生産することが主流となっているのだ。
「江戸時代まで、発酵調味料はすべて木桶で醸造されていました。発酵調味料は、乳酸菌や酵母菌といった微生物たちの力によってつくられるものであり、微生物が活躍するには木桶が最適なんです。木桶にはその蔵特有の微生物が住みつくから、それぞれの個性が出て奥行きのある味となる。うちの醤油は木桶なしではできません」と、2001年より5代目を継いだ山本康夫さんは言う。
ヤマロク醤油は明治初期の頃の創業とされる老舗だが、山本さんは大学を卒業後、「醤油は儲からないから継がなくていい」と先代に言われ、佃煮メーカーの営業職に就職した。そこで「無添加の佃煮は、添加物を入れて価格を抑えたものに比べて高い」と冷遇され、業を煮やした経験を持つ。品質よりも安さが求められることへの問題意識から、「いい食品をつくって広めていこう」と家業を継ぐ決意をしたそうだ。ところが実家でも状況は同じで、当時はやはり安くするために品質を落とした醤油が主力商品だった。
「決算書を見てみたら倒産寸前。だって効率の悪い木桶でつくりながら、タンクで大量生産された安価な醤油と価格競争していたんですから。どうせダメなら好きにやってやろうと、父とケンカしながら醤油づくりをイチから学びました」
4年後、完全に蔵を引き継いだ山本さんは、安価な醤油の製造をやめ、先代が「子どもの頃に食べたおいしさを求めて」細々と手がけていた鶴醤を主力製品とすることにした。鶴醤は、深いコクとまろやかさを出すために再仕込み製法でつくられている。通常は塩水に麹を入れるのに対して、1~2年熟成させた生醤油を桶に戻し、さらに原料を加えてもう2~3年仕込むという手間と時間のかかる製法だ。
「醸造学を学校で学んだわけではなかったので、発酵学の本を読んでひととおり勉強もしました。でも現場でやってみると、昔からいわれている醤油づくりの原則すら見直すべきだと思った。温度計もなかった昔といまでは、状況も流通形態も違う。だから、この作業はなぜ必要なのか、と考えながら実験を繰り返しています。結果がわかるのは4年後。もちろん失敗するかもしれないのでリスキーですけどね。でもうちの醤油、年々おいしくなっているんですよ」
ヤマロク醤油
天然もろみ蔵の見学は、年中無休で受け入れている。予約不要で無料。ただし菌のために、納豆を食べてからの来場は控えてほしいとのこと。「やまろく茶屋」も併設。
香川県小豆郡小豆島町安田甲1607。yama-roku.net
●情報は、FRaU2023年1月号発売時点のものです。
Photo:Masayuki Nakaya Text:Shiori Fujii Edit:Chizuru Atsuta
Composition:林愛子