コムアイ×荻上チキ「意見は違っても、議論や対話の場にとどまることが戦争を抑止する」【中編】
戦争や紛争の原因は、貧困や差別を始め、さまざまです。世界が争いへと向かわないために、まずはその根源にあるものと向き合い、何が起きているのかを考えることから始めましょう。アーティストのコムアイさんと、評論家の荻上チキさんの対話から、未来のためにできることを考えます。
暗黙のうちに共有された“越えてはいけない一線”

コムアイ 先日知り合いが、ヒジャブ(=イスラム教徒の女性が髪を隠すスカーフ状の布)の着用をめぐるデモに参加したそうなんです。イラン本国で起こった、ヒジャブのかぶり方が不適切だという理由で道徳警察に逮捕された女性が、その後急死した事件に対する抗議デモなんですが。
荻上 日本でも、2022年からすごく活発に行われていますよね。
コムアイ はい。そこで1人のイラン人女性が、「教育の機会も服装に関しても、女性の立場は男性と等しくあるべきだ」と発言したところ、デモに参加していた男性から、「女は男より下に違いないだろ」っていうヤジが飛んだらしいんです。その場にいた多くの人からすれば、そのヤジは受け入れがたいものだし、案の定ヤジり返されたそうですが、その男性が帰ろうとすると、周囲の人々が「まあまあ」となぜか引き止めた。意見を認めるわけではないけど、とりあえずここにいろよと。まったく論理的ではない行動なんですが、そのことに私は、未来への希望を感じたんですよね。
荻上 なるほど。
コムアイ 意見が合わないからといってお互い顔を合わせないようにするのではなく、気分は悪いかもしれないけど、とりあえずその場にいて一緒にご飯を食べたり、乾杯したりする。いま、あらゆるコミュニケーションの主流になっているSNSは、文字を介して思考に共感できた場合のみ通じ合えるツールですが、リアルな場では、理由はわからないけど一緒にいるってことができるんだなと。人間が持つ感覚的なエンパシー(=共感)みたいなものに平和へのヒントがあるのかなと感じました。
荻上 同時に、“越えてはいけない一線”が暗黙のうちに、かつゆるやかに共有された結果なのかなとも思いました。
コムアイ どういうことですか?

荻上 たとえばいま、ロシアの政権とウクライナの政権は戦争状態にあるけれど、少なくとも、ロシア人そのものを否定する言説は抑制しようとの規範が日本にもあるように思います。一部でロシア語で書かれた看板が撤去されたり、ロシアンレストランにヘイト行為がなされたりする動きがあったときに、それは違うと反論できる状況にある。他のヘイトスピーチもありますが、問題視する動きも存在する。暴力の一線を越えないために、世論もいろんな方法でブレーキをかけていると思うんです。ロシアはウクライナに侵攻して一線を越えたため必要な対処が求められますが、われわれが、われわれのコミュニティのなかで一線を越えることはよそう。かつ時間をかけて、その枠内にロシアをもう一度引き戻すように求めよう、と。コムアイさんのおっしゃったヒジャブのデモの場合も、意見に同意しないのはアリだけどその場から立ち去って互いの話を聞かないのはナシにしよう。そういったゆるやかな合意が作用した場面かもしれないなと。
コムアイ 意見が違っても、少なくとも議論の場にいようとだけ決めると、対立が不安じゃなくなる気がしますね。
荻上 そうですね。一応ロシアも国連は脱退していません。国際連盟を脱退して一線を越えてしまったかつての日本とは異なり、対話のチャンネルを維持している点は、世界史から学んでいることなのかもしれません。
PROFILE
コムアイ■1992年神奈川県生まれ。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして2012年にデビュー。21年9月からはソロでの活動をスタートし、北インドの古典音楽や能楽、アイヌの音楽にインスピレーションを受けながら表現活動を続けている。社会問題や環境問題、政治に対する発信も積極的におこなっている。
荻上チキ Chiki Ogiue■1981年兵庫県生まれ。メディア論を中心に、政治経済や社会問題、文化現象まで幅広く論じ、TBSラジオ『荻上チキ・Session』ではパーソナリティを務める。この番組での特集企画に大幅な増補を加え、1131人の宗教2世の生の声を集めた近著『宗教2世』(太田出版)など著書も多数。
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Masanori Kaneshita Text & Edit:Emi Fukushima Composition:林愛子