100%国産竹でつくる「竹紙」が、なぜ社会貢献につながるのか?
かつての日本でさまざまなシーンで利用されていた、竹の消費量が減少。竹林が伐採されることなく広がり、放置竹林の「竹害」が問題になっています。この社会課題を知ってほしい、自分ごととして考えて行動を起こしてほしい──。そんな思いで、アグレッシブに活動を続けている西村修さんに、お話をうかがってみました。
そもそも、竹は製紙に不向き
竹林と聞いて、何をイメージするだろうか。京都・嵯峨野の「竹林の小径」など、竹林の名所の幽玄な世界を思い浮かべる人も少なくないだろう。
しかし、「竹林=美しい」では決してない。
成長が早い竹は、適切に維持管理されなければ、あっという間に隣接する森林や里山に侵食。伸びた竹は、他の植物の生育を妨げ、あたり一面、うっそうとした竹の単一林になってしまう。つまり、竹林の美しさを保つには定期的に伐採するなど、しっかりと人の手を入れることが必要なのだ。
竹林は美しいイメージがあるが、放置すると周囲の生態系を壊す。
竹林の管理は、私たちが思う以上に大変だ。竹を伐採するだけでも手間ひまかかるが、切ったあとの竹の処分もまた問題。実はいま、竹の使い道はほとんどないため、処分するしかないのである。しかし、燃やしたり粉砕したりして土に戻すという方法は、手間がかかるし、コストもかさむ。かといって、そのまま放置しても腐るまで5年以上もかかるというから、やっかいだ。
そんな“問題児”の竹からつくられる紙があるのをご存じだろうか。その名もズバリ「竹紙」。手がけているのは、中越パルプ工業。日本最大の竹林面積を誇る鹿児島県の薩摩川内市に工場を持つ。この地域にはタケノコ農家の竹林が多い。タケノコの生産性を高めるため、竹林の整備のため、定期的に伐採する必要に迫られる。かつて彼らは竹の処分に苦慮していたが、中越パルプはそれらを買い取って、竹の紙を製造販売しているのだ。
「竹には、木材のような集荷システムがない。しかも、中が空洞で硬い竹は運搬効率が悪く、紙の材料となるチップに加工する際にも、木材に比べて著しく生産性が劣ります。本当は、竹は製紙には不向きなんです」(中越パルプ営業本部営業企画部の西村修部長、以下同)
ではなぜ、あえて竹から紙をつくっているのか。
「地域の方々から、『竹を引き取ってもらえないか』という相談があり、ここからすべてがはじまりました。竹は紙の素材としてふさわしくないから、と断ることもできました。しかし、ひとりの社員が、社命でもなく自らの意思で、『できることがあればやってみよう』と地域で困っている問題の解決に向けて動き出したのです」
“やっかい者”の竹に新たな価値を
紙の原料には不向きとはいえ、竹から紙を作ることは、技術的に可能だった。ただ、原料となる竹を定期的に確保できるかという懸念はあった。原料が安定して入手できなければ、事業として成り立たない。
「工場の近くには、別会社が運営するチップ工場があります。当社は、その工場から木材チップを購入していたのですが、木材チップと同等以上に竹チップを積極的に購入することにしました。要するに、地域の人がチップ工場に竹を持ち込めば、買い取ってもらえるように仕組みを整えたんです。扱いに困っていた竹を処分できるうえ、お金にもなりますから、地域の人は持続的に竹をチップ工場に持ち込んでくれるわけです」
地元の人が処分に困った伐採竹を買い取り、チップ工場で竹チップに。これが紙の原料になる
竹は木材に比べて硬いため、加工の難しさもあったという。
「チップをつくる機械の刃が傷んで作業がはかどらないのです。そこで、『竹のチップは当社がすべて買い取ります』と約束して、取引先のチップ工場に、傷みにくい高価な刃を導入してもらいました」
こうして試行錯誤を重ねた結果、ついに竹の紙が誕生した。当初、竹の配合率は10%だったが、やがて100%竹配合の紙が完成。世界で唯一の「国産竹100%の紙」となった。
