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脳出血で倒れたワーママ、その後の日々⑦ 遠隔リハ前の、リモートカウンセリングに感動!
脳出血で倒れたワーママ、その後の日々⑦ 遠隔リハ前の、リモートカウンセリングに感動!
FEATURE

脳出血で倒れたワーママ、その後の日々⑦ 遠隔リハ前の、リモートカウンセリングに感動!

2021年7月後半のある日曜日の午前中に、突然倒れた本サイトの制作担当、私ことエディター・ライターの萩原はるな。脳卒中の一種である「脳出血」と告げられ、命に別状はなかったものの、右手右脚がまったく動かない状況に! 約5ヵ月のリハビリ入院を経て車イスを卒業、退院半年後にはツエなしで歩けるようになりました。退院から1年、まだまだ身体は動きにくいけれど、日々の生活は続きます。そんなとき、「遠隔リハビリ」という新しい可能性と出会ったのでした。

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──第1回目「倒れた日」はこちら──

リハビリ三昧の日々がなつかしい! この先、どこまで回復できるの!?

何の前ぶれも心構えもないまま突然脳出血(脳卒中の一種)倒れ、身体が自由に動かなくなった私。2週間の急性期病院(=病気が発生した際に治療を受ける病院)での治療を経て、約5カ月間リハビリ病院に入院しながら、リハビリ三昧の生活を送っていました。リハビリ病院に転院してきた当初は、右手も右脚もまったく動かせない状態。仰向けに寝そべった状態で、右脚のヒザをかろうじて曲げられるものの、すぐにズルズルずとまっすぐに戻ってしまうような感じでした。

右手にいたっては、グーチョキパーなんて夢のまた夢。なんとかヒジが少し曲がるかな?くらいの動きしかできませんでした。

ちなみに、顔の右半分も全体的に垂れ下がってしまっており、笑っても右側の口角は上がらないまま。滑舌は悪いし、ゴハンを食べれば右側からボロボロこぼすし、何かを「すする」ということが難しく、病院食に麺類が出たときはうれしいんですが食べにくくて大変でした。ちなみに脇腹なども右側はまったく力が入らなくなり、起き上がるのが大変。右側のお尻も力が入りにくく、みるみる筋肉がやせてペシャンコになっていくのが感じられ、それはそれは悲しかったものです。『右半身麻痺』って、右手と右脚の問題のみではなかったのかあ……!

「仕事、料理、運転の復活」という目標を掲げていた私。『片手で料理をつくる』という書籍をネットで見つけ、まったく右腕&右手が動かないうちから読みふけっていた。けれども「左手が動かない人がいかに右手だけで料理をつくるか」という内容が多く、利き手の動かない私にとっては少し悲しい内容だった

それから理学療法士や作業療法士さんたちとリハビリに励むこと5ヵ月、車イスから卒業し、装具をつけてのツエ歩行が可能に! 腕と手も徐々に動きはじめ、なんとかぎこちなくグーとパーができ、腕も曲げ伸ばしができるようになっていったのでした。「いまがいちばん、動きにくいんですから! 腕や手は年単位です!」と言ってくれた作業療法士さんの言葉は、いまでも私の支えになっています。

しかしリハビリ病院を退院すると、毎日3時間も受けられていたリハビリが、退院後は週に1回、しかも40分しか受けられなくなるとは……! しかも退院1年後には、2週に1回という頻度になってしまったのです。これはもう、日々の生活で頑張るしかありません。

小学校6年生と3年生を育てながらの日々の生活は、毎日が待ったなし!の連続。歩きにくかろうが指が開かなかろうが、「お母さん、お腹空いた〜!」「ボクの上ばき、どこ〜!」と要求が雨あられのように降ってきます。もちろん仕事もあるし、PTAも卒業対策も塾や野球の送り迎えに見守りだってあります。入院中のように、自分の回復だけを考えていればいい、なんて贅沢はとうてい許されません。

最初こそ「洗いものと洗濯はオレがやるから」「お母さんのお手伝い、いっぱいするよ!」と言っていた夫や子どもたちですが、あっという間に元どおり。いつの間にか、子育てもほぼワンオペに……。その戻りっぷりときたら、形状記憶ワイシャツもびっくりです。

