ドローンも農業機械も“昆虫ホテル”も自作! 長野にできた「ナガノ・ブルワリー」は、スマート農業と土づくりで地域を守る【後編】
2025年春、長野市の往生地(おうじょうじ)に誕生した「NAGANO BREWERY(ナガノ・ブルワリー)」は、単なるクラフトビール屋さんではありません。自社農園と醸造所を一体化させ、地域資源を最大限に活かしながら、持続可能な農業の実践に取り組んでいるのです。中山間地ならではの課題に向き合いながら、スマート農業と循環型資源活用を融合させたその姿勢は、地域の未来を静かに変え始めています。
ドローンとAIでいち早く病気と害虫を見つける
長野市内屈指のりんごの産地である往生地地区。その圃場(ほじょう=農作地)はかなりの傾斜地にあり、畑のなかを行き来するだけでへとへとになってしまう。小さな畑がいくつも連なっているため、畑を移動するたびに何度もトラックから機械を積み下ろさなければならず、こうした労力もまた高齢化が進むりんご農家たちの大きな負担になっている。さらに、大きな機械は小回りがきかないため、狭い畑では作業効率も悪い。
「中山間地域特有のこうした農業問題を解消するべく、ナガノ・ブルワリーでは創業当初からスマート農業を導入しています」(オーナーの荒井克人さん、以下同)

荒井さんは、この地で120年続くりんご農園の5代目でもある
実は、まだ家業を継ぐ前――いまから20年ほど前に、環境調査の会社を立ちあげた荒井さん。10年ほど前から新たに始めたドローン事業の経験が、スマート農業の導入にひと役買っているそうだ。
「当時はまだドローンが普及していない時代だったので、自分で部品を組み立ててつくっていたんですよ。だから、“ないならつくってしまえばいい”という精神がしみついていて(笑)。小回りがきいて、草刈りや運搬、農薬散布といったいろいろな作業につかえる車両型の農機具を自社でつくってしまいました」

リモコン操作できる自社製の農業機械。「斜面の多い農地で重宝しています」と荒井さん
畑にはセンサーを設置し、土壌水分量や気温、日射量などのデータをリアルタイムで取得。これにより、作物の生育状況が“見える化”でき、最適なタイミングでの水やりや肥料やりが可能となった。

区画ごとに二次元バーコードを設置し、土壌や作物のデータ管理をおこなっている
ほかにも病害虫をいち早く見つけるために、AIや空撮用のローンも活用。人的負担を減らしながら、作物の品質を高めている。
畑からビールへ、ビールから畑へ!

果樹などの副原料やホップは自社農園で栽培したもの。今後は地域の農産物も積極的につかっていきたいと意気込む
土地の恵みを生かした循環型ブルワリーを目指すこちらでは、ふつうなら捨てられてしまう“麦芽かす”も資源として有効活用。切り落とした果物の木の枝や、間引いた果実と混ぜ合わせて肥料にしている。

農作業やビールづくりの過程で生じた廃棄物は堆肥にして有効活用。ホップや果樹の栽培に使用され、再びビールの原料になっていく
「安心して食べられる作物は、安心できる土から生まれると思っています」と荒井さん。化学肥料はつかわず、畑でできたものはできる限り土に還すことで、安心安全な土壌をつくっている。
「ほかにも、農園で切り落とした太めの枝は、『バイオ炭』にして土に還元する取り組みもおこなっています。バイオ炭は土壌の保水性や肥沃(ひよく)度を高めるだけでなく、地中にCO2を閉じ込める働きもしてくれるため、CO2排出量を減らして、温暖化対策にもひと役買ってくれるんです。今後はJ-クレジット制度を活用し、CO2削減の成果を社会に還元していきたいと思っています」

剪定(せんてい)したりんごやぶどう、ホップの枝や葉を、堆肥やバイオ炭にして再利用している
間引かれたりんご、ぶどうの果実も、これまでは廃棄されることが多かったが、「バイオスティミュラント」に転換して畑にまいているそう。バイオスティミュラントは「生物刺激剤」とも呼ばれる、植物や土壌によい働きをする物質や微生物の総称で、植物の生命力を内側から引き出すいわばサプリメントのようなもの。作物の成長促進やストレス耐性の向上の効果があるとされる。

ホップの茎やツルからつくったバイオスティミュラント。漢方薬のような独特の香りがあり、葉に塗ると害虫がつきにくくなる
ミツバチを飼い、“昆虫ホテル”までつくった!
果樹の受粉を助けるミツバチは農業には欠かせない存在であることから、ナガノ・ブルワリーでは養蜂にも取り組んでいる。農薬の使用を極力控えることで、ミツバチの生態系を守りながら、自然との共生を図っているのだ。
「とれたハチミツを、いずれはビールの副原料にしたいなと思っているんです。バゲットやチーズと合わせればおつまみにもなるし、タップルーム(クラフトビールを提供する飲食スペース)のメニューにも幅ができますからね」

農園に置かれたミツバチの巣箱
農園を継ぐ前から、環境調査や生態系調査、エコツーリズムといった事業を長らく手掛けてきた荒井さん。これまでの経験から「豊かな生態系を未来につなぎたい」と、周辺環境の保全にも積極的に取り組んでいる。
畑の一角には、テントウムシやクモなどの益虫(えきちゅう=人間の生活や農業に役立ったり、害虫を食べてくれる昆虫)が越冬、繁殖できる人工のすみか「インセクトホテル」を設置。農薬に頼りきるのではなく、小さな虫たちの営みを活用しながら畑を健全に保っていこうとしている。

これがインセクトホテル。益虫が隠れたり、暮らしたりしやすい環境を整えている
「虫も鳥も寄りかつないような畑でとれたものを、果たして安心して食べられるでしょうか? 健全な作物を育てる上で最低限の農薬は必要ですが、化学肥料をつかわず自然に寄り添った農業をしていれば、当然生き物にもやさしい環境になっていく。ここには、自然の豊かさの象徴といわれるフクロウやクマタカも飛んできますし、そうした稀少動物が住みついてくれれば、『畑でエコツアーをできるかも?』なんて考えています。農業は自然の中で営まれるもの。だからこそ、自然を壊すのではなく、守りながら続けていくことが大切なんです」
Photo:NAGANO BREWERY、松井さおり Text:松井さおり




