自転車でグルッと一周! 中世にタイムスリップできるドイツの古都「ミュンスター」
ドイツ西部の古都ミュンスターは、17世紀に「ヴェストファーレン条約」が結ばれた歴史的な舞台として知られています。ミュンスターの名は「大聖堂」という意味。石畳の旧市街やゴシック様式の教会、カフェに集う学生たちが織りなす風景を眺めながら歩けば、まるで中世にタイムスリップしたような気分が味わえます。けれどもまちに暮らす人々の日常には、未来につながる実験がいっぱい。歴史と学問、自然と暮らしが調和するミュンスターを、トラベルライターの鈴木博美さんが訪れました。
市民の手で旧市街を復興
ドイツ西部、ノルトライン=ヴェストファーレン州の都市ミュンスターは、世界史にその名を刻むまち。17世紀、ヨーロッパで30年間続いたプロテスタントとカトリックによる争い「三十年戦争」を終結させた「ヴェストファーレン条約」がここで結ばれ、近代国際法の礎(いしずえ)が築かれたのだ。市庁舎の「平和の間」に立てば、当時の重厚な空気と“平和のまち”としてのミュンスター市民の誇りが感じられる。

特徴的な破風とアーチを持つ市庁舎
さらに時代をさかのぼると、ミュンスターは中世のハンザ同盟に加盟。北ドイツと北海・バルト海を結ぶ、交易網の要所として繁栄した。国内外から商人が集う国際的な港町としてにぎわいを見せた旧市街は、第二次世界大戦の爆撃でほぼ倒壊してしまった。戦後、市民たちは旧市街を昔の姿そのままに復興したという。石畳の道や尖塔が美しい教会、商館風の建物群といった象徴的な建造物は、市民の手でよみがえって、訪れる人を魅了している。
聖ランベルティ教会では、2014年からミュンスター初の女性塔守が毎晩9時から深夜0時まで見張りを続けている。以前、塔からの火事を発見し、警告したことがあったという。1950年に復活した角笛は、16世紀の伝統を受け継ぐもの。塔守が吹き鳴らす、時を告げる角笛の音は、古都の静かな夜を彩る。

聖ランベルティ教会初の女性塔守、マルテェ・サリエさん。窓には16世紀の惨劇を伝える鉄製の籠が吊るされている
この古い塔には、暗い歴史が刻まれている。16世紀の「再洗礼派の反乱」では、急進的な宗教運動がまちを揺るがした。鎮圧後には指導者たちが処刑され、彼らの亡骸(なきがら)を入れた3つの鉄製の籠がこの塔に吊るされたそうだ。いまもその籠は塔の上に残り、ミュンスターの激動の歴史を語り続けている。

このまちは、学問と文化の拠点でもある。西ファーレン・ヴィルヘルム大学をはじめとする教育機関に約5万人もの学生が学び、総数は人口の約5分の1を占めている。カフェで語らったり自転車で駆け抜けたりする学生たちの姿は、古都に新しい息吹を吹き込む。古きよき歴史と、現代の暮らしやすさが同居することろが、ミュンスターの大きな魅力だ。
“自転車の都”
ミュンスターは、“自転車の都”としても有名だ。市民の移動の多くが自転車で占められ、専用道路や駐輪場の整備も行き届いている。観光客向けのレンタサイクルがあるので、旧市街から郊外までめぐるのに重宝する。

城壁跡に整備された、緑豊かな自転車&歩行者専用道路「プロムナーデ」
まちの象徴のひとつが、かつての城壁跡につくられた旧市街を囲む約4.5㎞の「プロムナーデ」だ。緑に包まれた環状の道は自転車と歩行者専用で、まちを一周するように中心部と各地区をつないでいる。木々のトンネルをくぐりながら走れば、歴史ある教会の尖塔やにぎやかな市場を抜け、緑の風景が広がるまちの郊外に至る。石畳の小路でカフェや書店に寄り道しながら歴史建築を眺め、湖や運河まで足を伸ばす。自転車ならば、市民の日常に溶けこむ体験ができる。

<キャプ>プロムナーデ沿いの緑地に生息する野ウサギ
木漏れ日の下を走れば、さえずる小鳥や野ウサギに出会え、都市にいながら大自然に触れられる。道沿いには現代アートらしき作品が配され、自然と芸術が融合したユニークな風景が広がる。プロムナーデは単なる交通路を超えた、「自然と文化を感じる場」として愛されているのだ。
多彩な博物館をめぐる

千年にわたる西洋美術と文化史を網羅するLWL美術館
ミュンスターのもうひとつの魅力は、充実した博物館群だ。大学都市としての強みのもと、教育・研究機関と連携した施設が豊富に揃っている。LWL自然史博物館では恐竜や天文学に関する展示が人気を集め、館内のプラネタリウムで宇宙の神秘に触れられる。LWL美術館や歴史博物館では、ドイツやヨーロッパの文化を多角的に紹介。どれも興味をひくユニークな展示が見られる。旅行者にとっても、これらは一日では回りきれない“知の宝庫”。まち歩きの合間に立ち寄れば、ミュンスターという都市の奥深い知性を実感できるだろう。

毎週水曜日と土曜日にマーケットがたつ大聖堂前の広場
ミュンスターは、2030年までに気候中立を達成するという明確な目標を掲げ、再生可能エネルギーの導入や緑地拡張、洪水対策などを進めている。2022年には「グリーンボンド(サステナビリティ債)」を発行、環境・社会に資する事業への資金調達を進めた。
こうした挑戦を支えているのが、市民たちの積極的な参加だ。未来の都市像を提案する「MünsterZukünfte(ミュンスターの未来づくり)」や、子どもや若者が遊び場や教育環境について意見を述べられる仕組みなど、多層的な参加制度が整えられている。市民が上げた声が施策に反映されることで、まちの未来はより身近で具体的なものとなる。ミュンスターにとって「持続可能性の実現」は行政の計画だけではなく、市民一人ひとりがまちの未来をつくるプロセスなのだ。
伝統と良心が息づく、ミュンスターの名店

ヴェストファーレン産ソラマメとベーコンのホワイトシチュー(左上)。薫香がたまらないスモークポークロインとスモークソーセージ、クリスピーフライドポテトを添えて
ミュンスターの歴史地区に佇む「グローサー・キーペンケル・ゲストハウス」は、地元の食材を大切に扱うウェストファーレン料理の名店。サステナブルな運営にも力を入れており、環境や人、社会に配慮した食のありかたを評価・認証する「グリーンテーブル」を取得。ストローやメニューには環境紙をつかい、動物福祉に配慮した地域の食材を仕入れているという。使用する肉は、適切な飼育環境で育った健康で良質なもののみにこだわる。
アットホームな店内や石畳に面したテラス席では、地元のビールやワインとともに、ゆったりした時間が過ごせる。

中世の交易で栄え、平和の象徴となったのちに破壊され、市民が旧市街を復興させたミュンスター。学問と文化が息づくまちは、持続可能な都市としての未来を切り拓いている
石づくりの街並みと緑豊かな風景が融合した風景のなかに、「未来へのまなざし」が垣間見える。ミュンスターはそんなまちだった。
取材協力:ドイツ観光局 Photo & Text:鈴木博美




