バリ島の棚田や熱帯雨林で、幸福に生きるための精神哲学「トリ・ヒタ・カラナ」を学ぶ
美しい自然と独自の文化で来訪者を魅了する世界屈指のリゾート、インドネシアのバリ島。そこで暮らす人びとは、「トリ・ヒタ・カラナ(幸福に必要な3要素)」という生活哲学を持っています。トリ=3、ヒタ=安全、繁栄、喜び、カラナ=理由を意味するサンスクリット語で、幸福を実現するために、人間、自然、神との関係を重視するという考え方です。これはバリ島への旅行時に、さまざまなところで感じとれるはず。上写真は標高3014mのバリ島最高峰、アグン山の朝焼けでの姿です。この山はバリ・ヒンドゥー教で、聖なる山として崇拝されています。
バリ・ヒンドゥー教における「幸福に必要な3つの要素」
インドネシアにおいてヒンドゥー教徒は国民全体の2%に満たない少数派。だが、バリ島では約9割の人々がバリ・ヒンドゥー教を信仰し、その文化を守り続けているといわれる。とくに内陸部の濃密な森に抱かれた環境のなかでは、人間と神、自然の調和を重んじるバリ・ヒンドゥー教の「トリ・ヒタ・カラナ」精神が2000年以上に渡って受け継がれ、いまも人びとの生活と密接に結びついている。
バリ島東部のルンダン村に広がるライステラス(棚田)
9世紀には、トリ・ヒタ・カラナの哲学のもとで伝統的な「スバック」がつくられ、いまも維持されている。スバックとは、水を管理し、棚田を守る水利組合のこと。それぞれの地区にある寺院で清められた神聖な水が、農民たちがつくった水路を通じて、各水田に平等に分配されている。世界遺産に登録されている「バリ州の文化的景観」は、このスバックが支える田園地帯や寺院、湖などで構成される約1万9500ヘクタールのエリアを指す。トリ・ヒタ・カラナの精神は、観光と社会経済のバランスを保ちながら、バリの文化、人びとの生活、そして環境の保護に貢献しているのだ。
島の中部に位置するウブドは、バリ島文化や芸術の中心地。近年は高級ホテルの建設ラッシュで観光地化が進み、オシャレなカフェやショップが立ち並んでいる。同時に、いまなお熱帯雨林、棚田や歴史あるヒンドゥー教の寺院などが点在し、癒しと安らぎが得られると、観光客に人気のエリアだ。
早朝、地元の青年ガイドとともにトレッキングに出かけた。鬱蒼と茂る森の渓谷を下りて行くとアユン川が轟音を立てている。さらに薄暗い熱帯雨林を進み、木の吊り橋を渡って奥地に向かうと、野生のタロイモやトロピカルフルーツが朝の木漏れ日に照らされ輝いていた。その先の棚田では、露に濡れた稲穂が、さわさわと音を立てて揺れている。
2時間ほど歩いて到着したボンカサ村には、巨大なバンヤンツリーが村の守り神として祀られていた。そこに女性たちが、ヤシの葉で編んだ皿に色とりどりの花を盛った供物「チャナン」を捧げている。「美しいものを神々に捧げたい」という気持ちが伝わってくるシーンだ。そもそも「バリ」の名は「供物」に由来するという説がある。神々とともに生きる島人たちの日常風景を見るうちに、「バリ島そのものが、神への捧げものなのかもしれない」と思えてきた。
トリ・ヒタ・カラナの精神は、バリ島に限らず、誰もがどこででも取り入れられる。環境を尊重し、社会との調和を大切にしながら、自分自身の生活の質を高める……。自然とともに豊かに生きる視点を、あらためて考えさせられる旅になった。
Photo&Text:鈴木博美
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