「これ、すごく意味があることだと思うんですよ。僕は最初、この取り組みをハタから見ているだけでした。しかし、そのうちモヤモヤしてきましてね。処分するのにコストがかかる竹に新たな価値を見出したこと、持続的に竹を買い取ることで地域経済にもわずかながらでも貢献していること……。素晴らしいじゃないですか。それなのに、この竹の紙はまったく世に知られていない……。もうちょっとどうにかしてあげましょうよ、ってことで、本気を出しはじめました(笑)」
竹紙の折り紙でキツネやタヌキ、里山の生き物をつくる
「誰もやらないから自分がやる」と立ち上がった西村さんは、たったひとりで走り出す。
「まず、紙に名前をつけました。非常に意義のある紙なのに、『竹パルプ入り紙』とか、そんな呼ばれ方をしていたので、『竹紙(たけがみ)』と命名したのです」
名づけ親となった西村さんは、次に、〝その子〟の認知度を高めるために、そして多くの人が竹紙を想像できるようにと、ノートや折り紙、メモパッドなど、数々の最終商品を世に送り出す。
西村さんが最初に手掛けたのが竹紙ノート。老舗文具店に持ち込んで販売してもらったところ、売れ行きは上々だったという。現在はオンラインストア(MEETS TAKEGAMI)で購入できる
「当社は、ほかの企業に原紙を納める会社ですから、自社で紙の商品をつくることはありませんでした。しかし、せっかくの竹紙も商品化されなければ、消費者の手には届きません。メーカーさんがやってくれるのを待っているだけでは埒(らち)があかないので、いっそ自分でやってしまうおうと思い、芸術系大学院の研究生、絵本作家、外部デザイナーなど自分のネットワークから協力を得て、商品開発をしていきました」
毎年制作販売している「竹紙カレンダー」(オンラインストアで購入可)。全国カレンダー展で最高賞の「内閣総理大臣賞」を含む大賞を17年連続受賞。ドイツの国際カレンダー展では5度の受賞歴がある
西村さんたちが手掛ける商品は、スタイリッシュで思わず手に取りたくなるようなものばかり。竹紙をメジャーな存在にしていくことを目指し、モチーフ選びからデザインまで、計算しつくして商品化している。
「折り紙は、キツネやタヌキなど里山の生き物が折れるよう、パッケージに図案が入っています。折り紙を楽しみながら、生物の多様性について考えてもらえたらという意図からです。この折り紙をつかう、親子で参加できるワークショップも開いています」
子どもや親子を対象にした「竹紙ORIGAMI」のワークショップでは、西村さん(左側の立っている男性)が参加者に折り紙を教えることも
竹紙の商品を世に送り出すだけでなく、環境や生物多様性に関する講演を行ったり、イベントを主催したり。西村さんがアグレッシブに活動を続けているのはワケがある。
「いま、全国で放置竹林が広がり続けています。竹紙原紙や竹紙商品が少しくらい売れたところで、放置竹林問題が解決するわけではありません。ただ竹紙は、放置竹林という社会的問題を解決する糸口になったことはたしかでしょう。竹紙を通して、多くの人が放置竹林問題はじめ、多くの社会的課題があることを知り、自分ごととして考え、行動を起こしてほしいなと思っています」
西村さんの活動は、一人ひとりのソーシャルグッド(地域コミュニティや環境によいインパクトを与える取り組みやサービス)が生まれるように、と願ってのこと。
「僕は会社員ですが、社外の人の協力があるとはいえ、竹紙を世に伝える活動は基本的にひとりでやってきました。個人でもここまでできると示すことで、志があるのにあきらめている人や、言い訳ばかりで行動を起こさない人に、何かを感じてもらえればと願っています。僕は個々の力、個々の行動が、社会にとってとても重要だと思っているんです」
西村さんの取り組みは多くの人たちに共感されているという。その輪はまだまだ広がっていきそうだ。
text:佐藤美由紀、photo:西村修(ワークショップ以外)