外に出れば、誰も私が脳卒中の後遺症に悩まされていることは知りません。退院半年後にはツエも卒業したので、注意深く見なければ健常者に見えるのです。そんなスパルタな状態で日々を送るうちに、歩行はかなり安定し(小走りなどはムリ)、右腕も自然に振りながら歩けるようになりました。

「遠隔リハビリ」で準備したものは、パソコンと広角レンズ、マッサージャー、ピラティス用のソフトなゴムボール。これらをつかって、私専用のリハビリメニューが組まれることに

日本のリハビリ事情に疑問をもっていた私に連絡をくださったのが、インターネットを利用したリハビリテーション関連事業を展開している「COPAIN(以後、コパン)」の松本安弘さんでした。松本さんは2016年に脳梗塞を発症され、バランス感覚・左失調などの後遺症が残ったそう。急性期病院の医師からは「元の身体に戻ることはない」と言われたにもかかわらず、懸命のリハビリによってほぼ後遺症を克服されたというのです。

そういえば私もかつて、「もう二度と、一人で散歩に出かけられることはないでしょう」と担当医に言われて絶望したっけ。もっとも悪いシナリオを患者に伝えるのは、日本医療のお約束なのでしょうか(悲)?

さっそく松本さんにお目にかかったところ、装具もツエもなく、しっかりとした足取り。話も手の動きも、まったく後遺症を感じさせません。うわ〜、うらやましい!

彼もかつて、極端にリハビリの時間を減らされ、途方に暮れてしまったことがあるそう。そんなご自身の経験から、「リハビリを受けられず困る思いをしている人たちのサポートをしたい」と、コパンを立ち上げたそうです。しかも、医師や理学療法士、ヨガインストラクターと協働で遠隔リハビリにあたっているとか。なんて素晴らしい! 

夏休みの朝、息子とともに「あ〜た〜らし〜い朝が来た〜♪」という合唱に誘われてラジオ体操へ。できない動きはあるけれど、外で身体を動かすのは気持ちがいい! 体操をした日は、一日中身体が動きやすいのです。恐るべし、ラジオ体操!

「遠隔リハ」とは、インターネットのリモートアプリなどを活用して、オンラインでリハビリを受けること。通院への足がなかったり、時間がなかなか取れなかったり、近所にリハビリ施設がなかったりする人にもありがたい、「誰一人取り残さない、新しいタイプのリハビリ」として注目を集めているようです。

コパンでは、脳卒中経験者向けに、遠隔とカスタマイズ動画によるリハビリを提供しているそう。熊本県にある回復期病院と共同で「遠隔リハビリ」をおこなっているとのことで、さっそく挑戦させてもらえることになりました!

余裕でシャッターを切っているように見えるかもしれないが、右手はシャッターを押すのでいっぱいいっぱい。右側に挟んだ資料を何度も落としてしまった。けれどもはた目には、よくも悪くも、その大変さがなかなか伝わらないのだった

遠隔リハビリをスタートさせる前に、まずは熊本県 武蔵ケ丘病院副理事長にしてリハビリテーション科の田中慎一郎医師と藤井廉理学療法士によるカウンセリングを受けることになりました。脳のCTスキャン画像や各種検診の結果などのデータを見て、しっかりカウンセリングしてくれることに感動! 広角レンズを装着して、脚や腕、手指の状態をしっかり見てくれるのです。

「右手と右脚に痙縮(けいしゅく)が出ていて、ちょっとつかいにくそうですね。リハビリで筋肉を鍛えることで、随意的に動かせるようになりますよ」と、田中先生の力強いお言葉。「やればやるだけ、絶対によくなりますよ」というお二人の言葉は、いままでほしかったものの、誰からもかけられなかったものでした。

「一気に頑張ろう、よくしよう、というのはなかなか難しいでしょう。ムリのない範囲でリハビリを続け、習慣化できるといいですよね。これから、一緒にがんばっていきましょう!」と田中医師から力強い言葉をもらい、がぜん希望の光が見えてきたのでした……!

──第8回目「遠隔リハビリ実践編」に続きます──

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